第67話 双新月、風習、古エルフ語

 一人欠席の銀翼の隼大集合があったあの日から数日、街はかなり騒然としていた。

 アリアが店員として表に出れば、当然クロンと同じ様に気づく人も出てくるわけで、銀翼の隼は解散したのではないかという噂が瞬く間に街に広がれば、そこから紐づいてくるのは俺は一体何者なのかという疑問。

 こちらとしてももう隠すのも難しいなと思っていた事もあり、俺が銀翼の隼の一員だった事も公表した。

 ついでに箝口令が敷かれていたらしい銀翼の隼解散の話もギルドが正式に公表したことで、俺の素性に信憑性が生まれたのか、悪い方向での騒ぎにはならなかったのは幸いだ。

 最悪、偽物だとか、名を語っているだけとか言われるのかと思っていただけに、その事態を避けられたのは大きい。

 まぁギルやアリアと親しくしているところは店の客にも見られているので、その辺も信憑性につながったのかなと思っている。

 で、店はアリアの知名度もあり暫くは客足が途切れなかったのだが……

 

「お客さん来ないっすねー」


 カウンター席の少し高い椅子に座りながら足をぶらぶらとさせてクロンがそうつぶやく。

 長くなってきた日が落ちた頃から全く客が来なくなった。

 まぁそれも今日ばかりは仕方のない事だが。

 

「今日は双新月だからね。皆外には出ないんじゃないかな」


 テーブル席の椅子に座るマリーが普段にもまして真っ暗な窓の外を眺めながらそう応える。

 

 今日は双新月。

 夜空を照らす二つの月、その二つともが新月となる1年に数回しか無い珍しい日だ。

 双新月の日は魔の力が強くなる日と信じられており、夜には良くないものが徘徊するとか、良くないことが起きるとか、まぁそんな感じで多くの人は夜には出歩かないものだ。

 

「えっ?双新月だから来るんじゃないんすか?」


 と、クロンが驚いた様子で声を上げる。

 ん?どういうことだ?

 

「双新月の日は夜には出歩かないというのが一般的だと思っていたが、獣人はそうじゃないのか?」

「違うっすね。双新月の日は月の神様が見てない日っすから、ちょっと羽目を外しても良い日っす。だから双新月の日はそこら中で宴会やってたっすね」


 ほう、興味深い。

 その辺はギルに聞いたことはなかったな。

 まぁ双新月だろうがなんだろうか外に居る事の多かった冒険者には関係ないしな。

 

「へぇ~。人と獣人とだと全然捉え方が違うんだ」

「獣人の中には夜の方が活動的な人も居るという話を聞いた事があるから、そういった要因もあるのかもな」


 獣人に取っての双新月の日は俺たちの感覚的には昼間から酒を飲むような感覚なのかもしれない。

 確かに、太陽の出ている間はなんというか、太陽に見られているような感じがあるな。

 

「エルフはそういう話は無いのか?」


 3人の話に興味無いのか、一人で葡萄酒をちびちびとやっていたアリアへと声を掛ける。

 いくら客が来ないからって酒を飲むのは止めてほしいんだが……。

 グラスを傾ける手を止めると、んーと口元に手を当てて考え込む。

 

「特にそういうのはなかったかな。あーでも、月の無い夜しか咲かない花があるから、それを取りに行く事はあったかな」

「そんな花があるんですね」

「古いエルフの言葉でナーコトゥィア。ナーは花で、コトゥが夜とか闇とか、ィアが一番とか最もって感じの意味だから……人の言葉だとなんだろ」

「さしずめ、宵闇の花ってところか」

「おぉ、なんかかっこいいっす!」


 そういえば、確かアリアの姉の名前がナーミツゥとか言ってたっけか。

 ナーが花という意味なら名前もそれっぽい意味があるのだろうか。

 

「エルフの名前は聞き慣れない語感だなと思っていたが、名前も古いエルフ語が元になっているのか?」

「あぁ、そうだね。古いといっても人の言葉も使うようになったのは5,600年前くらいって話だから、じーさま達にとってはまだまだ現役で使ってる言葉だし」


 なるほど、俺達にとっては昔の言葉だとしても、エルフにとってはそうでもないのか。

 改めてエルフと人とでは似ているようで全然違う種族なんだと実感するなぁ。

 

「確かアリアのお姉さんはナーミツゥ……だったか?ナーが花だとすると、ミツゥはどういう意味になるんだ?」

「ミツゥは……人の言葉だとちょっと表現し辛いけど、草木が豊かに茂る景色……みたいな感じかなぁ」

「そうなると、花が咲き誇る景色、みたいな意味になるんですね」

「そうそう、そんな感じ」


 ほう、なるほど。

 女性につける名前の意味としては中々いいじゃないか。


「あとは、ベラフィアさんはベラフが賢い人で、ィア……はさっきの通り。リミューンは、リムが元気に、みたいな感じで、ィゥンが長い時間とかそんな感じ」

「最も賢い人に末永い健康、か。そう育ってほしいという願いも込められてるのかな」

「他の集落は知らないけど、ウチのところは言葉には呪いも祝福も与えられる力があるって考えられてるからね」


 一種の呪術みたいなもんか。

 名前は子が親から貰う最初の贈り物だ。

 そう育ってほしいという願いが込められているのは納得するところだな。

 となると、やはり気になるのはアリアの由来だよな。

 

「アリアは……ウィツァリアだっけ?どういう意味なんだ」


 俺の問いかけにビクリと体を震わせると、俯き加減でハハと笑った後、上目遣いでこちらを見てくるアリア。

 

「まぁ、そうなるよね。その、笑わないでよ?」


 これまでの話で行けば親の願いのようなものが込められているとは思うのだが、ならば笑う事も無いんじゃないか?

 まぁ本人がそういうのだ、一応覚悟はしておこう。

 

「聞かないことにはわからんが、注意はしよう」

「もー、そういう時は笑わないって言って頂戴よ。えーっと、アタシの名前はウィツァルとィアの組み合わせなんだけど……ウィツァルがね、その、お淑やかな人とか、物静かな人……って意味なんだよね……」


 ……何だと?

 ィアが最も、という意味なのだから、つまりは……。

 

「一番お淑やかな人、っすか?」

「あー!クロンちゃん!全然違うっす……とか思ってるでしょー!だから言うの嫌だったんだよぉ!」


 うん、親の願い通りに子が育つとは限らんわな。

 

「そ、そんな事思ってないっすよー!いい名前だと思うっすよ」

「そうですよ、素敵な名前じゃないですか」

「うぅ……アタシだってこの名前は好きだけどさぁ」


 まぁ、少々気後れするのもわからんでもない。

 親の願いとは少々……うん、少々、離れているとは思うからな。

 とはいえ、クロンやマリーと賑やかに会話しているアリアは十分魅力的な女性だ。

 そんなアリアが恥じる事は何もないよなぁ。

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