第47話 期限、領主代行、下降線
俺がカーネリアに来てから2ヶ月半が経過した。
マッケンリーとの約束の期限まで残り半月。
先日冒険者ギルドとの取り決めで開始した依頼の委託は今のところは低速スタートといったところだ。
冒険者の中での周知がまだ足りていないところもあるのだろう、それほど多くの冒険者が訪れてくれているわけではない。
まぁ冒険者ギルドの方でもウチについて言及してくれているらしく、ギルドからの紹介といった形で訪れてくれる冒険者がいるのは純粋にありがたいところ。
もう暫く続けて行けば、冒険者間での周知も進み、客も増えるのではないかと思っているが……やはり初動が遅れたのは痛かった。
完全に忘れていた俺が一番悪いのだが、まぁ、ほら、あれだ、雪解けの祭りとかもあったし仕方ないよな!
過去を振り返ってばかりでは一向に前に進めないし。
ただ、焦りが無いわけではない。
冒険者の酒場として軌道に乗せる、という条件だったが、今の状態が軌道に乗っているのかと言われるとなんとも言えないし、何より、俺自身が街の人たちの……マッケンリーの信頼を得ているのかと言われると……分からん。
この街に来た当初に比べれば、街に出かけて声を掛けられる事も多くなったし、何より怪訝な視線を向けられることは無くなったように思う。
うん、そう考えるとちゃんと信頼を得られているのかもしれん。
少なくとも道具屋のアランさん一家やサリーネとは仲良くやっていけていると思うし。
「そういえばクラウス聞いたか?」
カウンターで昼間からエールをかっ食らっている髭面の鍛冶屋グラーフもすっかり常連になった一人。
ギルが最初にこの店に来たときになだれ込んできた連中の一人でもある。
妙に貫禄のある顔をしているのだが、聞けば俺と大差ない歳だったのには驚いたものだ。
老け顔ってのはこういうことを言うんだなぁとしみじみと実感する。
ちなみに俺はまだ若い。
若いったら若い!
「いえ、なんですか?」
「領主代行だよ領主代行。新しい領主代行がここに来るって話だ」
「初耳ですね」
カーネリアは国の西部に位置しているが、具体的にはリンドベルグ辺境伯領に属している。
凡そ50年前、現リンドベルグ辺境伯の父がカーネリア周辺を含むこの一帯を開拓し、その功績をもってリンドベルグ伯は辺境伯の爵位を得ると共にその土地を領地として拝領した、という話だった気がする。
となると、昔は辺境伯もカーネリアを居城としていた可能性があるのか……?
いや、今はそれはいいか。
カーネリアはリンドベルグ辺境伯の直轄地なので臣下による統治局が設置されているはずだが、そのトップが変わる、といったところだろうか。
「まぁ俺も今日知ったんだが、なんでもリンドベルグ辺境伯の放蕩息子が帰ってきたからとかなんとか」
「へぇ……それは……なんとも」
「まぁそういう反応になるわなぁ。あんまでけぇ声じゃ言えねぇけど、心配してる奴も多いぜ」
カウンターから乗り出してこちらに耳打ちをするグラーフ。
グラーフの心配も当然のことだよな。
プラチナ級の冒険者の息子だからといって同じプラチナ級になれるとは限らないし、例えその素養があろうとも、冒険者としての経験が無い者がいきなり上級の依頼をこなせるわけもない。
いくら領主の息子とはいえ、放蕩していた人物がいきなり街を統治するとなると不安しか無い。
細かい政治の事は良く分からんが、商売しづらくならなければいいのだがなぁ。
「まぁ細かい事には俺にはわかりませんよ。はい、香草焼きとパンね」
「おっ、きたきた。この香草焼きがまたエールと合うんだわ」
既に木製のジョッキの半分くらいを飲み干しているグラーフが早速香草焼きを切り分けていく。
切りながら食べるの面倒くさいんだろうな、一気に細かくしていくあたり大雑把な性格がよく出ている。
香草焼きを口に含みそれを流し込む様にエールで追いかけると、ブハァと盛大に息を吐き出すグラーフ。
「ま、実際来てみねぇとなんとも言えないんだけどさ、どうせ色々と掻き回す事になるんなら、ならこのクソみたいなパンも一緒にどうにかしてくれねぇもんかねぇ」
そう言うと、下手したら……いや、恐らくは俺の焼いた香草焼きよりも硬いであろうその黒パンにグサリとフォークを突き立てる。
実際のところ、カーネリアの不文律たるパンの販売に関しては、これまでの歴史もあり中々手を付けがたいところなんだろうとは思う。
新しく来る領主代行とやらが、そういった古い物を一新してくれるような人物であることを願うばかりだ。
「ところでクラウス、例の件、考えてくれたか?」
「グラーフさんのところをギルに紹介するって話ですか?」
「そうそう、それそれ。豪腕のギルガルト御用達、なんて看板掲げられたら客も一気に増えるってもんだ」
「前にも言いましたけど、ギルにそういうの期待しない方がいいですよ」
街の人たちには、ギルとは昔付き合いがあった、ということだけは教えている。
実際走る子馬亭から出てくるところを見られているのだから、下手に取り繕うと根掘り葉掘り調べられて俺の素性まで暴露されてしまうことになりかねない。
なので、事実の一部だけを伝える事にした。
そこから銀翼の隼まで繋がる可能性も無いとは言わないが、冒険者ギルドでの反応の通り、俺が銀翼の隼に所属していたということは素直に信じられる事ではないのだろう。
「それよりも、仕事戻らなくていいんですか?」
時間的にはそろそろ昼の営業を終わらせようかというところ。
グラーフ以外の客はとうの昔に帰っている。
勿論午後の仕事のためだ。
「今は仕事すくねぇからいいんだよ」
そうぶっきらぼうに答えると、残ったエールをグイッと一気に飲み干す。
ついでに香草焼きとパンをもしゃもしゃと胃に納めると、はぁと大きくため息をつく。
「親父の代にゃもっと冒険者からやれ修理だなんだと注文受けてたみたいだが、最近じゃめっきり減っちまったからなぁ」
走る子馬亭が機能不全になっていた事も原因の一つだろうというのはミルティアとの話で予想はしていたが、それにしても1年程度ではそれほど大きく変化することもないだろう。
そもそもの話として、フォートサイトが出来た事でカーネリアの重要度が低下していることが一番の原因なんだろうな。
王都からフォートサイトへの経由地としての重要性は勿論あるが、やはり最前線とは賑わいが違う。
斜陽……とまでは言わないが、ゆっくりと、しかし確実に寂れてきているのかもしれない。
とまぁ、そんな事を憂いていても仕方がないし、何より俺は自分の飯の時間が取れるのかに憂いている。
「率直に言いますけど、そろそろ昼の営業終わらせるんで帰ってもらえると助かります」
「なんだよつれねぇなぁクラウス。まぁいい。今日はクロンちゃんも居ないし、男の顔だけ見ててもつまらんしな」
「マリーもいるんだが?」
「ハハハッ、冗談言うなよクラウス。俺は馬に蹴られたくは無いぞ」
「どういう意味だ?」
「分かんねぇなら気にするな。仕方ねぇから帰るか」
ここ最近、マリーに関してはなんかこんな感じの会話が増えてきたような気がする。
まぁ、俺が来た頃に比べれば格段に活発になったし、クロンの明るさに引っ張られてか随分と明るくなったように思える。
勿論、それが上辺だけの空元気の可能性だってあるが、それでも空元気すら無かった頃に比べれば雲泥の差だ。
これだけでも、マリーと共に走る子馬亭を立て直そうと思った甲斐があるというものだ。
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