第73話 夏の始まり、コキュートス、粘土細工
概ね皆が昼食を食べ終わった頃、既に先に食べ終わっていたアリアがダラーっとイスにもたれ掛かりながら、う~、と妙な唸り声を上げ始めた。
「どうした?腹でも壊したか?」
「腹壊したらクラウスのせいだけど?」
「今日の料理はマリーが作ったんだが?」
「……いやほらね、大分暑くなってきたなぁってさ」
あ、露骨に話を逸したな。
アリアの事はいつものことなんで気にしないとして、たしかに大分暑くなってきた。
カーネリアでの夏は初めての体験だが、思ったよりも暑い印象はある。
平地だから……なんだろうか。
わからんが。
「今日はまだ涼しいですよ。一番暑い時はもう少し暑くなります」
「うへぇ~、アタシ暑いの苦手なんだよねぇ」
「ボクも暑いのは苦手っす」
アリアもクロンも共に元は森の民。
木々によって日の光が遮られる森の中は比較的涼しかった記憶がある。
アリアは外に出てきてから大分長いはずなので、あれは単純に気合が足りんだけだと思うが、クロンはエルトワールの森から出てきてまだそれ程日が経っているわけではないだろう。
特にエルトワールの森は国の北に位置するだけあって基本こちらよりも涼しいはずだ。
暑さに慣れないのも無理はないな。
「ねぇクラウスぅ。あれやってよあれ」
「あれって何だよ」
相変わらずだらぁーっとしたままのアリアが首だけ持ち上げてこちらを見たと思えば、なんだか意味のわからん事をいいだした。
あれってなんだよ、ホント。
「ほらぁ、暑い時にさ、冷たい風をこう、ブワァ~っとするやつ」
「あぁあれか。あれはコキュートスが無いと無理だぞ」
「えっ!?コキュートス持ってきてないの!?」
「冒険者辞めた時に王都の冒険者ギルド本部に贈呈してきた」
「うっそ!勿体ないなぁ……」
いやぁ、だってなぁ。
冒険者辞めた人間が持っていていいもんじゃないだろうし。
俺以外でも使える人が居るならそちらに使ってもらったほうがコキュートスとしても本望だろう。
「あの、コキュートスってなんすか?」
俺とアリアの会話に割り込んできたのはクロン。
そりゃ名前聞いただけじゃわからんよな。
「コキュートスってのは俺が現役の時に使ってた武器の一つだな」
「そうそう、青い刀身のショートソードで、魔力を込めると冷気が出てくるやつ」
「おぉ!遺物っすか!」
神代遺物は形状から大きさまで様々だが、武器や防具の形状をしているものが比較的多い。
神と神とが戦をした時に作られたもの、という話だから武具が多いのも頷けるところだ。
俺がギルとペアを組んでいた時に見つけたコキュートスもその一つで、魔力を込めると様々な物を凍結させることができた。
現役時代はもう一つの遺物と共に俺の相棒だったのだが、アリアに答えた通り冒険者ギルドに贈呈してきた。
「でもあれ、クラウスくらいしか使えなくない?ギルドも貰ったとしても困るんじゃないの?」
「……そんな事はない、はず」
言われてみると、確かにあの時ギルドマスターは渋い顔をしていたが、まぁもらって悪いもんじゃない、はず。
「ショートソードとして見るとまぁ業物ではあるけど、冷気を発するのに使う魔力量が多すぎて遺物としてはほとんど使えないってヴィオラが言ってたじゃん」
「そ、そんな事を言っていた……ような気もするが……」
いやでも、俺が使えてたんだから……大丈夫……じゃないか?わからんが。
「もしかして、もう一個も贈呈しちゃったの?」
「そのつもりだったんだがな……これこそまともに使える人が居ないってんで突き返されたわ」
「あー、そりゃそうだね」
「おぉ、なんすかなんすか!そんなすごい遺物を持ってるんすか!?」
体を乗り出して目を輝かせるクロン。
そんなクロンには悪いが、使える人が居ないってのが強力であるとは限らないんだよなぁ。
「いやぁ、別に大したもんじゃないとは思うんだが……折角だ、持ってくるか」
「おぉぉぉ!!そんなのがあるならもっと早く見せて欲しかったっす!」
うーん……あまり期待をされてもなぁ。
まぁいっその事現物を見せてしまえばわかる話しだろう。
少々がっかりサせてしまうかもしれないが、期待を膨らませすぎるのも良くないしな。
4人の座るテーブルから席を立つと、自分の部屋から1本のロングソードを持ってくる。
待ってました!とばかりに尻尾をブンブン振り回すクロンに苦笑しつつ、そのロングソードをテーブルの上に置いた。
「これが俺が使ってた武器だな」
鞘から抜いた姿は、本当にただのロングソード。
その辺に売っている質の良いロングソードと大差がない見た目をしている。
唯一違うとすれば、それなりに使い込んでいるにも関わらず、刃こぼれ一つないことだろうか。
「……これっすか?」
「な?大したもんじゃないだろ」
予想通りがっかりした様子のクロンに思わず肩をすくめてしまう。
まぁ実際、コキュートスの様な派手な力があるわけじゃないからなぁ。
「これ、あの時の剣ですよね」
「あぁ、アシッドスライムの時か。そうそう、あの時使ってたのもこれだ」
走る子馬亭を再開させる前、今日と同じように掃除をするためにその洗剤の材料であるアシッドスライムを狩りにでかけた時にもこいつを持っていっていた。
この街に来たばかりの頃は遺物としてではなく、ただのロングソードとして売り払ってしまうかとか考えていた時もあったのだが、今思えばなんとなく売らずに居たのは正解だったかもしれないな。
流石に勿体ない。
まぁ、それでも経営が上手く行かずに資金難になっていたならば分からなかったが、幸いな事にそういった自体にはならなかったからなぁ。
「これ、なんて名前なんすか?」
「これか?実は今まで目にした遺物目録には載ってなかったから、これといった名前があるわけじゃないんだよ。一応仲間内じゃリカルドが命名した神々の粘土細工って呼んでたけど」
「ね、粘土……?」
もっとカッコいい名前を期待していたであろうクロンの顔が曇る。
そりゃそうだよなぁ。
でも、このリカルドの付けた名前は結構的を射ているんだよなぁ。
「とりあえずクラウス、使ってみたらどうよ。そうすればクロンちゃんも納得するでしょ」
「それもそうか」
一先ずテーブルの上に置いたロングソードを手に取り、この粘土細工に魔力を込める。
イメージは……そうだな、クレイモア、だな。
魔力を込めた次瞬、ロングソードそのものが僅かに光を放つと、グニャグニャとその姿を変えていく。
僅かな時間、そうして光っていた物が光を失っていくと、俺の手の中に存在するのはロングソードではなくクレイモア、両手持ちの大剣だ。
「おぉぉぉ!形が変わったっす!」
「こんな感じで魔力を込めると好きな形状にできるんだ。剣だけじゃなくて弓とかにもできるぞ」
「すごいっす!……すごいっす、よね?」
「まぁ、凄いといえば凄いが、使えるかと言われるとそうでもないんだよなぁ」
形状の変わった剣に、最初は興奮していた様子のクロンだが、どうやらこの武器の問題点というか、誰にでも使えるものじゃないという理由について気づいたようだ。
「普通、使う武器は1種類だからな。武器の形状を変えられるとしても変える意味がないというか……」
例えばアリアは弓を使うし、ギルは斧だし、リカルドは剣。
勿論他の武器も使えないことは無いだろうが、最も使い慣れた武器を使うのが普通の考えだろうし、何より武器を持ち替える利点というのがあまりない。
これが超絶優れた切れ味を持つ武器になる、とかならまだしも、武器そのものの性能としては上の中といったところ。
上の上たる遺物を除けば、人の手で作れる最上級と言っても過言ではないが、優秀な鍛冶師がその気になれば作る事も可能だろう。
「強いて言えば刃こぼれしてもすぐに直せるのは便利だけど、魔力が無いと刃こぼれも直せないから、結局多くの人にとっては普通の剣と変わらないんだよねぇ」
一番の問題はそこなんだろうなぁ。
魔力を持っている人というのは中々に珍しいらしいからな。
「便利なようでそうでもないんすねぇ……」
「でもでもぉ~、クラウスが使うとそんなことはないんだよね」
初めて遺物の力を目の当たりにしたであろうクロンがなんだか残念そうに呟くが、ニヤニヤと笑いながらこちらを見るアリアが続ける。
……まぁ、たしかに俺くらいしか使えないんだろうなとは思うが、使えたからなんなんだって話だと思うぞ。
「そっか、千変万化……全ての技能ってリカルドさんも言ってたっすし、武器も全部使えるんすよね。状況に応じて武器も変えられるのは確かに便利っすね」
「実際、クラウスが千変万化って呼ばれるようになったの、これ見つけてからだもんね」
「そう、なのか?まぁ確かに、これを見つけてからは自由に動けるようになったからやりやすかったのは間違いないな」
どうも俺の事を過剰評価しているきらいがあるアリア達だが、色々とできるという事が探索をするにあたって有利に働くことは少ない。
ソロならばともかく、多くのパーティーは個人個人がそれぞれに特化した役目を持ち、それを互いにカバーすることで成り立っているので、多くの事ができる人よりも一つの役目をきっちりを果たせる人の方が重宝される。
そもそもそういった特化した能力の穴をカバーし合う為のパーティだからな。
それに、たとえ自由に動くことができたとしても、その役目には適切な武器なんてものあるわけで、様々な役目をこなすからと言って何本もの武器を携帯するのは非現実的だ。
実際、俺もこの粘土細工を見つけるまではショートソードで対応できる遊撃がメインだった。
そう考えると、俺が銀翼の隼でやっていけていたのはこいつのお陰だったのかもしれない。
今までそういった事を考えることは無かったが、冒険者を辞めたからこそ見えてくるものがあるというのは中々に面白いもんだな。
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