第62話 幼なじみ、定住、新人

「あ、も、申し訳ありません!姫巫女様が空腹であるにも関わらず私が先に食事を頂いてしまって!私は外で控えておりますのでごゆっくりとお召し上がりください!」


 そう言うやいなや、椅子から立ち上がると店の外へと歩き出すリミューン。

 その姿にアリアは心底嫌そうな顔をして、彼女の腕を取った。


「まぁまぁ、ここには賢人衆の爺様達もいないんだし、堅苦しいこと言わないで一緒に食べようよ。料理冷めちゃうし」

「いえしかし……」

「ほら、いいからいいから!」

「うわっ」


 グイとその腕を引っ張ると、抵抗虚しくあっけなく椅子へと舞い戻ることになるリミューン。


 まぁ、冒険者やってたアリアとただの御側付きのリミューンじゃそもそも腕力に差がありすぎるしな。

 

 強制的に椅子に座らせられた彼女は困ったように眉先を落としながら、べラフィアへと視線を向ける。

 対するべラフィアは何も言わず、ただ目を瞑るのみ。

 見なかったことにする、ということだろうか。

 改めてアリアへと向き直ると、そこには満面の笑みで彼女を見つめる姫巫女様の姿。

 観念したように小さく吐息を漏らしスプーンを手に取った。


「リミューンならわかってると思うけどさ、アタシが森の外に出たの、そういうとこなんだよね」

「わかっています。もう200年の付き合いですよ?」


 200年って時間感覚は正直良くわからないんだが、まぁエルフにしてみても長い付き合いだ、ということなんだろう。

 そんなリミューンの返事に、むぅと頬を膨らますアリア。

 なにやら気に入らないらしい。


「いーや、全然分かってない!わかってるなら……違うでしょ?」


 ジッと彼女を見つめるアリアの視線に根負けしたのか、いっそう大きなため息を吐き出しながら、諦めたように笑って見せる。


「……もう、仕方ないなぁ。本当はダメなんだからね?ウィツァリアには色々と世間の目っていうのがあるの理解してほしいんだけどなぁ」

「そんなのしらなーい」


 急に砕けた口調になったリミューンに満足げに笑みを浮かべるアリア。

 なるほど200年の付き合いというのは伊達ではないらしい。

 いわゆる幼馴染というやつなんだろうな。

 俺にはそういった友人は故郷に置いてきてしまったので少し羨ましい。

 そういえば、賢人衆がどうのといっていたが、多分お偉方に近いであろうべラフィアはそれでいいのかと目を向ければ、アリア達を見ないようにしながらキッシュをパクパクと頬張っていた。

 うーん、こういう所業、かっこいいじゃないか。


「仲睦まじいのはいいんだが、熱いうちに食べてくれると作った側としては嬉しいぞ」

「おっとその通り!じゃ早速」


 ガタリと乱暴に椅子を引くとドサリと腰掛けるアリア。


 俺とアリアが出会ったのは……5年くらい前だったか。


 リミューンの話からすればもっと前から冒険者をしていたようだが、エルフの寿命を考えれば大した事のない時間だったのだろう。

 が、アリアの動作はどう見ても姫巫女というよりも冒険者のそれだ。

 多分、冒険者になる前でもこんな感じだったんだろうなぁ。

 そりゃべラフィアも諦めるってもんだ。


「ところでアリア、これからどうするんだ?」

「ん?んー、どうしようかなぁ」


 俺の問にせわしなく動かしていた手を止めると、口元に手を当てるアリア。

 悩んでいるときの癖は未だに健在らしい。


「私としては戻ってきて欲しいんだけど、そうじゃないならせめて何処かに定住してほしいなぁ。ふらふらされると連絡も取れないから」


 心配そうな顔で悩むアリアを覗き込むようにように見つめるリミューン。


「それについては私も同意します」


 今まで無言を貫いていたべラフィアもここぞとばかりに割り込んでくる。

 まぁ、べラフィアとしてもせめて連絡がつく状態にでもしなければここまで来た意味もないからなぁ。


「うっ……まぁ、そうだよねぇ……」


 これまで色々と迷惑を掛けてきたのに加えて、今回も自分が好き勝手にやっている事への罪悪感はあるのか、流石にすぐには回答できないアリア。

 仮に冒険者に戻るとしても一つの街を拠点として居着く冒険者も多い。

 勿論、今まで俺達がやってきたような未開拓のダンジョン攻略であったりはできなくなるが、選択肢としてないわけではないだろう。


 さて、どうするのかな、とアリアの出方を見ていると、不意に隣から声がかかる。


「お食事をされながらゆっくり考えられればいいんじゃないですか?」


 一通り片付けが終わったのか、こちらに出てきたマリーだ。

 それは正しい。

 考え込んだアリアはすっかり手が止まってしまっている。

 熱いうちに食べるほうが圧倒的に旨いからな。


「あぁすまん、紹介が遅れた。この店の所有者で俺のパートナーのマリーだ」

「マリアベール・ブラウンです」


 小さく会釈するマリーに合わせてカウンターの向こうの三人も会釈を返す。


「神官長補佐のべラフィアです」

「ウィツァリアの御側付きのリミューンです」

「ウィツァリア……だけど、アリアでいいよ。ちょっと前にクラウスと一緒に冒険者やってた」

「あ、もしかして、銀翼の隼ですか?」

「そうそう。やっぱ有名になったよねー」


 マリーにパーティーの名前を当てられて気分が良いのか、ニヤニヤと笑みを浮かべてこちらを見やるアリア。


「良いのか悪いのかわからんがな」


 実際、冒険者ギルドからは委託の件で優遇してもらっているので良かったこともあるが、変に注目されるのは少々面倒なんだよなぁ。


「そうなると、銀翼の隼の皆さん、4人もカーネリアに集まったんですね」


 あぁ、言われてみればそうだ。

 ヴィオラを除いた4人がカーネリアに集まったことになる。

 確かに冒険者がよく立ち寄る街ではあるが、パーティーを解散してから集まったのはある意味奇跡みたいなもんだな。


「え、うそ、クラウス以外にもいるの?」

「ギルとリカルドが居るぞ」

「えっ、リ、リカルド、居るんだ」


 リカルドの名前が出た途端、なんだか挙動不審になるアリア。

 というか……。


「ギルを忘れないでやってくれ」

「そ、そっかー……リカルドいるのかー……」


 俺の言葉はもはや届いてないらしい。

 ギル……可哀想なやつ。

 しかし、何故急に挙動不審になる?

 記憶が確かなら、別にアリアとリカルドは仲が悪かった訳ではなかったはず。

 というか、寧ろ仲は良いほうだった気がする。

 ……ギルとはそんなに仲良くなかったな、そういえば。


「ねぇ、リカルド……とギルは今何やってるの?」

「ギルはまだ冒険者やってるぞ。詳しいことは知らんが、新しくパーティーを組もうとしてるんじゃないかな。俺も一度誘われた」

「ギルはどうでもいいから、リカルドは?」


 自分で聞いたんじゃないか……。

 リカルドについては……どうするべきか迷うな。

 アリアなら話してしまってもいい気がするが……そこはリカルド本人の判断に任せたほうがいいか。


「リカルドは本人に聞いてみればいい。近いうちにウチにも来るだろうから」

「えっ!ここ来るの!?そ、そっか……じゃカーネリアに滞在しよっかなぁ……」


 モジモジして気持ち悪いな。

 アリアってこんな感じだったっけか……?


「それで、カーネリアに滞在するのはいいが、仕事はどうするんだ?」

「んー、アタシにできることなんてそんなに多くないしなぁ。また冒険者かなぁ」


 正直、アリアほどの弓使いは二人といないだろうし、冒険者ギルドとしては今すぐにでも現役復帰してほしいと思っていることだろう。

 だが、彼女の表情を見れば全く乗り気ではないことが伺える。

 アリアが冒険者になった経緯については詳しくは知らないが、これまでの話を鑑みるに、多分勢いで飛び出して来たのはいいが他に出来ることがなかったとか、そんなところなんだろう。

 となると、アリアには冒険者というものにこだわりが無いということになる。


 それ故のこの表情なんだろうなぁ。


 じゃぁ他の仕事はどうなんだと言えば、本人、弓の扱いは右に並ぶもの無しといえる程だが、他の細かい作業については全くダメだ。

 本人の大雑把で飽きやすい性格故の部分もあるのだろうが、何より集中が続かないんだよなぁ。

 そうなると、細かい作業ではなく飽きにくい仕事……そんなのあるか?

 肉体労働……例えば農業の手伝いなんかもありかもしれないが……うーん。

 

 そのあたりはベラフィアとリミューンの二人も理解しているのか、何か無いかとウンウンとうなり始めたところで、再び隣から声がかかる。


「良ければウチで働きませんか?」

「あぁ、その手があったか」


 完全に頭から抜けた。

 そうだな、ウチで働いてもらうのはありかもしれん。

 

「ここで?具体的に何やるの?」

「そうだな……主に接客、給仕にあたってもらう事になるかな。丁度人手が欲しかったんだ」


 そういいつつ、冒険者向けのクエストボードについでに貼っていた人員募集の張り紙を指差す。

 アリアの大雑把な性格は細かい作業には向いて居ないが、逆に人見知りしない事は接客には強い武器だ。

 何より、アリアの性格ならば客受けもいいだろう。

 クロンとアリアで給仕を担当してもらい、マリーには主に調理、俺は冒険者への依頼の対応や物品販売、宿を再開すればその受付といった形で業務を分担すれば大分楽になる。

 

「へぇ……そっか、ここかぁ。ここならリカルドにも会えるかな……」

「ん?なんだって?」

「別になんでも!面白そうだしそれもありかなーって!」


 後半なにやらボソボソと口にしていたようだがよく聞こえなかったので聞き返してみるが、アリアは慌てたように首をふる。

 うーん、何か聞かれたくない事でも言ってたか?

 あからさまに話を逸した様にも見えたんだが……まぁいいか。

 どうせ大したことではない。


「是非お願いします」

「んー、分かった。それじゃお世話になろっかな」


 マリーにお願いされるとほぼ考えるまもなく即断即決。

 浅慮と言われる事もあるかもしれないが、判断が早いのはアリアの良いところでもある。

 銀翼の隼の頃はそれに助けられた事も少なくなかったなぁ。

 

「ベラフィアさんもリミューンも、これなら文句無いでしょ?」

「大有りなんだけど……まぁ仕方ない、この辺が妥協点かぁ。ベラフィア様、如何でしょう?」

「私としても戻って欲しいとは思いますが、分かりました。千変万化のクラウスさんもいらっしゃる事ですし、安心できます」

「ただのクラウスだってば」

「これは失礼しました」


 俺の事を信頼してくれるのは有り難いが……戦闘力としてはアリアの方が上だからなんともだなぁ。

 まぁ、危なっかしいところもあるアリアの抑え役としては適任かもしれんな。

 

 ベラフィアとリミューンの了承も得たということでグッ、拳を握るアリア。


「よっし、それじゃこれからよろしくね、クラウス、マリー」

「はい、よろしくお願いします、アリアさん」

「また騒がしくなるなぁ……」


 クロンも大分騒がしい奴ではあるが、もっと騒がしいのが増えた。

 酒場が賑やかになることは良いことだ、と思うことにしよう。

 

 マリーの手を取ってぴょんぴょん跳ねてるアリアを眺めながら、これからの事を思った。

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