第68話 悪魔、執事、持ち帰り
ふと、そういえばどうしてこんな話になったんだっけか、と思い起こしていると、同じことを考えていたらしいクロンが不意に声を上げた。
「それにしてもなんでこっちじゃ双新月の日には出かけないんすか?」
あぁ、そうそう、双新月の風習について話をしていたんだったな。
クロンの問に答えようと口を開きかけたところで、マリーがニヤリと笑みを浮かべた。
あー、これはなんかやる気だな。
「双新月の日はねぇ……悪魔が出るからよ!」
「な、なんすか悪魔って」
ビクリと体を震わせたクロンに気を良くしたのか、わざとらしく声色を落としつつ、両手を肩の高さにあげて宙をニギニギしながらクロンへとにじり寄るマリー。
なんか、珍しいものを見てる気がする。
「双新月の夜のように真っ黒な髪に、雪のような白い肌、そして紅石にも似た真っ赤な目は双新月の暗闇も見通せる。背にはさながら大きな蝙蝠の様な翼を持ち、獣人さえも簡単にねじ伏せるすごい力を持っているのよぉ」
「そ、それがどうしたっていうんすか」
「悪魔は邪悪な儀式の為に子供とか若い女の人の生き血を探してるの。だから双新月の夜に外を歩いていると悪魔に連れ去られちゃうのよぉ」
「そ、そんなの迷信っすよ。ねぇアリアさん」
多分とりあえず目に入った人に助けを求めたのだろうが、人の風習についてアリアが知るはずもなく。
「アタシはよくわかんないなぁ。あーでも、双新月の時に活発になる魔獣なんかは居たよね」
そんな、ちょっとずれた回答が帰ってくる。
まぁアリアの言う事は間違いではなく、確かに双新月になるとやけに活発になる魔獣は存在する。
「そういえばそんなのもいたなぁ」
「し、ししょぉー!」
アリアの回答に同意すれば、あからさまにビビりながらこちらへと視線を向けてくるクロン。
どちらにせよ悪魔というのは多分迷信だろうが……折角だし乗るか。
「俺もこの街に来て最初の双新月だからな。もしかしたらこの街にはそういった物が出るのかもしれない」
「ボボ、ボクは子供じゃないから大丈夫っすよね!」
「若い女の人も対象に入ってたぞ」
「なんで女の人だけなんすかぁ!」
ふむ、言われてみると何故だろう。
子供と女性……双新月でなくとも夜一人で出歩くのは怖い組み合わせだな。
双新月の夜はとりわけ闇が深い。
そんな特に危険な時に外に出歩くのは以ての外だし、そういった警告の意味もあるのかもしれないな。
「もしかしたら店の前にいるかも?クロンを狙って……ほら!」
と、マリーが入り口を指差した瞬間、その扉がゆっくりと開いていく。
「ひぃぃぃぃ!!出たっす!!!!」
椅子から転げ落ちながら慌てて俺の背後に隠れようとするクロン。
マリーも俺も冗談のつもりだったのだが、まさか本当に悪魔が来たんじゃないだろうなとゆっくりと開いていく扉を凝視していた。
「走る子馬亭はこちらで宜しいでしょうか」
開かれた扉の向こうから現れたのは……まさに先ほどマリーが話していた通りの風貌。
黒い髪、透き通るような肌、そして血のように赤い瞳。
背中の蝙蝠の羽は流石にないようだが、人とは言えないような姿。
それがシワの一つもない上等な執事服を着ているのだから、違和感が凄い。
「な、なんだお客さんっすか。驚かせないで欲しいっす」
俺の脇の下から扉をチラ見していたクロンがそんなことを言いながら背中から出て来る。
……ん?
「こらクロン!いらっしゃいませ。走る子馬亭はこちらで間違いないですよ」
対応するマリーも特に変わった様子は見受けられない。
え?なんで?
冗談を言っていたマリーはともかく、あれだけびびっていたクロンが話に出て来る悪魔の風貌に瓜二つの人物を見て、ただの客だと落ち着くだろうか。
なんだか、俺だけ別のものを見ているようだな。
アリアはどうなのか、と視線を向ければなにやら怪訝な顔をしている。
驚きや恐怖ではなく、怪訝……?
警戒している……とでもいうのだろうか。
アリアの危険を察する直感は信頼に値する。
何か問題にならなければいいんだが……。
恐らくはそんな思考が顔に出てしまっていたのだろう。
その客が俺とアリアに視線を向けると、おや、と小さくこぼしたのが聞こえた。
「どうかしましたか?」
「いえ、大したことではありません。それよりもお嬢さん、こちらに薄皮包みというものがあると聞いたのですが」
明らかになにか言いたそうな感じだったが……まぁ深くは追求すまい。
何かあればアリアが動くだろう、多分。
「あ……すみません、あれはお祭りの時限定でして……」
今ではあまり言われなくなったのだが、時々あの雪解けの祭りの話を聞いたという行商人などが同じように聞いてくる事がある。
非常に心苦しいところではあるのだが、そういった客にはしっかりと説明して断る事にしている。
一人を特別扱いするとそれ以後は他の客も同じように扱わなければならなくなるからな。
その辺りは3人にもしっかりと共有してある。
対応したマリーも申し訳なさそうにしつつもきっぱりと断ってくれた。
「ふむ……参りましたね。我が主が切望しておられるのですが、どうしても作ってはいただけないのでしょうか」
我が主ときたか。
黒髪、白肌、赤眼とこの辺りでは見かけないし、俺も見た記憶が無い……気がするが、その身なりや言動からしてどこぞの執事であることは間違い無いだろう。
執事を雇えるとなるとその主はそれなりの身分。
権力におもねるのはなんだか釈然としないが、上流階級に眼をつけられると色々と面倒になりそうなんだよなぁ……。
マリーも同じことを考えているのだろうか、困った様子でちらりとこちらへと視線を向けてくる。
うーん……まぁ仕方あるまい。
「わかりました。お作りいたしますが、いくつか注意がありますがいいですか?」
「はい、なんでしょう」
注意事項はいくつかあるが、まずはこれを伝えておかねばなるまい。
「まず、持ち帰られるのかと思いますが、生の果物も使いますからお早めにめしあがってください」
聞く限りでは主人からのお使い、といったところなんだろう。
その主人の姿が見えないということは持ち帰るつもりだと判断しての注意だ。
まぁ丸1日掛かるとかでは無いだろうから問題ないとは思うが、相手が相手だ。
お貴族様に出した料理で腹を壊したなんて事になったら大変だからな。
「なるほど、承知しました」
その事を理解しているのか、執事と思われる彼も素直に頷いてくれた。
さて、次はこちらの都合になるが……これもちゃんと了承してもらわないとまずいな。
「あと、メニューには出していない料理ですので全て最初から作らないとならないのですが、使う材料の関係で1食分だけを作る事ができません。最小限の材料で調理させて貰いますが、出来上がった分は全て購入してもらえますか?」
「我が主は大の甘味好きです。常識の範囲内の量でしたら喜んで買わせて頂きます」
よし、これで売れ残りの問題は無くなったな。
すっかり元の調子を取り戻したクロンが一瞬残念そうな顔をしたのを俺は見逃さなかったぞ。
残ったのは自分達で食べられるとでも思ったのだろうが、残念だったな!
あとは金額の事もあるのだが……どこぞのお貴族様であるならば甘味の一つや二つは問題なく支払ってくれるだろう。
ならば既に懸念はない。
マリーへと視線を向けると、了解したとばかりに小さく頷き、しょんぼりしていたクロンを引き連れて厨房へと消えていった。
あれは多分、ちょっとつまみ食いあたりさせるつもりだな。
あまり頻繁にやられると困るが……たまにはいいだろう。
なんかいつも、たまにはいいだろうで薄皮包みを食べてる気がするが……。
何だかんだで俺もマリーもクロンには甘いな。
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