第46話 仕入れ、棲み分け、兆し

 5人でテーブルを囲いながら、マリーとカズハの淹れてくれた茶をすする。

 うむ、マリーの茶はいつもながら美味い。

 そういえば飲料系は酒と水しか出してなかったなぁ。

 茶もメニューに加えるべきかもしれない。

 そんなことを思いつつ皆で一息つけた頃、ところで、と前置きをしたアランさんが口を開く。


「道具の仕入先は本当にウチで良かったんですか?それも売値とあまり差が無い値段で」

「折角の縁ですし。それにアランさんの所はかなり良心的な値段だと思いますから」


 カーネリアにはアランさんのところ以外にも道具屋はいくつかあり、勿論そちらも事前に確認している。

 良心的な値段、といったのは単なるお世辞でも無く、実際アランさんはかなり抑えた値段で販売している。

 安すぎる、というほどではない絶妙なラインを攻めているのは流石といったところか。

 アランさんは言外に、違う仕入先……もっと言えば、商業ギルドを経由すれば安く仕入れられるのに、と言っているのだろう。

 

 アランさんがどこから仕入れているのかはわからないが、仮に商業ギルドから仕入れているとすれば、製造元から商業ギルド、アランさんの道具屋を経てウチに来ることになるので、間に2つ挟むことになる。

 間に入った2つもそれぞれ利益を出すために仕入れ値に上乗せした値段で売るのだから、出来る限り間に挟む数は少ないほうがいい。


 ただ儲けるためならば。


 先日の冒険者ギルドで気づいた事だが、走る子馬亭は街の潤滑油の様な存在となっている。

 冒険者向けの商売をすることで冒険者を呼び込む事になるのだが、それはつまり、街の外から金が入ってくるということに繋がる。

 そして重要なのは、そうして得た外からの金を街の中に回すことだ。

 恐らくマッケンリーが走る子馬亭に期待しているのはこれだろうと思う。

 ならば、商業ギルドに金を回すだけでなく、他の所にも回すべきなのではないか……というのは単なる理屈。

 

 正直に言えば、アランさんに言った事が全てとも言える。

 折角こうして親密な仲になれたのだ。

 ならば知り合いから仕入れたいと思うのは至って普通の考えじゃないかな。

 正面切って言うのは恥ずかしいから言わないが。

 

 まぁそのために店の経営が悪化するようでは本末転倒なんだが、その辺はキチンと考えてある。

 

「こちらとしては助かりますけど……口を挟むようであれですが、本当に大丈夫ですか?特に特定のモンスターにしか効果が無いような道具が多いですし」


 アランさんもその辺を気にしてくれているようだな。

 確かに、商品単体で見れば どんな時でも使うような物、包帯だったり松明だったり、そういった冒険の必需品のようには売れない。

 他に使い道が無いからな。

 

 だが、アランさんの様な純粋な道具屋に無くて、走る子馬亭にあるもの。

 それは冒険者への依頼の受注、そして飯だ。

 

 一見すると売れ筋ではない道具でも売れる時……逆を言えば、冒険者が買おうと思う時がある。


 それは依頼を受けた直後だ。

 勿論事前にしっかりと準備を整えた上で依頼を受ける冒険者もいるだろうが、大抵は依頼を受けた後に準備する事になるだろう。

 その時、その依頼にピッタリの道具が眼の前で売っていたら?

 

 更には、常備しておきたい物……例えば下級ポーションや、フレアモスの鱗粉を小さな木の棒の先端に固めた着火剤であるイフリートの指先などは完全に無くなった時ではなく、無くなりそうだ、と思いついた時に買う事も多い。

 そういった品は食事に来たついでに買っていく事もあるだろう。

 

 つまり……

 

「うちは冒険者の酒場ですからね。売れる物も多分、アランさんの所とは違ってくるんだと思います」

「なるほど。ウチとは棲み分けをしよう、という話ですか」


 流石アランさん、1を聞いて10を知る人だな。

 もう一つ言えば、総じてそういったついでに買う時というのはある程度は高くても買っていくもの。

 そこでしっかりと利益を出そう、と考えている。

 

「……どういうことっすか?」


 茶をすすりながら全く理解していない様子のクロンが首をかしげている。

 

 おいおい、昨日説明しただろうが……。

 

 まぁこの辺りの話は冒険者には必要ない話ではある。

 かく言う俺も、ある程度は冒険者時代の実体験もあるが、概ね親父の受け売りだし。

 実家……正確には親父に嫌になって家を飛び出したんだが、こうして親父の教えが生きてくるのは何とも皮肉なもんだなぁ。

 

「えっと、つまりは……仲良くしましょうって事ですか?」

「概ねそれで正解だな」


 おずおず、と言った様子でこちらを覗き込みながらカズハが口を開く。

 詳細まで理解しているのかはわからないが、重要な部分をしっかりと把握しているのは流石アランさんの娘だな。

 

「さて、休憩はこの辺りにして、残りを片付けちまおうか」


 残った茶を一気に飲み干して席を立つと、他の面々の続いて席を立つ。


「アランさん達はもう大丈夫ですよ。後はこちらでやりますから」

「いえいえ、納品した品の確認もありますし」


 本来ならば品物を持ってきた段階でアランさん達の仕事は完了しているのだが、折角なので手伝ってもらう事にしようか。

 正直助かるし。

 

「食器を片付けたら私もそちらを手伝いますね」

「私も手伝います」


 マリーとカズハが厨房へと戻り、俺たち3人は中途半端に開封されている木箱へと向かっていった。

 



「こうして物が入ると様になるなぁ」


 走る子馬亭の奥、そこに並べられた大きな棚。

 今朝までは何も無く埃を被っていたそれが、今では綺麗に磨かれ多数の道具が満載されている。

 そんな棚を眺めながら、ポツリと呟くと、それに同意するようにマリーが頷く。

 

「少しづつですけど、戻ってきたって感じがします」


 マリーにとってはあのガラガラになってしまった棚は自分の力不足の象徴のようなものだ。

 それがこうして元に戻る事に、思う所があるのだろう。

 

「へぇ~。じゃぁこれは何に使うんすか?」

「えっと……これは壁や地面に叩きつけるとすごい大きな音が鳴るんです。音に敏感なモンスターとかに使うみたいですよ」

「おぉ~なるほどぉ~。カズハさんは詳しいっすねぇ」

「道具屋の娘ですから」


 クロンは棚の前でカズハに色々と質問しているようだ。

 カズハ本人もそう言っていたが、道具屋の娘というだけあり道具についてはかなり詳しい。

 冒険者の中にはこういった道具を軽視する者もいるが、効果的に使う事で戦闘の安全性は格段に上がる。

 まぁ勿論、道具に頼り切ってはならないが、使えるものは使うに越したことはない。

 若いうちからこうした道具に触れておく事は冒険者としても重要な事だ。

 クロンにとって、カズハは本当に良い出会いだったと思う。

 

「クラウスさん、納品する予定だった品、全て揃っています。破損しているものもありませんでした。こちらが目録になりますので、後でご自身でも確認しておいてください」

「ありがとうございます。代金は商業ギルドの口座の方に」

「分かりました。後で確認しておきます」


 アランさんから目録を受け取り、一息。

 これで一段落ついたな。

 

 酒場としての走る子馬亭は上手く軌道に乗ったといえる。

 冒険者向けの依頼についても冒険者ギルドとは話がついたし、明日からは道具の販売も開始できる。

 後は宿だけなんだが……まぁこれはまだ先かな。

 道具の販売を開始したことでまた人手が足りなくなりそうだし、冒険者向けの依頼と違い宿ならば他にも店はある。

 急ぐ必要も無いだろう。

 勿論、近いウチには開始したいと考えてはいるが。

 

「それでは私達はこの辺で。カズハ、帰るよ」

「はーい。それじゃクロンさん、またね」

「はいっす。またっす」


 手を振り合う二人の間には、雪解けの祭りの時のようなぎこちなさは既に無い。

 店の入り口から二人が出ていくと、手を振っていたクロンが名残惜しそうに耳を垂らす。

 

「すっかり仲良しね」

「カズハさんと話してるのは楽しいっすよー」


 一見すると、元気が具現化したかのようなクロンと穏やかの象徴のようなカズハはチグハグに見えるのだが、逆にそのチグハグさが良いのかもしれないな。

 

「さて、ひとまず道具の整理はこれくらいにして、夜の準備だな」

「はい。明日からはもっと忙しくなりますね」

「ボクも頑張るっすよ!」


 徐々に元の姿を取り戻しつつある走る子馬亭。

 夜の営業に向けて、その中を3人が動き出していく。

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