第41話 委託料、依頼のランク、証明

「色々大変そうなのは理解した。準備が整い次第始めることにするよ」

「そうしてくれると助かるよ。細かい説明はその時にするかい?」

「いや、今で大丈夫だ」

「了解。それじゃまずは報酬について。基本的には依頼料の2割をギルドが取る事になってる。委託の場合はそこから2割を委託料としてそちらに配分するよ」


 ふむ、思ったより渋いな。

 先程のクロンが受けた依頼なら依頼料が大銅貨5枚。

 そこから2割を取るのでギルドの取り分は大銅貨1枚。更に2割となると……小銅貨2枚か。

 勿論これは最低の話で、難易度の高い依頼になればその分依頼料も上乗せされているからその分こちらの取り分も増えていくんだが、これでは子供の駄賃だ。

 

 これまでの話で一つ疑問に思っていたのが、他の店にでも委託を頼めばよかったんじゃないかという事。

 だが、確かにこの額ではやりたがる店はほとんど居ないだろう。

 以前の走る子馬亭のように、冒険者向けの商売を合わせなければとてもじゃないが割に合わないな。

 

「あー、安いなって思ったでしょ」

「う、む」


 いかん、顔に出ていたか。

 人間、図星を点かれると言葉が出ないもんだな。

 

「いーよいーよ、こっちもそう思ってるから。申し訳ないなぁとは思ってるんだけどさ、うちも結構ギリギリなんだよねこれで」


 駆け出しの頃には仲介するだけで2割も持っていかれるのには不満を感じて居たものだが、長く冒険者を続ければギルドの内情も何となく察する事ができてくる。

 依頼料の回収や駆け出しのサポートに後進の育成、場合によってはギルド負担でのモンスター討伐依頼なんかもあったし、金はいくらあっても足りないだろう。

 とはいえ、依頼料の相場を上げてしまえば依頼そのものが減る事になるし、かと言ってギルドの取り分を増やせば今度は冒険者が減る事になる。

 中々に際どいバランスの上に成り立っているんじゃないか、と思えば多少は目を瞑れる。

 

「いや、大丈夫だ。こちらとしては客寄せの意味もある。まぁ、冒険者向けの商売でもやってない限りはやろうとする店はほとんど無いだろうけどな」

「痛いところを突くねぇ。実際、走る子馬亭さん以外じゃ頼んでもやってくれないんだよね」


 冒険者ギルドからの委託業務をしつつ、冒険者向けの商売をするとなればその分人手も必要だし、店舗も大きくする必要が出てくる。

 この街では大きな酒場となるとうちか眠る穴熊亭しかいないし、その眠る穴熊亭は高級路線の店だしで、他にやろうとする店が無いのは当然と言えるか。

 そう考えると、走る子馬亭のはこの街にとって非常に重要な立ち位置に居た事になるか。

 まるで街を回すための潤滑油のような存在。

 商業ギルドが買い取ってでも継続させたがったわけだ。

 

「とまぁ報酬の話はこのくらいで、次は委託内容だけど……えーっと……」


 そう言うとカウンターの下をゴソゴソと探り出すミルティア。

 何をやっているのかと思えば、カウンターの下から顔を出したときには数枚の紙を手に持っていた。

 

「まぁこの辺かな」


 そういって差し出すのはクエストボードに貼られていたのと同じ形式の書面。

 冒険者向けの依頼書だ。

 渡されたそれらを受け取ると、マリーが興味深そうに横から覗き込んでくる。

 先代の頃には委託をしていたはずだからマリーも見たことがあるのだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。

 酒場の業務と委託とでは切り離していたのかもしれない。

 マリーの様子はともかく、内容を確認。

 

 えーっと……ヒラヒラ草とモクロの根、これはクロンが受けたのと一緒だな。

 後は……街の水路の掃除。平原にいるアシッドスライムの駆除。畑の作物の収穫手伝い。薬草の選別手伝い。

 

 どれもカーネリアからほとんど離れずに実行出来る上に危険度が低い。

 アシッドスライムの駆除が唯一ブロンズ級以上となっているが、他はカッパー級から受けられるようだ。

 早い話、初級ランク向けの依頼だ。

 どんな依頼でも必要だから依頼されているのでありそこに貴賤はない、とは俺の師匠の言葉だが、店としてはこれはちょっと困る。


 金に汚い話になるが、初級ランク向けの依頼はその難易度の低さ故に依頼料も当然安い。

 仲介する側としては同じ手間ならば依頼料の高い中級や上級向けの割の良い依頼を受けたいものだ。

 それに初級ランクはハッキリ言って金を持っていない。

 俺も経験があるだけに、駆け出しの冒険者がどれだけ金欠なのかを身をもって知っている。

 そんな駆け出しの冒険者が店で金を落としてくれるかと言われると疑問だ。


 金にガメつくなる必要はないが、やるならそれなりに利益が出なければ店がやっていけないからなぁ。

 

「納得してない感じだねぇ」

「まぁ、な。流石にこれだけなのは厳しい。もう少し上の依頼は無いのか?」

「んー、別に無いわけじゃないよ。ただ最初はこのくらいしか渡せないな」

「どうしてですか?」


 やはり冒険者関連の部分については詳しく無いらしいマリーが問いかける。


「難易度が高くなればそれだけ危険度も高くなる。そうなれば、この依頼を受けさせるに値する冒険者なのか否かを見極める必要があるからね。ギルドとしても依頼は可能な限り達成して貰わないと困るし、下手をすれば依頼を受けた冒険者が死ぬって事にもなりかねない」


 先のアシッドスライム駆除の依頼のようにどの等級以上、といった受注制限は設けられているが、ランクは絶対的な指標ではない。

 結局のところは依頼を受けさせるか否かは冒険者ギルド側の判断ということなんだろう。


「冒険者の実力を見極めるだけの経験があるなら別なんだけどね」


 なるほど、そう考えると元冒険者がギルドの職員として働いているのも頷ける話だ。

 元冒険者であればそのあたりの判断はつくだろうからな。

 

 そういえば、マリーの両親も元は冒険者だったという話だったか。

 ならば、元冒険者の俺ならば程度上位の依頼も回してもらえるのでは?

 

「俺は一応は元冒険者なんだが、それでもダメか?」

「あぁそうなのか。何かそれを証明出来るものとかある?ランクタグがあれば一番いいけど無ければ……例えば魔法が使えるとか、うちで依頼を受けた事があるとか」


 ランクタグは自分の冒険者ランクを示すためのタグだ。

 冒険者であれば肌身離さず持っているものだが、残念ながら引退したときにギルドに返却してしまった。

 魔法……は使えんな。

 というか、冒険者でも魔法を使えるのは一握りだろうに、中々無茶を言う。

 となると依頼だが、そこは大丈夫だ。

 一度きりだが、凡そ1年前にここで依頼を受けている。

 かなり大きな依頼だったから記録にも残っている事だろう。

 

「1年ほど前に依頼を受けている。確か、クイーンバジリスクの討伐依頼だったはずだ」


 そう告げると、ミルティアはキョトンとした顔をした後に大声で笑いだした。

 ……何かおかしいこと言ったかな。

 

「アッハッハッハッハ!どこで嗅ぎつけたのか知らないけど嘘はダメだよ!1年前のクイーンバジリスクの事はよく覚えてるけどさ、いくらなんでもそれはバレるって!」


 えぇ……。

 本当に自分達が受けた依頼なんだが、何故こうも嘘だと断定されるんだ?

 あぁ……まぁわからんでもない、か。

 俺、影薄いしなぁ。

 

 腹を抱えてヒーヒー言ってるミルティアをどう説得しようかと悩んでいると、不意に隣で見守っていたマリーが随分と不機嫌そうな顔でカウンターに詰め寄る。

 

「いくらなんでも失礼です!クラウスさんは本当に――」


 と、マリーがカウンターに手をついたタイミングで、背後からドアの開く音と共に、強烈な殺気が俺を貫く。

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