第45話 棚、納品、ポーション

 ギルガルト騒動から数日。

 漸く店の営業も落ち着いてきた。

 

 あれから暫くはギルに会えるんじゃないか、なんて期待を持っていたであろう客が多数押し寄せる事になり、ありがたいやら困るわの事態だった。

 特にその日の夜、薬草採取から帰ってきたクロンにはそれから2日くらいずっと「狡いっす!!」と文句を言われていた。

 

 そんな事言われても仕方ないだろう……。

 文句があるならギルに言ってくれ。

 

 因みに俺の素性については今のところバレている様子は無い。

 冒険者ギルドに居た面々には公言しないよう強くお願いをしておいた甲斐があったということだな。

 

 そういえば、銀翼の隼の解散については話を聞かない。

 ギルが走る子馬亭に来た、という話よりもよっぽど衝撃的な話題だと思うのだが、意外だ。

 もしかしたら冒険者ギルド側が箝口令を敷いているのかもしれないな。

 俺が抜けたところで現役最強のパーティーである事には変わりない銀翼の隼の解散は、冒険者だけに留まらず多方面に影響があるだろうからなぁ。


 その冒険者ギルドだが、あの後依頼の委託についてしっかりと話をし、中級ランクまでの依頼を受託することで話がついた。

 更に、初級ランクの依頼であればうちで独自に受け付けても良い、という許可ももらうという破格の対応を得た。

 俺が一応はミスリル級の冒険者だったということが大きいのだろう。

 流石に中級以上は冒険者ギルドを通す事になったが、それでも初級の依頼を直接得られるようになったのは大きい。

 なにせ受け取れる報酬の額が委託と比べると5倍も違うのだからな。

 その分忙しさも増すだろうから、クロンの他にもう一人くらい人員が欲しいところだ。

 

 そんなこんなで色々あった数日だが、昼の営業が終わった午後の一時、俺たちはせっせと掃除に勤しんでいた。

 

「クラウスさん、こっち終わりました」

「こっちも終わったっす!」

「俺の方ももう少しだ」


 3人で掃除しているのは店の奥に存在する棚の数々。

 冒険者向けの物品を陳列していたものだ。

 依頼を掲示できるようになったことで、これからは冒険者の客も増えてくるだろうと見越して物品販売も再開することにした。

 

「それにしてもこの洗剤凄いっすねぇ」

「本当に凄いよね。街でも売ってくれないかなぁ」


 二人が手にしているのは、店の営業再開前に作ったアシッドスライム製の洗剤。

 大分量が減ったので棚の掃除に足りるか心配だったが、なんとか足りたようだな。

 まだまだ先になるが、二階の掃除をする際にはまた作り直さないとならないか。

 

「装備品についた血糊なんかを落とすのにも使えるからな。作り方を知っておくと便利だぞ」

「これ、ウチで売れないっすかね?」

「うーん、どうだろうな」


 これそのものの需要はあるとは思うが、如何せん材料を集めるのが面倒くさい。

 アシッドスライムの体液さえあれば作れるが、売り物にするのならある程度量が必要だから体液を集めるのも一日がかりとかになりそうだしなぁ。

 かといって冒険者に採取を依頼すればその分だけ原材料費が掛かるから売値も高くせざるを得ない。

 たかだか洗剤にそこまで金を払う客がいるのかどうか……。

 

「売りに出せば必ず売れると思いますよ?」


 あまり乗り気ではない俺の様子にマリーが不思議そうに聞いてくる。

 前回使った時もマリーは随分と感動していた様子だから言い分もわからないでもないんだがなぁ。

 

「材料を冒険者にとってきてもらうとなると売値がかなり高くなるだろうからなぁ。洗剤程度にそこまで金を掛ける人も居ないだろう」

「むっ!甘いですよクラウスさん!世の中で一体どれだけの人が汚れで悩んでいるか!」

「いや……そうなのか?」

「そうです!それに、これだけよく落ちる洗剤なら、使用用途は普段掃除しないような場所の掃除になると思いますから、多少高くても売れますって」


 グイグイ押してくるマリーに思わず仰け反ってしまう。

 正直、俺個人としてはそんなに身の回りを綺麗にしていた事など無いので、その苦労については良く分からん。

 まぁ別段手間というわけでもないし、店に出しておくのも悪くはない。

 どちらにせよ今のところ棚はガラガラだしな。

 

 そんなマリーの圧力に仰け反っている俺をクロンがケタケタと笑っていると、カランとドアベルの音が響く。

 

「クラウスさん居ますか?」

「アランさん。丁度いいタイミングです」

「クローンさん!」

「カズハさんも来たんすね!」


 まだ準備中のプレートが掛かっているはずの入り口を開けたのはアランさん。

 そのアランさんの脇からひょこっと顔だけ覗かせるカズハにクロンも声を上げた。

 今日は冒険者向けの物品販売の準備……ということで、道具屋であるアランさんから品物を持ってきてもらう予定だったのだ。


「外に荷車があるんで、手伝ってもらえますか?」

「了解です。クロンも手伝ってくれ。マリーはお茶の準備を頼む」

「分かりました」

「やるっすよー!」

「あ、マリーさん、私手伝います」

「ありがとうカズハちゃん」


 ということで二手に分かれての作業。

 店の前にはそこそこ大きな荷車が留めてあり、更には多数の木箱がその上に積み重なっている。

 うーん、ちょっと買いすぎた気がしなくもないが……初期投資と割り切る事にしよう。

 

「えっと、下の方に割れ物が入ってますから、気をつけてくださいね」

「了解。とりあえず全部店の中に運んじゃいましょう」

「肉体労働なら任せるっす!」


 クロンは女性とはいえ現役の冒険者で身体能力に優れた獣人のハーフ。

 ということでスイスイと木箱を運んでいく。

 俺もギル程の肉体派ではなかったが元冒険者、この程度の運搬なら何も問題はない。

 驚いたのはアランさんだ。

 見た感じそこまで筋骨隆々というわけではないのだが、重い瓶の入った木箱も易易と運んでいく。

 なんというか、この街の男というのはこう、野性味に溢れた男が多いんだなぁ……。

 ぶどう酒を作っていたウィルソンはそうでもなかったように思うんだが……あ、彼は半年前に来たばかりだったか。


 そんなこんなであっという間に木箱を全て店の中に運び込み、木箱の中身を確認する。


「クラウスさん、これなんすか?」


 箱を開けているクロンが一つの布袋を持ち上げてこちらに見せてくる。

 

「ん?あーそれは獣系モンスター避けの匂い袋だな。温めると凄い匂いがするから気をつけろよ」

「うえっ!?危うくスリスリするところだったっす」


 中には強烈な匂いを発する荒めの粉末が入っているはず。

 粉が外に漏れ出さないようにキメの細かい布を使っているはずだから、確かにさわり心地はいいだろうな。

 

 が、頼むから店の中でそれはやめてくれ。

 

 クロンの開けた箱はそういった特定のモンスターに強い効果のある消耗品類のようだ。

 一緒に入ってるのは……昆虫系によく効く毒液に、スライム用の乾燥剤、熱探知モンスター対策の断熱軟膏もあるな。

 流石アランさん、こちらの要望通りこの手の道具を多く集めてくれたようだ。

 

「どうです?一通り要望のあったものは入っているかと思いますけど」

「えぇ、大丈夫です。流石ですね」

「いえいえ。それより、下級ポーションは要望に入ってませんでしたけど、本当に良かったんですか?」


 基本的な回復薬として重宝される下級ポーション。

 小さな切り傷などであれば傷口にかけるだけでまたたく間に治してくれる代物。

 大きな怪我になれば下級ポーションでは回復しきれないのだが、その分材料も集めやすく値段は控えめ。

 家庭でももしもの時の傷薬として使う事があるほどに一般的で、それ故に売れ筋商品でもある。

 おそらくアランさんの所でも数が出ているのはこの下級ポーションではないかと予想する。

 それ故に、アランさんの懸念もよく分かるところ。

 

 が、そこは大丈夫、しっかり考えがあるのだよ。


「はい、下級ポーションは自作しようかと思いまして」

「自作!?クラウスさんは調合の知識があるんですか」

「下級ポーションといくつかの解毒薬だけですけどね」


 勿論本職の薬師程ではないが、ある程度の知識はある。

 駆け出し時代、ホントいろんなことやった経験が今に活きているなぁ。

 

「皆さん、お茶が入りましたから少し休憩しましょう」


 丁度良いタイミングでマリーが声を掛けてくれる。

 品物の運び入れ自体は思ったよりも早く終わったのだが、本当に大変なのはこの後。

 木箱から取り出し棚に陳列しなければならない。

 そういう意味でも、一通りの木箱を開封し中身を確認したタイミングは一旦休憩を挟むには良い頃合いだな。


「マリー、ありがとう。クロン、休憩しよう。アランさん達もどうですか?」

「分かったっす」

「それではご相伴に預かりましょう」

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