第86話 赤い野菜、経過、来客?

「ごちそうさまでしたっす!」

「今日の試作品は中々悪くなかったな」

「えー、アタシは肉がいいなぁ」

「お前そればっかだな……」

「そうですよアリアさん、お野菜もちゃんと食べないと」

「野菜はもう散々食べたからいいのー」


 酒場の営業昼の部が終わり遅めの昼食を食べ終わった一同が、他愛もない会話を交わす午後の一時。

 例のドラゴンの巣ダンジョン化計画は冒険者ギルドとリカルドが主体となって進めているらしいが、今のところこれといった情報は伝わってこないので、案外進捗は遅いのかもしれない。

 まぁ巣をダンジョンにしようという話なんだから、ある程度時間はかかるんだろうなぁ。

 先日リカルドと共に冒険者ギルドに向かったはずのアリアも、その日は全く情報を得ること無く手ぶらで帰ってきたし、ホント何をしにいったのやら。

 ということで、ドラゴンの巣に関しては現状できる事もないために今後増えるであろう冒険者に向けての試作品を作りに精を出しているわけだ。

 本日も新しい食材を発見したため、その試食会と相まったところ。

 

「トマ、でしたっけ。このあたりでは見ない野菜ですし、目新しさもあっていいと思います」

「南の方で採れるっていってたっけ?」

「最近は南の商人が結構入って来るようになったからなぁ」


 バンナの実以来、カーネリアでは南の作物が売れるという噂でも出てきたのか、南からの商人がかなり増えてきた印象がある。

 今日の試作品に使ったトマという真っ赤な野菜は南の方からやってきた商人が露天に並べていたもの。

 南の方では煮込んでグズグズに崩したものをスープにしたりソースにしたりとするらしく、その言葉に従って今日はスープにしてみた。

 真っ赤に染まるトマのスープは中々に強烈な見た目をしており、俺やアリアは前に赤かぶを使った真っ赤なスープを飲んだことがあるのでそこまで抵抗はなかったが、マリーやクロンは少々手をのばすのをためらっていたなぁ。

 だが味は良かった。

 酸味は強めだがほのかに甘みもあり、なんというか、美味かった。

 うん、良くわからんけど美味かったなら良い。

 

「もう少し色々と試してみたいですね」

「生で食べるとかはダメなんすかね?」

「うーん、現地ならもしかしたらそうやって食べるのかもしれんが、流石に火は通したいな」


 何より南方から運んできた野菜だからな。

 暑くなってきたこの時期に生で食べるのは中々に怖い。

 というか、よく腐らずに持ってこれるよな……一体どうなってんだろうか。

 南方から来た商人とは言っていたが、もしかしたら案外国境付近とかなのかもしれない。

 南への道は結構整備されていることもあり、国境までは確か馬車で1日くらいだったか。

 その距離ならば新鮮な状態で運んでくる事もできるな。

 バンナの実はかなり南の方でなければ見かけなかった記憶があるんだが、もし国境付近で作っているようならいっその事カーネリアでも作ってくれないかなぁ。

 何となく、トマは色々と活用方法があるような気がするし。


「野菜は時期ものだからなぁ。今の時期に出回っているということは夏場のみの野菜だろうし、中々生でというのは難しいかもしれないな」


 まぁ見た感じそれほど傷んでいるようではなかったが、夏場に塩漬けや油漬けになっていないモノをそのまま食すのはあまりにも勇気がいるからなぁ。

 

「コキュートスがあれば良かったのにねぇ」

「うーむ……ギルドに贈呈したのは勿体なかったかなぁ」


 冷気を発する神代遺物のコキュートスは冒険者をやっていた頃は食材の保存のために使うことも極稀にあったな、と今になって思い出す。

 まぁ使い続ける事ができるわけではないから、あくまで一時的なものではあったのだけれど。


「ま、今更言ってもしょうがないよね。それじゃアタシは冒険者ギルドに行ってくるね」

「はいよ」

「いってらっしゃい」

「ギル兄に会ったら今度訓練してほしいって伝えて欲しいっす」

「あー、会えたらねー」


 クロンのお願いにヒラヒラと手を降って答えるアリア。

 先日の一件以来、アリアは冒険者ギルドに出向く事が多くなった。

 まぁ、こちらとしても情報を得られるので助かるし、営業時間までにはきっちりと戻ってくるので特にこれと言って問題はない。

 が、ちゃんとした情報を持ち帰ってきたにも関わらず不機嫌な時もあれば、ろくな情報も無しで帰ってきたのに上機嫌な時もありで、冒険者ギルドで一体何をしているのかだけは気になるところ。

 あぁ、そういえば一回、不機嫌な顔で戻ってきたと思ったら何故か急に機嫌が良くなった事があったなぁ。

 確か……リカルドが飯食いに来てたときだったっけ。

 アリアの気まぐれさは何時になっても変わらんよなぁ。

 

「それより、腹ごなしに訓練っすよししょー!」

「よし、やるか」

「それじゃ食器片付けてから着替えてくるっすから、ししょーは先に行っててくださいっす」


 クロンを弟子にすると何故か決まってしまったあの時から、昼飯後の訓練はお決まりになりつつある。

 もともと稽古をつける事は雇う条件でもあったし、それ自体は問題ないのだが、ここ最近は特に頻度が高いように思う。

 まぁ気持ちはわかる。

 最近のクロンは成長が目覚ましく、本人としても訓練の成果を実感できているんじゃないかと思う。

 自分が強くなってきていると実感できればそれは訓練に対する意欲になる。

 そろそろ冒険者としてのランクを上げろと言いたいところなんだが、今はドラゴン騒ぎでそれどころではないからなぁ。

 色々と片付いたら、になりそうだ。


「それじゃ先に行ってるぞ」

「了解っす」


 クロンに一声掛けて自分の部屋へ訓練用の木剣を取りに行く。

 クロンの成長具合から考えて、そろそろ木剣ではなく真剣に切り替えてもいいかもしれない。

 いや、むしろそろそろ実戦も視野に入れたい。

 それこそドラゴンの巣ダンジョンが本格稼働するようになれば、冒険者ギルドが上手いこと後進の育成に活用するんじゃないかと思うし、そこに便乗する形でもいいだろうな。

 ただ、一つ気になってるのは、死なない事が前提のダンジョンになる予定らしいから、冒険者にとって最も重要な危険を回避するための技術が身につかないのではないか、というところ。

 実際の戦闘になった際に引くという選択肢を選べなくなるのは本当にまずい。

 そういう意味では、変な癖を付けさせないためのペナルティとしての装備品没収はいい塩梅だったかもしれないな。

 そんな事を考えながら木剣を手に部屋のドアへと手を伸ばしたところで、唐突に店内からクロンの声が響く。

 

「なっ、なんなんすかあんたら!何処から入ってきたんすか!」

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