第44話 定番料理、変化、隠し事

 マリーがシチューを、俺が豆のスープと鶏肉の香草焼きの仕込みをしつつ、準備しておいたパン生地をオーブンに突っ込む。

 程なくすればパンの焼ける香ばしい香りが店内に広がってくる。


「いい匂いだ。やべぇ、涎出てきたわ」


 カウンターから厨房をジッと見つめるギルからそんな声が聞こえてくる。

 そこまで期待してもらっているとなればありがたいことだ。

 しっかりと期待に応えさせてもらおう。

 

 

 仕込み完了。

 そして、同時にギルへの昼食も完成だ。

 

 ギルの座るカウンターには3つの皿。

 鶏肉の香草焼き、豆のスープ、そしていつものパン。

 黒パンのおまけで出している子供の拳程度の大きさではなくちゃんとした大きさだ。

 これらを見るなり、ベロリと長い舌で舌なめずりをするギル。

 

「おうおう、分かってるじゃねぇかクラウス。これだよこれ。これが食いたかったんだよ。てめぇがパーティー抜けてからはもう飯が不味くて堪らんかったからな!」

「だと思ったよ」


 やはりか……。

 ギルは元よりリカルドも料理をするタイプではなかったし、ヴィオラが料理をしている姿なんて想像すらできん。

 唯一可能性がありそうなのはアリアだが……あいつ弓の扱いはずば抜けてるのにその他の事が不器用すぎる。

 包丁なんぞ持たせたら自分の指を料理してしまいそうだ。

 

 ということで、作ったこの3品。

 何を隠そう、この3品は俺が冒険者時代によく作っていたものだ。

 

 が、今までと同じだと思うなよ?

 

 待ってましたとばかりに早速パンにかじりつくギル。

 

「かーっ!やっぱうめぇ!この歯にくっつきそうな変な噛みごたえがたまんねぇ」

「おいおい、もう少し違う言い方があろうだろうが」

「うっせぇ、うめぇって言ってんだから良いだろうが」


 まぁ元々語彙力のある男ではなかったしな。

 美味いと言うのであればそれで十分。

 続いて豆のスープに手を伸ばす。

 俺のパンはカーネリアの黒パンに比べれば格段に食べやすいと自負しているが、パンを食ったら汁物が欲しくなるのはわかる。

 ぶんぶんと極太の尻尾を盛大に振り回しながらスープを一口すると、一瞬怪訝な顔をするギル。

 なんだ、何か変だったか?

 

「どうした?」

「あー、いや、確かにうめぇんだが、なんかこれじゃねぇって気が……いや、多分気の所為だな。暫く食ってなかったから忘れてただけだろう」


 そう言うと続けざまに香草焼きに手をのばすギル。

 ナイフで切るなんて事はせず、肉の塊にフォークをぶっ刺すとそのまま丸ごとかぶりついた。

 

「………うめぇ」


 ポツリとそう呟くと、そのまま香草焼きに食らいつく。

 俺とマリーの視線などお構いなしに、まるで飢えた獣の様に肉を引きちぎりながらあっという間に喰らい尽くした。

 

「どうだ、驚いただろう」


 空になった皿に視線を向けているギルに、ニヤニヤと笑って見せる。

 自分のしていたことに気づいたのか慌てて視線を戻し、コホンと一つ咳払い。

 

「あぁ、正直驚いたわ。肉も柔けぇし、なんかいい匂いするしよ」

「ここでは新鮮な肉が手に入るからな。あの頃みたいに堅焼きにする必要もないし、香草もアホほど使わなくても十分美味い」


 営業再開前にマリーに指摘されて初めて気づいたのだが、香草は適量が大事ということ。

 少なければ香りはしないし、多ければ強すぎる香りがかえって食欲をなくす事になりかねない。

 冒険者時代には少々悪くなりかけた肉の匂いを誤魔化すために大量の香草を使っていたから、ギルの基準はそれだったのだろう。

 本来の香草は、こうやっていい匂いをつけるための物……らしいからな。

 

「……自分で考えたのか?」

「俺一人で考えたわけじゃないが、俺もまだまだ成長してるって事だよ」

「……そうか」


 そう一言だけ口にすると、瞬く間にパンとスープを平らげてしまう。

 そんなに美味かったか。

 うん、ここに来てからちゃんと料理の研究をしていて良かったな。

 

 皿を空にしてから暫く無言のままだったギルだが、唐突に、よし、と口に出すとそのまま席を立つ。

 

「クラウス、てめぇの事は諦めるわ」

「急に物わかりが良いな」


 正直、暫くは付きまとわれると思っていた。

 自分がこうと決めた事に対しては曲げない所のあるやつだったから予想外だ。

 

「てめぇはもう酒場のマスターなんだってわかったからよ。なぁ嬢ちゃん?」

「はい、クラウスさんは走る子馬亭のマスターです」

「???」


 いや、そりゃそうだろ。

 冒険者は引退してここのマスターとして働いているのがわからなかったわけじゃないだろうに。

 それともなんだ、マスターらしくなかったということか?

 ……まぁギルの考えは良くわからんが、どちらにせよ納得したようなのは幸いだ。

 

 立ち上がったギルはそのまま荷物を担ぎ直し店の外へと歩き出す。

 そのまま店から出るのかと思いきや、入り口の前でこちらへと振り返った。

 

「あぁそうそう、言い忘れてた。銀翼の隼が解散した理由な。リカルドの野郎が家業を継ぐとかなんとかでパーティー抜けたからだ」

「リカルドが!?一番抜けそうに無いやつが抜けたな」


 銀翼の隼に入ったのはリカルドが一番遅かったのだが、その反面冒険者という物に対する情熱は人一倍強かったと思っている。

 大きな怪我でもしない限り、ずっと現役を続けているだろうと思っていただけに驚きを隠せない。

 いや、もしかしたら、家業を継ぐ事を約束とした期間限定の冒険者だったからこそ、その時間を無駄にしないようにしていた……とか?

 うん、考え過ぎだな。

 

「てめぇが抜けただけでも正直しんどかったんだが、リカルドも抜けるってんじゃ流石に今まで通りにはいかねぇからな」

「そうか……他の二人は?」

「アリアは故郷に帰るとか言ってたな。ヴィオラは……わからん。あいつの考えてる事はさっぱりだ」

「ハハ……ヴィオラらしいな」

「俺はてめぇとまたペアでも組もうかと思ってたんだが……そうだなぁ、暫くここに滞在して考えて見るわ」

「ならたまには顔を出しに来い。酒の1杯くらいは奢ってやる」

「喉が灼けるようなキツイのを頼むぜ。それじゃぁな」

「おう、期待しとけ」


 店のドアを開けるギルに声を掛けると、肩越しに片手を上げるギル。

 暫くすると外がキャーキャー煩くなる。


 出待ちしてた連中か。

 あんまり付きまとうとギルもキレる……あ、キレたな。

 あれでも冒険者から羨望の眼差しを受ける存在なんだから、もう少し愛想良くしたほうがいいと思うんだがなぁ。

 まぁ、そこがギルらしいと言えばらしいんだけどな。

 

「ギルガルトさん、いい人でしたね」


 空の食器を片付けながら、マリーが思い出すように呟く。

 

「そうかぁ?」

「そうですよ。でなければ外にいる人達は今頃薬師のお世話になってます」

「あぁ~」


 確かに言われてみればそうかもしれんか。

 冒険者時代、騒動に巻き込まれる……というか騒動を起こす事は多かったが、理不尽な理由で喧嘩を吹っ掛ける事はなかったように思う。

 

 それに、あれで案外面倒見もいいんだよな。


 暫くこの街に滞在するという話だが、ギルなら新しくパーティーを組むという選択肢もありだと思う。

 冒険者ギルドとしても後進の育成にもなるし助かるんじゃないかなぁ。

 あぁでも、あまりに名前が売れすぎてるから上級相手でもない限りは気後れする人もいるかもしれんな。

 

 ん、そういえば……。

 

「なぁマリー」

「はい、なんですか?」

「冒険者ギルドで俺の素性がバレた時、マリーは驚いた様子がなかったんだが……俺のこと知っていたのか?」


 最初は銀翼の隼や千変万化のクラウス……自分で言うととんでもなく恥ずかしいな。

 まぁともかく、それを知らないが故に驚いて居なかったのかと思ったんだが、よくよく思い出せばあの時マリーは何故か誇らしげに胸を張っていたんだよな。

 ということは、少なくとも銀翼の隼の事くらいは知っていた可能性が高い。

 というか、冒険者の酒場の娘だからな。知らないほうが不自然か。

 多分クロンなんかが聞いたら飛び上がるくらいなんじゃないか、と自分でも思っているわけなんだが、マリーの反応はなんというか、自分だけ知っていた秘密が知れ渡った……ような、そんな印象がある。

 

「あっ、えっと……クラウスさんが凄い人なのは、分かってましたから」


 一瞬だけ、スッと視線を逸らしたマリー。

 ……うん、なんか隠してるな。

 もしかしたら、マッケンリーあたりから俺の素性について聞いていたのかもしれない。

 クロンを走る子馬亭に手配した時には既に俺が元冒険者だと言うことはマッケンリーに知られていたし、そこまで知られているのであれば素性まで探られていてもおかしくない。

 別に隠していたわけじゃないからいいんだが、裏でコッソリ聞いてました、というのでは流石にばつが悪いか。

 

「どうせマッケンリーあたりから聞いたんだろう?俺は別に気にしてないから大丈夫だぞ」

「いえ、そういうわけではないんですけど……」


 ん?なんだ、違うのか?

 まぁなんでも良いか。

 どこで何を聞かされたのかはわからんが、その程度で俺とマリーの仲が悪くなるわけでもなし。

 

「まぁとりあえず店を開ける――」

「おいマスター!今ここから剛腕のギルガルトが出てくるの見たんだが、あんた知り合いなのか!?」

「知り合いならウチを紹介してくれよ!王都に負けない装備品用意してあるってよ!」

「お前んとこの貧相な装備でミスリル級が満足するかよ!それより宿探してるならウチに来るように伝えてくれないか!サービスするからよ!」

「んだとてめぇ!お前んとこのボロ宿に泊まるとかあるわけ無いだろ!」

「なんだやるかぁ!?」


 まだ準備中の札が掛かっているはずなのに、バン!と扉を開けて雪崩込んでくるやいなや喧嘩を始める常連客。

 うん、勘弁して欲しい。

 思わず小さなため息をつきながらマリーを見ると、こちらを見ながら小さく頷く。

 流石マリー、言わずとも伝わるな。

 

「えぇい騒ぐな!質問あるなら応えますから!」


 強く声を張り上げると騒がしかった連中がシンと静かになる。

 

「その前に……」

 

 その面々に向けて、俺とマリーは満面の笑みを浮かべて見せる。


「注文を聞きましょうか」

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