第48話 連れ、お偉方、違和感

 昼の営業最後の客のグラーフが帰ったことで漸く落ち着いた。

 これから一旦店を閉めてから食事を取って夜の準備に入るわけだが、そのために店の入り口へとあるき出したところで、カランとドアベルが鳴る。

 

「クラウス、少しいいか?」


 入り口から顔を出したのはマッケンリーだ。

 正直に言えば自分達も休憩を取りたいところだし、マッケンリーだしで一旦出直してもらおうと思ったのだが、そのマッケンリーの後ろから見慣れぬ男が入ってきた事で考えを改めた。


「俺たちも休憩に入るところだったんだが……俺たちが飯を食いながらで良ければ」

「すまないな。こちらへどうぞ」

「うむ、手間を掛ける」


 マッケンリーに続いて店内に入ってきた男。

 年齢的には俺と同じくらい……といったところか。

 マッケンリーよりも年下なのは間違いないだろう。

 見慣れぬ男だが、マッケンリーの対応を見るに……中々の大物らしい。

 着ている服も派手さは無いがしっかりとした作り。

 単なる綿や毛糸などで出来た服ではなさそうだ。

 あれは金がかかっていそうだな。

 

 マッケンリーに連れられて店の奥のテーブルへと進む男。

 途中、俺とすれ違う際にその男と視線が合うと、男の口元が少し緩んだ事に気づく。

 

 ……なんだ?

 

 すれ違う男を追いかけるように視線を巡らせる。

 どこかで見たことあるような気がするんだが、パッと思い出せない。

 こう、喉に魚の骨でも刺さっているかのような、むず痒い感覚。

 うーん、なんだったかなぁ。

 

 ひとまずこれ以上客を入れたくないので入り口のプレートは準備中に変え、厨房のマリーの元へと向かう。

 

「マッケンリー達のことは気にしなくていいから、俺たちも昼食にしよう」

「分かりました。それにしてもどなたなんでしょうか」

「マリーも見たこと無いか」

「はい。見たところかなり高貴な方のように見えますけど」

「俺もどっかで見たことあるような気がするんだが……そんなお貴族様の知り合いとか居ないしなぁ」


 二人してうーん、と唸り声を上げ始めるのだが、それを咎めるように、ゴホン、とわざとらしい咳払いが聞こえてくる。

 あまり詮索して欲しくない、ということか。

 休憩時間ギリギリに来たのは人払いも兼ねて、ということなのかもしれない。

 それなら商業ギルドの本部とかでやってほしいもんだが。

 注文を取りにテーブルまで赴くと、例の男はじっとこちらを見てくる。

 なんというか、視線が温い。

 ここに来た頃のように冷たくもなく、冒険者ギルドで素性がバレた時の様な熱も感じない。

 正直、居心地が悪くなるような視線だ。

 

「注文だが、エルトワールケーキ、シチューとパンをそれぞれ二人分、それと香草焼きと豆のスープを一人分頼む」

「随分食べますね」

「こちらの御方は中々の健啖家でいらっしゃるのでな」

「さようで。それではお待ち下さい」


 注文を取りそそくさとテーブルから離れる。

 注文を取りつつ何気なく男を観察してみたが、かなりゆったりとした服を来ていた関係で体の輪郭を確認することは出来なかった。

 それでもわずかに見えた首元や手首周辺を見るに、かなりの猛者であろうことが見て取れた。


 ……いや待て、カーネリアの男共は皆何故か筋骨隆々だった。

 現に同じテーブルに座るマッケンリーもギルに負けない程の肉体を持っているのだ、この彼もその手の類である可能性は十分にある。

 

 まぁ、下手に詮索しないのが吉ということなんだから、気にしない事にしよう。

 

「どうですか、この街は」

「悪くない。が、問題も多いように見える」

「いやはや、耳の痛い話で」

「特に税収。ここ数年の帳簿を確認したが、売上税と通行税の減少に歯止めがきかんようだな」

「冒険者に頼りすぎていたツケが回ってきたのでしょう。冒険者に頼らない方法も考えてはいますが、障害は大きい」

「やるべきことは多い、か」

「我々商業ギルドも微力ながら助力させて頂きます」

「フッ、本音は?」

「我々としてももっと儲けたいのですよ」

「ハハッ、素直でいい。若くして商業ギルドのトップに立った男の力、頼りにしているぞ」


 別段変な話をしているわけではないので、厨房にいる俺のところまで聞こえてくるのはまぁ別に構わないんだろうが、人払いも兼ねているのであればもう少し音量を下げて欲しい。

 まぁ触らぬなんとやら、会話の内容には触れないでおこう。

 会話が途切れたタイミングを見計らって、何食わぬ顔でトレイにいくつかの皿を載せてテーブルまで運ぶ。

 

「ひとまず、シチューとパン、それに豆のスープです。エルトワールケーキと香草焼きは焼き上がり次第お持します」

「ほう、これが話に聞く」


 何を指して話に聞くと言っているのか……視線を見る限りはパン、かな。

 自画自賛になってしまうが、俺の作るパンは大分評判がいい。

 流石にパン目当てでくる客は居ないようだが、走る子馬亭に来たらシチューとパンを頼む、というのが定番になっているという話を耳にするくらいだ。

 食べた感想も気になるところではあるのだが、残りの料理も作らないとならないし、俺とマリーの昼食も作らないとなのでそそくさと厨房に戻る。


「これは……想像以上に酷いな」


 なにぃ!?

 俺が厨房に戻ったとほぼ同時、そんな声が聞こえてくる。

 多少好みの差はあるとはいえ、酷いと言われるようなものを作っているつもりはない。

 慌てて店内を覗き込むと、彼が手にしていたのは俺のパンではなく、黒パンの方だった。

 ……ビビらせやがって!

 

「元冒険者の視点から見てもやはりそう思いますか」

「確かに、長期間に渡って補給を望めない場合はこういった固く焼き締めたパンを携帯することはあるが、それはあくまで保存食としてだ。店で食べる料理としてこれは無いだろう」


 へぇ……元冒険者なのか。

 顔を見た時にどこかで見たことがある気がしていたのも納得だ。

 同じ冒険者だったら、きっと何処かで会ったことがあるのだろう。

 

「クラウスさん、覗き見は良くないですよ」

「ん、お、おう、そうだな」


 厨房から店内を覗いていたら、少々お怒りのご様子のマリーから至極真っ当な指摘を受けてしまった。

 はい、その通りです。


「気になるなら直接聞いてきたらどうですか?はい、エルトワールケーキと香草焼きです」

「あ、はい、持っていきます」


 なんというか、強くなったなぁ。

 ……これが本来のマリーなのかもしれない。


 再びトレイに乗せて料理を運ぶと、彼は丁度シチューと黒パンを食べ終えたところのようで豆のスープに手を伸ばしていた。


「お味の方はいかがですか?」

「あぁ、懐かしい味だ」


 スープを一口した彼が懐かしむようにゆっくりと味わいながらそう呟く。

 豆のスープ自体はそう珍しいものでもなく、どこに行っても食べられるものだろう。

 味付けは多少変化があるだろうから、俺の味付けと彼にとっての思いでの味が似ていたのだろうな。

 

「喜んでいただけたのであれば幸です」


 そう言いつつ、自分でもぎこちないと思いながらもきちんとした形式にそって深く頭を下げると、頭上でクスリと小さく笑い声が漏れる。

 どうせマッケンリーだろう。

 普段こんなことしない俺だから、思わず笑ってしまうのも分からないでもない。


 が、本人が素性を明かしていないとはいえ、それはもう、俺たちとは住む世界が違う人物なんだということは、一挙手一投足を見れば一目瞭然。

 そんな相手に対して、きちんとした形式を取らないお礼とかできんだろうが。

 不格好だったことは自分でもわかっているが!


 あとで文句を言ってやろう。


 マッケンリーへの文句はともかく、今は出来上がった料理を運ぶのが先だ。

 折角ベストなタイミングで焼きあげても台無しになってしまう。

 特に香草焼きは冷めると肉が固くなってしまうからな。


「残りの料理ですが、こちらがエルトワールケーキ、こちらが鶏肉の香草焼きです」


 二人の前にエルトワールケーキ、そして彼の前に香草焼きを並べると、エルトワールケーキをしげしげと眺める彼。


「なかなか珍しい料理だな。材料は何を使っているんだ?」

「材料は主に小麦です。あとは……すみませんが、ご容赦願います」

「はは、料理人からレシピを聞き出そうとは思っていないよ。小麦が原料ということはパンになるのか?」

「いえ、パンではありません。ですので、パンである、と言われるとちょっと困った事になりかねませんので、そうは言わないで頂けると助かります」


 実際、パンかパンでないかという話になると非常にめんどくさい料理ではある。

 小麦を使った生地を焼き上げているので、パンだと言われるとパンだ。

 だが、パン種を使っていないため全く膨らまないので、パンでは無いと言えばパンではない。

 

 パン屋連中が文句を言ってきてもその辺は口先でどうとでもなると思っているが、それはあくまでパン屋の話。

 明らかにお偉方の出で立ちのこの男に、これはパンだと言われてしまうと流石になにもできなくなってしまう。

 

 頭を下げながらそうお願いすると、男は小さく苦笑する。


「なんとも難儀な街だな」

「文句は同席してる彼に言ってください」

「だそうだぞ?」


 俺の返答を聞くや、楽しそうにマッケンリーへと話を振る男。

 対するマッケンリーはもはや男の事など見向きすらせず、いそいそとエルトワールケーキにナイフを入れていた。

 

「それは私の役目ではありませんし、何より折角の料理が冷めますので」

「確かに、それは一大事だ」


 おどけた様に肩をすくませると、同じようにエルトワールケーキへとナイフを入れ、一口。


「おぉ、これはなかなか」


 続けざまにパクパクと口に運ぶ男。

 反応はかなり良いな。

 お偉方のお気に入り、なんて肩書きがつけばもっと売れるかもしれん。

 と、ここまで考えて、先程グラーフに言ったことをそのまま自分に返さねばならないことに気付いたのでこれ以上は考えない事にする。


「私の知る限り、カーネリアにこの様な料理はありませんでした」


 あっという間にエルトワールケーキを完食したマッケンリーが満足げに呟く。


「うむ、私も初めてだ。ここに来てから思いついたのか」

「えぇ、ウチの店員がいい切っ掛けをくれましたよ」

「なるほど……スープやこの香草焼きも味が変わったものな」


 気づけば男はエルトワールケーキから香草焼きへとナイフを変えていたのだが……なんだこの違和感。

 なんかこう……決定的なズレがあるように感じるのだが……んん?

 

 得も言われぬ違和感に首をかしげていると、唐突に店の入り口のドアがバン!と盛大に開け放たれた。

 

「ここのマスターは居るか!話がある!」

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