第70話 再開、宿泊プラン、食事事情

 段々と暑いと思える日が増えてきた今日このごろ。

 本日、走る子馬亭の入り口に掛けられたプレートは準備中のままになっている。

 何故なら……

 

「さて、今日は一日店を臨時休業という事にしたのだが、理由はわかるかね?アリアくん」

「……疲れた?」

「ではない!次!クロンくん!」

「えぇ……食材無くなったっすか?」

「でもない!はい!マリーくん答えをどうぞ!」

「えっと……昨夜クラウスさんとちょっと話してたんですよ。そろそろ宿も再開しようかって」

「その通り!!」


 困惑する2人を前に、堂々と胸を張る。

 まぁ二人が答えを知るはずもない。

 何故なら今朝そうしようと決めたからだ!

 ……まぁ、ちょっと唐突にすぎるとは思うが、こういうのは思い立った時にやらないとズルズルと行ってしまう。

 特に、冒険者向けの依頼業務と酒場業務、共に順調なだけに、このままでもいいのではないか、という気持ちが表に出てきてしまうからな。

 

「おぉ、再開するんすね!」

「元々アリアを雇ったのもそれが目的でもあったからな」


 おもったよりもやる気の様子のクロン。

 まぁクロンには後々は宿も再開したいと考えている事は話してある。

 その際にも案外やる気だったのを覚えている。

 なのでクロンは問題ないのだが、一人不満そうな顔をしている者が居る。


「えぇ~、アタシ宿の事聞いてないんだけど」

「……そうだったか?」

「そうですぅ~」


 ……そういえば、そうかもしれない。

 あの時は如何せん急な話だったからすっかり忘れていたのかもしれん。

 とはいえ、元々人手が欲しかった理由は、クロンが冒険者としてでかけている間の穴埋めという目的もあるが、それ以上に宿の再開に向けての人員確保だ。

 

 話に聞く限りだと、カーネリアには宿が複数存在しているようだが、それらは皆小さな建物で食事等の提供が無い、純粋な寝床としての宿だ。

 冒険者時代、そういった宿にも大変お世話になったものだが、どうせ拠点にするのならば食事付きの宿にしたいというのは冒険者であれば皆考えているところだろう、多分。

 

 それに、食事処としてだけを見た場合、勿論それなりに繁盛している自負はあるが、それ以上に強力な眠る穴熊亭というライバルが存在している。

 勿論、走る子馬亭とは客層が違うので一概には比べられないものだが、現状では眠る穴熊亭の方に軍配が上がるところだろう。

 まぁ、元々走る子馬亭は酒場、道具、依頼、そして宿の4つの機能を存分に活用し、冒険者の拠点となるよう考えられた店。

 その一つが機能していないのならば店としては中途半端な形になってしまっているのだから、食事に特化した眠る穴熊亭に勝てるはずもない。

 

「説明がなかったのは悪いが、アリアにも宿については多少は仕事を割り振らせて貰うぞ?」

「んー、まぁいいけどね」


 随分と不満そうな顔をしていた割にあっさりと引き下がったな。

 あー、これはあれか、自分だけ蚊帳の外になってたのが気に食わなかった感じか?

 うん、純粋にそれはすまなかった。

 

「さて、アリアの了承も得られたところで、今日の目標だ。まずはどういった宿にするかを決める。次に掃除だ!」


 ひときわ掃除の部分に力を入れて拳を突き上げながら叫ぶと、3人ともが、おー!と声を上げてそれに乗ってくれる。

 うん、なんかすごくありがたい。

 

 とりあえず目標を掲げてみたが、ひとまずそこまでできれば宿の再開までこぎつける事ができるだろう。

 今のところ人手はなんとかなると思っているが、まぁその辺は再開してみてからの話だな。

 

「それじゃ最初にどういった宿にするかだが、一先ず俺の案だ。朝食付きで大銅貨4枚、無しで3枚。相部屋にするなら追加で大銅貨1枚、食事無しなら追加は無し。こんなところなんだが」


 俺の案を聞き、他の3人がうーん、と考え込む。

 まぁそういう反応も来るかなと思っていた。

 正直、かなり安い価格設定のつもりだからな。

 走る子馬亭の部屋はさして豪華な部屋とは言えない。

 一応ドアには鍵が付いているしベッドの用意もあるが、それ以外は何もない上に部屋も狭い。

 明かりくらいは用意するが、基本的に部屋を貸すというだけで他は一切手を出さないつもりだし、宿に客が入ればそれはほぼまるまる利益になると思っている。

 なので価格はできるだけ抑えた設定にしたいと考えていた。

 何故ならば……

 

「宿だけで利益を得ようとは思っていないし、何より金の無い冒険者でも泊まれるようにしたいからな」

「んー、まぁそれは理解するけど……」


 そう煮え切らない様子のアリア。

 確かに大した利益にはならないが、一番の目的は冒険者に来てもらうこと。

 それにより、宿以外の部分での利益も得る事で回していこうという事なんだが……中々理解されづらいか?

 

「何か気になるところがあれば言って欲しい」


 そのままうーん、と唸られているだけでは話が進まないのでそう促してみると、今度はマリーが声を上げる。

 

「お部屋の値段としては悪くないと思うんですけど……朝食だけで大銅貨1枚は高くないですか?」

「そうそう、それそれ。いくら朝早くから用意してくれるって言ってもちょっと高くなぁい?」


 おっとこれは予想外だった。

 言われてみるとそうかもしれない。

 切りが良いなというだけの感覚で大銅貨1枚としていたが、確かに朝食に大銅貨1枚を出すかと言われると疑問だ。

 

「む、確かに。ならば小銅貨5枚くらいにするか?」


 まぁそれも悪くは無いが、正直な話、釣り銭を用意するのが少々面倒くさいところではある。

 商業ギルドに頼めば両替手数料少なめで両替してくれるとはいえ、あまり端数は出したくないんだよなぁ。

 

「いっその事、食事付きで大銅貨3枚のみとかはどうですか?」


 まぁそういう意見が出てくるのもわかる。

 折角、下が酒場になっているのだから、食事は必ずつけるという方向でも悪くはないだろう。

 が、自分の経験上、それは助かる面もあるが止めて欲しいところでもある。

 そう思っていると、アリアがすかさず指摘してくれた。


「あー、それはちょっと辞めたほうがいいかもよマリー」

「そうなんですか?」

「冒険者って想像する以上に金持ってないからねぇ。衣食住の心配がなくなるのってスチール級くらいになってからだし。そうなるとやっぱり食事抜きでって考えるのは結構あることなんだよねぇ」

 

 そう、できるだけ節約したい時なんかは食事抜きで宿に泊まる事は少なくない。

 まぁそれでも街での休憩には金を掛けるという冒険者も居るが全てが全てそうではないからなぁ。

 

「そこから食事抜きにするとなると更に値下げをしないとならないからな。まぁそれでも利益は出るから悪い事じゃぁ無いんだが……以前はどうしていたんだ?」


 良く考えればマリーは走る子馬亭が宿をやっていた頃も知っているのだから、マリーに聞いてみればよかったんだ。

 このあたりの相場みたいなものもマリーの方が詳しいはず。

 

「前は朝食付きのみで大銅貨4枚でした」

「ふむ、走る子馬亭自体はかなり名の通った店だったはずだから、そもそも食事付きの宿を求めてくる客しか居なかったのかもしれないな」


 走る子馬亭以外にもカーネリアには大小いくつかの宿が存在している。

 食事抜きの宿泊を望んでいた場合はそちらに流れていたのかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る