第63話 自己紹介、大集合、大混乱

 酒場の丸テーブル。

 それなりの大きさだが、通常は4人程度で使ってもらうことを前提としている。

 が、今はそこに6人が集まっている。

 それぞれが何とも微妙な表情を浮かべたまま、お互いの出方を見ている状態。

 それも仕方がない、なにせ一気にいろんなことが起こりすぎて皆混乱しているのだから。

 とりわけ最も混乱しているのはクロンだろう。

 まぁ、気持ちはわかる。

 俺がもしクロンの立場ならば同じような感情を抱いている事だろう。

 テーブルに座る面々へと熱い視線を送ったと思えば、俺に対してはジロリと睨めつける。

 普段なら可愛らしいと思える犬耳もピクピクと頻繁に動いていて落ち着きがない。

 怒っている……のとは少し違う気がするが、混乱しすぎて不機嫌になっているといったところなんだろうか。

 ……俺への疑念、みたいなものもあるかもしれない。

 

 あぁ、本当に、偶然というものは重なるものなんだな。

 この何ともいえない空気にした原因となった事を思い出しながら、どう話を切り出そうかと肩を落とした。 

 

 それはアリアが走る子馬亭で働く事になった翌日の朝、つまり今朝方の出来事だった。



 

「今日からここで働く事になったアリアでーす。よろしくねー」


 走る子馬亭で働く事になったと決まるや、あっという間に空き家を見つけて買い取ったアリア。

 冒険者時代の資金がかなり残っていたらしいが、1軒まるまる買い取るとは思わなかった。

 クロンの様に金が無いわけでもないから何処かで部屋を借りる程度の事はするだろうとは思っていたが……。

 相変わらず即断即決、行動が早い。

 そんなわけで、先日は依頼で森に出ていたクロンとは今日が初顔合わせということになるのだが、あっけらかんとした挨拶をするアリアに対し、クロンはというと……。

 

「え、エルフ……っすか?それにアリアって……まさか、とは思うっすけど……神弓のアリアさんっすか?」

「おぉ、やっぱり有名になったねぇアタシ達。なんだか照れくさいなぁ」

「お、お、お、おおおぉぉぉぉぉ!?本物っすか!!!!」

「はーい、本物でーす」

「うおおおおお!!すごいっす!!本物の神弓っす!!感激っすよ!!!」


 まぁ、そうなるよな。

 そもそも人の街に出てくるエルフなんて数える程な上にアリアなんて名乗ったらそうなる。

 実を言えば、聞けば自分が冒険者であったということに大きな拘りは無いようだったので、アリアには自分の素性について話さないように伝える事もできた。

 が、アリアを雇うと決めた段階で、もういい加減自分の素性を隠すのも辞めようかなと、そう思い始めていたのもあり、特に隠してもらうよう伝える事はなかった。

 それについてはマリーも特に何も言ってこなかったので、多分大丈夫……なはず。


「クラウスさん!なんでアリアさんがお店で働く事になったんすか!?だって神弓っすよ!冒険者じゃないんすか!?銀翼の隼はどうしたんすか!?そもそもアリアさんがあの神弓のアリアさんだって知らなかったんすか!?」

「あぁちょっと待て、いっぺんにそんなに聞かれても困る。一つ一つ答えるからちょっと待て」


 以前、酒場の常連客連中に銀翼の隼について語っていたクロンの目は本当に輝いていた。

 それだけ憧れていた人物が今ここにいるのだから、興奮するのも無理はない。

 無理は無いんだが、もう少し落ち着いて欲しい。

 この後もっと驚かれるであろう事を言わないとならないんだから。

 

「えーっと、まずはだな……」


 と、俺が話し始めたところで、まだ準備中の札がかかっているはずの入り口のドアがカランと音を立てて開く。

 

「おーぅクラウス!朝早くからわりぃんだけど、なんか食わせてくれねぇか」

「げっ、ギル……」

「あん?このクソ生意気な声は……てめぇアリアじゃねぇか。なんでこんなとこにいんだ」

「ここで働く事になったんですぅ〜。ギルこそ何の用よ」

「酒場に飯食いに来てわりぃかよ」

「まだ開店前ですけどぉ〜」


 相変わらず、ギルとアリアは相性が悪い。

 出会ってそうそう喧嘩しないでほしいんだが……。

 やれやれと竦めたくなる肩をちょっと待ったと抑えていると、今度は予想外の声が聞こえてくる。


「あー!ギル兄!漸く見つけたっすよ!」

「あん?……おぉ、なんだクロンじゃねぇか。てめぇもここで働いてたのか?」

「そうっすよ!ギル兄がカーネリアに居るって聞いてずっと探してたんすよ?冒険者ギルドにも何回行ったか」


 予想外の声はなんとクロンから。

 え?なに、クロンとギルって知り合いだったのか?

 混乱しているのは俺だけでは無いようで、マリーとアリアもポカンとしている。

 ともかくこのままでは収集がつかん。

 一旦仕切り直しをしたい、と声を上げようとしたのだが、再びカランとドアベルが鳴る。


「開店前にすまないが少々相談があるのだが……」


 そう言いつつ扉をくぐってきたのは領主代行のリカルドだ。


「リカルドまで来たのか……」

「えっ!?リカルド!?」


 思わずボソリと呟いた声を耳ざとくアリアが聞きつけた様で慌てて店内を見回す。


「うわ、ギルにアリアまで居る。えっと……クラウス、これはどういうこと?」

「え!もしかして、あんたがリカルドなの!?」

「おいおい、マジかよ。てめぇ仮面はどうした」


 まだ始まったばかりだというのに、今日はなんて日だ。

 折角抑えていた肩をもういいだろう、と言わんばかりに竦めてため息を一つ。


「とりあえず、一回テーブルにでも座ってくれ」

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