第55話 判定、ひねくれ者達、信頼
受付に話すと、承知しているといった様子で3階のギルドマスター室へと通される。
建物の入り口の豪華さに比べると随分と質素な扉に意外さを感じつつ、案内してくれた丁稚が扉の向こうに居るであろうマッケンリーに声を掛けた。
「走る子馬亭の方がいらっしゃいました」
「通せ」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
ギィ、と年季の入ったであろう扉がゆっくりと開かれると、丁稚に案内されるがままに部屋の中へと入る。
なるほど、趣味が良い。
建物の入り口の扉は単純に金があるということを見せつけるためだけのものだったが、この部屋はそうではない。
壁に掛けられた絵画、花を活けてある花瓶、机やテーブル、長椅子に到るまでが落ち着いた雰囲気のそれでまとめられている。
目利きには多少自信がある。
俺の見たところ、派手さはないが全てが一級品だ。
揃いも揃って部屋の中を見回しているのだが、一番興味深そうにキョロキョロしているのはクロン。
「みんな高そうっすねぇ……あの絵とかいくらするんすかね」
「金貨5枚……くらいかな」
「金っ!?うわぁ、部屋に入るの怖くなったっすよ」
慌てて片足を上げるクロン。
そうだな。
足元のふかふか絨毯でさえいい値段してそうだからな。
「良い目をしている。あの絵は金貨5枚と大銀貨2枚だ」
そう、声がかかると一斉にそちらへと視線を向ける3人。
そこには巨大な机とその上に積まれた書類の山。
そしてその谷間からこちらへと視線を向けているマッケンリーの姿が目に入った。
「来たな、マリアベール、クラウス、そしてクロン」
「呼ばれればな」
「クラウスさん!」
どうもマッケンリーの前だとつっけんどんな態度を取ってしまう。
多分こう、前世でなにかあったんだろう。
知らんが。
それをマリーが指摘すると、マッケンリーは小さく笑って見せた。
「いや、いい。謙った態度を取られる方が調子が狂う」
「すみません……」
マリーが謝る事はないんだが、原因は俺なんで何も言えん。
「で、来たのは良いが、何の話なんだ?」
再加入の話だとは予想しているが、念のため聞いてみる。
違う話だった時なんか恥ずかしいからな。
俺の言葉にクロンとマリーも息を呑む様に黙り込む。
大丈夫だ、とは言ってくれたがどうしても不安はあるよな。
だが俺の覚悟は先程決まった。
例え再加入を却下されたとしても、だ。
「あぁ、再加入の件だ。許可する」
「結果がどうあれ……は?」
「許可する、と言ったのが聞こえなかったか?」
……いやいや、ちょっと待て。
もっとこう、焦らす様にするもんじゃないかこういうの。
ほら、マリーとクロンもポカンとしてるぞ。
「あまり長々と話をしていられるほど私も暇ではないのでな」
「……まぁ、いいか。許可だというならそれでいい」
なんというか、釈然としないがともかく商業ギルドへは正式に再加入ということになったのは確かだ。
今はそれだけでいい。
「えっと……良かった……でいいんですよね」
ポカンとしていたマリーが漸く状況を飲み込めたのか、恐る恐るといった様子で口を開いた。
「勿論だ。マリアベールは下で再加入の手続きをしてくるといい。クロン、君にはハリー……君たちを案内した丁稚が下でお茶を用意しているはずだ。甘味も用意するように言ってある」
そう言うと、もはや言うことは無いとでも言うように手元の書類へと視線を落とすマッケンリー。
エリー、お前の言うことは尤もだと思うが、こいつ相手にだけは面倒くさい男でいいや。
「お菓子っすか!やったっす!」
「クロン、少しは遠慮しなさい。えっと、行ってきますね」
恐らく何も考えていないであろうクロンと、去り際にチラリとこちらを見やるマリーが扉の向こうに消えていくと、俺は改めてマッケンリーへと向き直る。
「俺だけ残したって事は何か言う事があるんだろう?」
「……クラウス、君には一つ謝らないとならないことがある」
「なんだ、そんな深刻な顔して」
まさか、マリーの再加入は認めるが、俺が走る子馬亭で働くのは認めないとか、そんな事言い出すわけじゃないだろうな。
確かにマリーが再加入する条件の他に、俺に対する課題もあった。
だが今更認めないとか言われても、そんな事でおめおめと引っ込むわけには行かない。
あの店は、もはや単なる働き口というわけじゃないんだ。
「正直に言おう。あの時、私は恐らく無理だろうと思っていた」
「……走る子馬亭の立て直しが、か?」
「そうだ。もって一ヶ月。冒険者の酒場として軌道に乗せるなど不可能だとな。その後の対応についても既に検討していた程だ」
「随分と見くびられたものだな」
「それだけ、あの店の信頼は地に落ちていたということだ」
そう答えるマッケンリーは力なく口元を引き上げる。
その笑みは、俺には自虐のそれに見えた。
「まぁ過去は過去だ。再加入認めたってことは、そういうことなんだろう?」
「フッ、その通りだ。君は……いや、君たちは私の予想を遥かに上回ったことをやってくれたよ。改めて礼を言おう。あの店を立て直してくれたこと、感謝する」
「いや、俺は――」
また、いつものように軽口が口から出そうになったところで、エリーの言葉がふと頭に思い浮かぶ。
もう少し素直に……か。
「こっちこそ、感謝するよ。クロンの事もそうだが、そもそも商業ギルドへ仮復帰も大分無茶をしただろう?あれが無ければ俺たちはあの時すでに終わっていたよ」
「おや、珍しく殊勝な態度だな」
一癖も二癖もありながら職務に忠実で堅いところのある男だと、俺はマッケンリーをそう評価していた。
それ故に、こうして少しおどけた様に冗談を言うマッケンリーに、少々驚いた。
「お前!折角俺が素直に感謝してやってるってのに!」
反射的にそう反論すると、マッケンリーはわざとらしく肩をすくめて見せる。
マッケンリーと俺の会話に一瞬の空白が生まれると、どちらともなく笑い声が生まれていた。
「あー、やめだやめ。あんたに変に気を使うと気持ちが悪い」
「ハハハ、同感だ」
相変わらずいけ好かない奴だ、とそう思いつつも、どこかでそれを心地よく思っている。
不快感を伴わない違和感。
そのチグハグさに知らず知らずに笑みを浮かべていた。
「さて、そろそろマリアベールの手続きも終わる頃だろう。行くといい」
「あぁ、そうさせてもらうよ」
ふと、俺への課題の合否についての話がなかったな、と思い出す。
が、それでいいのだろう、と思う。
マッケンリーと最初に話したときにも出た話だ。
信頼とは、何かを達成したからといって得られるものではない。
それは日頃の積み重ねであり、数字にできるものではないと。
ならば、こうしてマッケンリーと二人で腹を割った話が出来た事、それが全てだろう。
部屋を出るために入り口のドアへと手を伸ばすと、思ったよりも質素だと思っていたドアに細かな意匠が彫り込まれている事に気づく。
これほど見事な修飾、普段ならば気づかない訳がないのだが……あぁ、そうか。
それはきっと、心の余裕なんだろう。
この部屋に入る時は、気づく事ができない程だった事に気づいて小さく笑みを溢す。
そうだな、俺は、安心したんだなぁ。
そう改めて感じながら、その美しい扉を潜りマリー達の元へと歩き出した。
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