第54話 決戦の日、これまでの事、覚悟
大通りに面したその場所に、一際大きく豪華な建物が存在する。
カーネリア商業ギルド本部。
俺が最初にここに訪れてから早くも3ヶ月が経過しようとしていた。
思い起こせば、俺のカーネリア生活が始まったのもこの場所からだったな。
あの時は小さな建物を借りて小ぢんまりと酒場ができればいいと、そう思っていた。
それがまさか、隣に立つマリーと共に走る子馬亭を立て直すために奔走することになるとは思っても居なかったなぁ。
「ここに来るのも久しぶりですね」
「たった3ヶ月前の事だとは思えないよなぁ」
前回ここにマリーと共に訪れたのは3ヶ月前。
今回マッケンリーが呼び出した理由だろうと思われる商業ギルドへの再加入の手続きに訪れた時だ。
紆余曲折はあったものの、なんとか仮加入という形で加入出来たのは助かった。
まぁ再加入のための条件である、ギルドにとって有益であると認められた者、の言葉通り、マッケンリーにも一定の思惑があったのだろうが、結果として助かっているのだから許そう。
「やっぱりでかいっすねぇ」
「恐らくこの街で一番金持ってるところだしな」
口を半開きにして建物を仰ぎ見るのはクロン。
クロンが店に来てくれた事も大きな転機だった。
お陰で雪解けの祭りは大成功に終わったし、エルトワールケーキ開発の切っ掛けにもなってくれた。
そして何よりもサリーネやアランさん一家と懇意になれた事が大きい。
元々街の住民であったマリーはともかく、よそ者の俺やクロンにとって、街の中に親密な関係の人が居るということは精神的にも本当にありがたい事だった。
思い起こせば、たかだか3ヶ月の間に色々とあったな、と。
自分なりに出来ることはやってきたつもりだ。
冒険者ギルドの手続きは少し遅れてしまったが、致命的な遅れでは無かったように思う。
故に、大丈夫だ、と思っている。
しかし、大丈夫か?という思いもある。
本当に俺はできる限りの事をしたのだろうか。
もっとやるべきことはあったのではないだろうか。
こうしてこの巨大な建物を前にすると、これまで行ってきた事への自信と、それ以上の不安がこみ上げてくる。
正直に言えば、走る子馬亭の立て直しが失敗し、ギルドへの再加入が却下されたとしても俺は大丈夫だ。
他にも出来る事はあるし、最悪この街でなくともいい。
しかしマリーはどうだ。
彼女にはあの店しか無い。
マッケンリーからの課題にもしも失敗していたとしたのならば、彼女はどうなるんだ。
俺が先導を取って店の立て直しをしてきたということはつまり、マリーの行く末は俺の責任でもある。
今更ながら、人一人の運命を背負っていたという事実を思い出して、足が前に出ない。
かつてドラゴンの巣に突入して時でさえ、こんな気持を抱いたことはなかった。
情けない話だが、このまま走る子馬亭に逃げ帰りたいとすら思ってしまう。
ふと、知らぬ間に力の入らぬなりに握りしめていた右手を、そっと暖かな物が包み込む。
「大丈夫です」
その言葉に隣を見れば、マリーが穏やかな笑みを浮かべ、俺の右手を両手で支えるように包んでいた。
「……大丈夫、かな」
「えぇ、大丈夫ですとも」
マリーには気付かされる事が多かったように思う。
今日、この日までやってこれたのもマリーのお陰だ。
暴走しがちな俺を止めてくれたのもマリー。
そして、こうして尻込みしてしまっている俺に前に踏み出す勇気を与えてくれるのもマリー。
うん、大丈夫だ。
マリーがそういうのだ、それを信じよう。
「イチャイチャしてないで行くっすよ?」
「なっ、い、イチャイチャなんぞしてない!」
「そ、そうです!」
「そうっすかねぇ……」
半目でこちらを見るクロンに見えぬように慌てて手を離し、ゴホンと咳払いを一つ。
「よし、行くぞ!」
「はい!」
「ドキドキするっすねぇ」
細かな意匠が綺羅びやかな扉を開け、俺たちは決戦の地へと足を踏み入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます