第56話 マリーの誘い、挨拶、苦い記憶
1階へと降りると既にマリーが受け付けで待っていた。
「早かったな」
「はい、簡単な書類にサインするだけでしたので。クラウスさんの方はもういいのですか?」
マッケンリーが俺だけに話をしようとしていたこと、やはりマリーは気づいていたか。
マリーだけならともかく、クロンまで露骨に遠ざけようとしていたから流石にな。
「あぁ、ちょっとした雑談ってだけだったしな」
「そうですか」
ただの雑談をする為だけにわざわざ俺だけを残すはずもない事はマリーも当然承知しているだろう。
その上でなにも聞かない事に、ほんの少しの嬉しさを覚える。
それだけ信頼してもらえているということだからな。
「そういえばクロンはどうした?」
「クロンは冒険者ギルドに用事があったのを思い出した、とかで先に帰りましたよ」
クロンがカーネリアに来てから3ヶ月程が経過している。
店の給仕をしながらなので中々依頼に注力できていないところではあるが、それなりに慣れてきたところだろう。
これまでは薬草採取の依頼を重点的に受けていたようだが、そろそろ違う依頼にチャレンジしてみてもいい頃合い。
その辺の相談に行ったのかもしれないな。
「そうか、なら夜分の仕入れは二人ですることにしようか」
今日は商業ギルドの用事が早く終われば3人で仕入れをする予定だったが、クロンには冒険者を優先していいと話してある。
個人的にもクロンは酒場の給仕だけをやらせておくには惜しいと思っているだけに、こうして積極的に冒険者として動いてくれるのは喜ばしい事だ。
「えっと、その前に、ちょっと付き合ってほしいところがあるんですが」
「ん?あぁ、もちろん構わないぞ」
「ありがとうございます」
こうしてマリーから誘いがあるのは結構珍しい。
一体どこに連れていってくれるのか、少々楽しみだ。
※
商業ギルドを出た俺達は大通りから南へと向かい、小さな路地へと入り込む。
途中、露天でマリーが買い物をするのを待ちながら、目の前に広がる細い道を眺めた。
カーエリアは拡張に拡張を重ねた街なだけあり、無秩序に建てられた建物により道は相当複雑に入り組んでいる。
カーネリアに来て3ヶ月になるが、未だに一人で歩くと迷ってしまいそうだ。
俺が走る子馬亭にたどりついたのもこの入り組んだ道のお陰でもあったな、と懐かしさを覚えた。
ちょっとした感傷に浸っていると、買い物を済ませたマリーが戻ってくる。
買ってきたのは小さな花束だった。
お待たせしました、とだけ言うとすたすたと歩き出すマリー。
そんなマリーの後を追いかけるようにして暫し、位置的には街の南端に近いところまで来た。
街の南側は街の中央部に比べるとほんの僅かに高くなっており、振り替えれば街の北に広がるカーネリア平原の淡い緑色も見ることが出来る。
街の東、遥か遠くにはリンドベルグ辺境伯領を象徴するグワース山が見え、その長い裾野からカーネリアの側までを緑色の絨毯が広がる。
カーネリアの森。
一時期はモンスターが大規模な巣を作った事で問題にもなった場所。
クロンが薬草の採取に向かっているのもあの森のはずだ。
そんなカーネリアの周辺を見渡す事ができるこの場所で、マリーは漸く足を止めた。
「ここは……」
「こっちです」
そういいつつ、木製の柵で囲われたその場所に足を踏み入れる。
一目見ればその場所がどんな場所なのか、わからない者は居ないだろう。
いくつものシンボルが並ぶその中の一つへと歩み寄ったマリーは、ゆっくりと膝を折ると抱えた紙袋の中から先ほど買った花束を取りだし、そこにそっと置く。
アーノルド・ブラウン
ターニャ・ブラウン
ここに眠る
そのシンボルには、そう刻まれていた。
「全然来れなくてごめんね、お父さん、お母さん」
街の南側、小高い丘の上。
その場所はカーネリア唯一の小さな教会の一角。
街の共同墓地。
俺がカーネリアに来て3ヶ月。
街の大体の場所には一度は赴いたつもりだったが、今はまだ訪れるべきではないと思っていた場所。
マリーに連れてこられなくとも近いうちに来ようとは思っていたいたが……今が丁度いい機会なのかもしれない。
墓標に刻まれた名前に、わずか1年少々の前の出来事をまるで昨日の事のように思い出しながら目を閉じる。
「お父さんお母さん、お店、漸くなんとかなってきたよ。本当は……もうダメかなって思ってた。マッケンリーさんに任せちゃった方がいいのかなって。でもね!」
そう言うと、座り込んだままのマリーがちょいちょいと俺のズボンの裾を引っ張った。
……座れって事か?
その場でマリーと同じようにしゃがみこむと、唐突に両肩を捕まれてグイと引っ張られる……が、俺が全然動かなかったからか、マリーの方がコテンとこちらに寄りかかるように倒れこんだ。
「もう、少しは空気を読んでください!」
何故俺は怒られているのだろうか……。
小さくコホンと咳払いをしつつ、肩が触れる程にマリーの近くへと移動する。
マリーはそれに満足そうに頷くと、改めて両親の墓標へと向き直った。
「今は大丈夫!クラウスさん達と一緒だから」
そこまで言うと、ちょいちょいと俺の脇腹を肘でつついてくるマリー。
大丈夫だ、流石に理解しているよ。
「お久しぶりですターニャさん。アーノルドさんは初めまして、ですね。クラウスです。走る子馬亭、なんとかやっていけてますよ。あの時言っていた心残りも晴れたと言ってもらえるでしょうか」
今まで隠していた……というわけでもないつもりだが、あえて話す必要もなかったと思い話さずにいた事。
今がそれを話すタイミングなんだろうな。
我ながら唐突に話し始めたよな、とちらりと横目でマリーの反応を確認。
まぁ困惑してる事だろうな……。
と、思っていたのだが、予想外にマリーは小さく微笑みながらこちらへと視線を向けていた。
……あれ?
逆に困惑している俺にクスリと小さく笑みを溢すと、胸元のボタンを一つはずしそこに手を突っ込み始める。
おいおいおいおい、待て待て。
何を始めるつもりだマリー。
こんな真っ昼間から……いや、夜だからいいって話じゃないんだが、ともかく止めないと。
と、慌てて胸元をまさぐるマリーの手を止めようとしたところで、その手がすっと引き抜かれる。
そしてそこには、俺も見たことのあるそれが握られていた。
「お母さんの形見です。これ、持って帰ってくれたの、クラウスさんですよね?」
マリーが胸元から取り出したペンダント。
それは、瀕死の状態であったターニャさんから俺が預かったもの。
「あぁ、俺が冒険者ギルドに届けたものだよ」
あの日俺たち、銀翼の隼が討伐依頼を受けたモンスター、クイーンバジリスクこそが、彼女の両親を始め、多数の冒険者を死に至らしめた元凶。
依頼を受け、俺とアリアで先行して現場に到着した時は、既に全てが遅かった。
あの惨状は今でもはっきりと思い出すことが出来る。
いくつもの亡骸と、その奥に佇むバジリスクの女王。
俺が瀕死の状態だったターニャさんを見つけ、彼女と共に一時的にでも撤退できたのは幸運だったと今でも思っている。
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