第85話 別れ際、常連、それぞれの大切なモノ
「それでは、私は此処で」
カーネリアの大通り、1本裏に入るとそこは冒険者ギルドと言う場所で、リカルドがそう切り出した。
この場で言い出すということはつまり、冒険者ギルドには自分ひとりで行こうと、そういうことなんだろう。
まぁあまりぞろぞろとついて行ってしまっても仕方ないところはあるが……流石に全てお任せというわけにも行かない。
「リカ……ルド様だけでは。俺も行きますよ」
つい名前で呼んでしまったが……まぁなんとか誤魔化せたはず。
落ちかけていた日もすっかりと陰り、随分と暗くなったとはいえリカルドの姿はそれなりに目立つ。
そしてそれに付きそう様にこれまた目立つ獣人とエルフが居るのだから、周囲の目が大分集中しているわけで、そこで名前を呼ぶわけには行かないからな。
「いや、クラウスは早く店に帰って安心させてやりなさい。今後の事は私の仕事だ」
「まぁそういうことなら」
正直に言えばリカルドの提案は有り難い。
会議というだけにしては大分遅くなってしまった。
マリーとクロンも心配していることだろう、早く帰って良いというのであればお言葉に甘えようか。
「えーっと……その、アタシは、ちょっと、ギルドに寄っていこう、かなぁ……」
と、予想外の声を上げたのはアリア。
てっきり俺と一緒に帰るものだとばかり思っていた。
ヴィオラの件ではアリアは参加しないと言っていたはずなんだが。
「何か用事でもあるのか?」
「あ、いや、べ、別に特別な用事があるわけじゃないんだけどね。ほら、完全にお任せってのもほら、悪いじゃない?その、一応アタシ達も当事者というか、実際ヴィオラがやってるわけだから無関係ってわけじゃないし?それに何かあれば情報共有できたりするわけじゃない?店の為にもその方がいいのかなーとかそんなこと思ってるんだけどさ。あ、ホント、別に何か特別な理由があるわけじゃないんだよ、ホントにね?」
「お、おう」
あぁ、うん。
別に構わないから、そんなにまくし立てるように言わなくても大丈夫だ。
言わんとしている事も分からんでもないしな。
「そ、それじゃアタシの事はそういうことで!」
言うやいなや、トトトっと軽い足取りでリカルドの隣に移動するアリア。
なんだか機嫌が良さそうに見えるが……久しぶりにヴィオラに会えたのが嬉しかったのは俺だけじゃなかったって事なんだろうな。
「うし、んじゃ行くか」
と、率先して裏通りへと歩き出したのはギル。
「ちょ、ちょっと!なんでギルまで来るのよ!」
そしてそれに即座に反応したのはアリア。
「はぁ?俺はまだ冒険者だぞ?ギルドに顔だして何が悪い」
「別に明日だって良いじゃない。ギルは面倒なの嫌いでしょ?これからそういう話することになるんだから、さっさと帰って寝てなさいよ」
「殺る気はねぇっても相手はドラゴンだぞ?他の連中に、はい宜しくっつー訳にもいかねぇだろうが」
「そっ、それはそうかもしれないけどさぁ……」
普段面倒事は嫌いだとか言ってる割に、こういう所でしっかりとフォローするのがギルの良いところ。
なんやかんやで面倒見は良いんだよなぁ。
まぁヴィオラの話を聞く限りじゃそこまでの危険性は無いように思うし、時間も時間だ。
今日のところは報告だけって可能性も高いだろうし、アリアの言う通り明日でもいいだろう。
「何かあればギルのところにも連絡は行くだろうし、今日の所は帰って寝るのでもいいと思うぞ」
まぁ逆に言えば別にギルが居て困ることも無いだろうがな。
結果的にアリアの主張を後押しすることになったわけで、俺の言葉にアリアはコクコクと何度も頷いている。
「ほら、クラウスもこう言ってる事だし、今日は帰って寝てなさいよ」
「ちっ、まぁいい。別にどうしてもって訳でもねぇしな」
ギルはギルでそこまで頑なになる必要も無いと思ったのか、あっさりと引いたな。
というか、変な所で揉めるのも面倒だとでも思ったかな。
現にリカルドが少し困ったように眉を顰めていた。
「えー、そろそろ向いたいのだが……」
「大丈夫!アタシと行きましょう!」
そのままリカルドの腕を引っ張る様にして強引に歩き出すアリア。
何が大丈夫なのかよく分からんが……まぁ大丈夫なんだろう。
意気揚々と大通りから路地へと入っていくアリアとリカルドの姿に、思わずギルと顔を見合わせて苦笑。
ギルに至っては肩を竦ませてまでいる。
「んじゃ、俺は帰るわ。てめぇもさっさと帰った方がいいぞ」
「そのつもりだ。また何かあったら教えてくれ」
「んだよ、てめぇは動かないつもりなのか?」
「俺としちゃギルドでやってくれるならその方が助かるし、今はただの酒場のマスターだよ」
「はっ、今のてめぇじゃその方がらしいか。まぁ何かあったら連絡するわ。あ、今日は昼飯食いそびれてんだ、後でちゃんと食わせろよな」
「請求は冒険者ギルドに投げとくよ」
「ちゃっかりしてんな。んじゃな」
「おう」
去っていくギルの背中はややくたびれたようにも見えた。
ヴィオラのマイペースさもさる事ながら、帰り際のアリアの謎の言動にも疲れたのは俺も同じ。
うちの女性陣は何故あぁも個性的なんだろうか……。
マリーを見習って欲しい。
まぁともかく、今は早く帰って安心させることが重要、だな。
こうして夜の街を一人で歩くのは結構久しぶりな気がする。
もしかしたらマリーと出会う直前以来かもしれない。
大通りから1本裏に入った通り。
少し寂しさを感じながらすっかり歩きなれたその道をスタスタと歩いて行くと、見慣れたその店構えが見えてくる。
走る子馬亭。
今日は色々とあったし夜の営業は中止しているかなと思っていたのだが、カーテンの閉じた窓からはほんのりと明かりが漏れ出していた。
夜の営業もやっていたのか?
二人だけで店を回すのはかなり大変だろう、と思い至ると自然と歩みは駆け足に変わり、あっという間にたどり着いた扉を押し開くと、ドアベルがカランと音を立てて迎え入れてくれた。
「すまん、遅くなった」
扉を開けるや、即座にそう口にするのだが……そこには俺の予想していなかった光景が広がっていた。
「ししょーーーーーーーー!!!!」
「おわっ!」
その光景に目を奪われる間もなく、持ち前の瞬発力を遺憾なく発揮したクロンが俺に向かって矢の様に飛んでくる。
飛びついたクロンを抱きかかえつつ、その勢いを殺すようにその場でくるりと1回転してクロンを床に下ろすと、ギリギリと音がするのではないかと思える程の力で抱きついてくるクロン。
ぐっ、折角突撃をいなしたというのに……。
「ししょー!心配したっすよ!!」
「ぐ……ク、クロン……少し、力を、緩めて……」
「ああう、ごめんなさいっす……でもししょーが悪いんすよ!」
「そうだそうだ、クロンちゃんは悪くないぞ!」
「そうだな、マスターが悪いな」
「クラウス君が悪いわねぇ」
「どう考えてもクラウスが悪いですわね」
クロンの無自覚な拷問から開放されたと思ったら、あちらこちらから俺に対する叱責の声が飛んできた。
というか、これ、どういうことだ?
「おかえりなさい、クラウスさん」
「ただいまマリー。えっと……これはどういう事なんだ?」
カウンターの奥からいつも通りの様子で出てきたマリーに疑問を投げかける。
なにせ、店内にはすっかり常連となった面々が一同に勢ぞろいしているのだから。
鍛冶屋のグラーフ、道具屋のアランさん、裁縫士のサリーネ、眠る穴熊亭のエリーにその他いつもの面々。
一体何があったというのか。
「皆さん、クラウスさんとアリアさんがドラゴンの巣に向かったって聞いて、心配して駆けつけてくれたんですよ」
「……え?いや、それ、もう伝わったのか?」
一体何処から出た情報なのか分からないが、今日の昼の話が既に街中に広がっているってことなのか?
「その……わたくしがお兄様から聞いた話をうっかり喋ってしまいまして……」
おずおずと言った様子でそう答えたのはエリー。
情報源はお前か。
こういう情報は身内から漏れるという話を聞いたことがあるが、まさにその通りだったな。
まぁ別段箝口令を敷いていたわけでもないから問題ないっちゃ問題ないんだろうが。
いや、それにしても情報の伝達が早すぎるだろ。
恐るべし、住民の情報網。
「その、アリアさんは?」
「アリアは一度冒険者ギルドに寄ってくるってさ」
「無事なんですね」
「あぁ、大丈夫。特に危険もなかったよ」
よくよく考えれば、ドラゴンの巣に向かって何事も無く帰ってこられるという方がおかしい話ではある。
少々大げさだとは思うが、皆が心配するのも致し方なしか。
アリアの無事を告げると、それに安心したのかホッと胸を撫で下ろすマリー。
突然の事であったとはいえ、流石に心配を掛けすぎたか。
マリーを直視できず、視線を下に落としながら、とりあえずは謝らないとだなと口を開くが……。
「マリーにも心配をかけ――」
「本当に……心配したんですよ……?」
俺の言葉を遮るように、ポツリとつぶやくマリー。
「クラウスさんなら大丈夫だって、必死に言い聞かせて。でも……やっぱり思い出しちゃうんです。また、私の大切な人が、いなくなっちゃうんじゃないかって……」
その言葉に思わず顔を上げれば、そこにはその両目から一筋の雫を流すマリーの顔があった。
そう、だよな。
つい1年前にマリーは両親を亡くしたばかり。
それもカーネリアの森でモンスターによって。
両親のことを思い出してしまうのも仕方がない。
迂闊だった、な。
「マリー、すまなかった」
静かに涙を流すマリーの頭を抱え、ぽん、と撫でるように手を頭に乗せる。
「クラウスさぁん……」
参ったな……。
こういう時どうしたらいいか分からない。
気の利いた台詞の一つでも言えればいいんだろうけど、俺にそんな器用なことなんかできやしない。
それに、そこまで俺のことを心配してくれたマリーに対して湧き上がる愛しさが、こうしてマリーを抱きしめる事を止めさせようとはしなかった。
「あー、ごほんごほん」
と、物凄くわざとらしい咳払いが聞こえてくる。
そうだった。
みんな居るんだった。
あ、なんかやばい、急に恥ずかしさの方が強くなってきた。
それは腕の中のマリーも一緒だったのか、おずおずといった様子で俺の体を押してくる。
慌てて抱きしめていた腕を緩めると、マリーは目元を拭いながら一歩離れた。
多分、俺もそんな顔しているんだろうなと思うような、照れくさそうに頬を赤らめた少しぎこちない笑顔。
「おかえりなさい、クラウスさん」
「あぁ、ただいま、マリー」
そういって、改めて俺に見せてくれた笑顔は、多分、一生俺の記憶に残るだろうな。
「あー、うん、皆にも心配を掛けたな。その詫び……というわけではないが、今日は好きなだけ食って飲んでいってくれ!けちくさい事は言わないぞ、全部俺のおごりだ!」
大分人数も揃っている事だし、正直金銭的には少々キツイ出費になりそうではあるんだが、まぁそんな事はこの際どうでもいい。
皆がこうして俺とアリアの事を心配し、集まってくれた事が嬉しかった。
「随分と気前がいいけど、大丈夫なのかい?」
「大丈夫ですよアランさん。良ければカズハちゃんとアカネさんも呼んできてください」
「そうかい?それじゃ呼んでこようかな。カズハもアカネも心配していたからね。安心させて欲しいよ」
今この場にはカズハちゃんとアカネさんは居ないのだが、多分それはアランさんなりの二人への気遣いなんだろう。
もし、俺に何かがあったのだとしたら、それを直接耳にするのは衝撃が強すぎるだろうからな。
「そうねぇ、折角だし、頂いていくわねぇ」
「サリーネさんも心配おかけしました」
「あらぁ、私はそんなに心配してなかったわよぉ。どちらかと言えばぁ、マリーちゃんの方が心配だったからぁ。あ、でもぉ、私が居なくても大丈夫だったわねぇ」
「……サリーネさんには敵わないな」
「ふふっ、伊達にマリーちゃんのお姉さん代わりしてないわよぉ?」
先の雪解けの祭りで憂いていた事が無くなったのか、サリーネは凄く前向きになったように思える。
これからも、色んな意味で長い付き合いになりそうだ。
「クラウス、特に問題無いのなら早く厨房に入りなさいな。流石にマリーだけでは捌き切れませんわよ」
「エリー、手伝ってくれるのか?」
「まぁ……この騒ぎの元凶はわたくしと言えなくもありませんから。ほら、早く行った行った」
既に給仕モードに入っていたエリーが俺を押し出すようにして厨房に送り出すと、早速各テーブルで飛び交い始めた注文の対応にパタパタと駆け足で店内を回り始めた。
ま、ここはエリーの好意に甘えておこう。
確かに、この状況、俺とマリー、クロンの3人だけじゃ厳しいよな。
「うし、それじゃ張り切って作るか!」
「はい!美味しい料理、食べてもらいましょう!」
「ボクも頑張って運ぶっすよ!」
早くも俺とアリアの無事を祝した乾杯が始まった走る子馬亭の夜は、今日のところはまだまだ序の口といった所だ。
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