第40話 冒険者ギルド、委託、改定の理由

 街の中央を横断する大通りから1本裏に入った通り。

 無秩序に建てられた建物がギッチギチに詰め込まれているここに、一際大きな建物がある。

 カーネリア冒険者ギルド。

 以前ここに来た時にも入ったことのある建物の前で、3人が建物を見上げている。

 もちろん、俺、マリー、クロンだ。

 俺とマリーはいつもの装いだが、クロンはショートソードに皮の鎧、そして大きなザックを背負った冒険者スタイルだ。

 

「クロンはいつもここに来ているのね」

「そうっす!まだまだ簡単な依頼しか受けられないっすけど」


 昼の営業まではまだ時間がある頃合い。

 俺とマリーは走る子馬亭を冒険者の酒場として機能させるための手続きに。

 クロンは冒険者としての依頼を受けるためにここに赴いている。

 店の給仕としての走る子馬亭で働いているクロンだが、冒険者として活動するのが本来の彼女の目標。

 概ね5日に1回程度の頻度で冒険者としての依頼をこなしている。

 

「まぁ見てるだけじゃ仕方ないし、入るぞ」


 重厚な作りの扉を開けると、中には既に何人かの冒険者の姿があった。

 ここカーネリアを拠点として活動している冒険者達だろうか。

 一時期は冒険者でも上級でなければ難しいような依頼が多かったらしいカーネリアだが、周辺のダンジョンは粗方調査が終わっており、今では中級から初級レベルの依頼も多い。

 それでも時々大きな依頼が張り出される事もあるが、そういった依頼は稀だ。

 そう考えると、今この場に居る冒険者も下はクロンと同じカッパーで上はスチールといったあたりだろう。

 

「おっ、クロンちゃんじゃないか。今日も薬草採取?」

「ミルティアさん、おはようっす。今日もそのつもりっす」


 大きなカウンターの奥で待ち構えていたのは若い女。

 見たところ……25前後かな。

 程よく締まった体つきを見るにただの受付というわけではなさそうだ。

 そういえば、冒険者ギルドの職員は元冒険者が多いという話を聞いたことがある。

 自分もギルドに世話になっていたのであればある程度は勝手が分かるだろうしな。

 それに、冒険者というのはそう長い時間やっていけるものではない。

 50歳を超えて尚現役というベテランも居るが、何らかの理由で30歳前後で引退する人が多いのも事実。

 実際、俺がそんな感じだしな。

 そういった引退した冒険者の次の仕事としては冒険者ギルドの職員というのはうってつけだろう。

 

「それじゃいつも通り、規定量以上採取してきたらその分は買い取るから、頑張っておいで」

「了解っす!それじゃクラウスさん、マリーさん、行ってくるっす!」


 依頼の手続きが終わり、俺達に手を振るクロンが意気揚々と建物から出ていく。

 何気なくクエストボードを覗くとクロンが受注したであろう依頼の張り紙が張り出されていた。

 

 ヒラヒラ草とモクロの根か。

 下級ポーションの材料だな。

 共に比較的浅い森に群生する植物だし見た目もわかりやすく採取は難しくない。

 場合によっては冒険者でなくとも取りに出かける人がいるくらいだ。

 カッパー級の依頼としては妥当なところだろうな。

 

「で、そっちの二人な何の用なんだい?見たところ冒険者って風貌じゃぁないけど」


 おっと、久しぶりの冒険者ギルドという事で懐かしさのあまりキョロキョロとしてしまっていた。

 今日冒険者ギルドに赴いたのは決してクロンの見送りというわけではない。

 

「走る子馬亭の者なんだが、冒険者への依頼提供業務の委託について相談しにきた」


 ということで、俺達の目的は走る子馬亭で冒険者の依頼を受注出来るようにするための手続きだ。

 走る子馬亭も元々は冒険者ギルドから委託される形で依頼の受注を請け負っていたが、経営が悪化してからは流石に冒険者ギルドから委託を解除されている。


 マッケンリーからの表向きの課題は冒険者の酒場として経営を軌道に乗せること。

 冒険者の酒場を名乗るのであれば、最低でも冒険者向けの依頼を受注出来るようにする必要がある。

 後は冒険者向けの物品販売や宿なんかも当然あったほうがいいんだが、まずは必要最低限を揃えることにしよう。


「あぁ、はいはい、走る子馬亭さんか。噂には聞いてるよ。大分立て直せてるみたいじゃないか」

「お陰様で。父や母の居た頃には及ばないですけど」


 最近はマリーも普通に両親の話をするようになった。

 彼女の心の傷は両親を失っただけではなく、両親との思い出の場所さえも失ってしまう寸前だった事に起因している、と勝手に考えている。

 酒場の経営が上手く行っている事もあり、少しは気持ちの整理ができたのかもしれない。

 いい傾向だ。

 くさい台詞かもしれないが、マリーには暗い顔は似合わない。

 

「それにしてもあの状態からよく立て直したよ。大したもんだ」

「クラウスさんのお陰ですね」

「あぁ、そっちの旦那が噂の」


 マリーが俺を紹介してくれると、ミルティアはしげしげとこちらを見回す。

 もう何度目かわからないので慣れたものだが、見回す様子は今までの人たちとは少々毛色が違うように思う。

 マッケンリーを始めとした初対面の人たちは俺に対し怪訝な視線を向けていたのだが、ミルティアはどちらかというと好奇の目、とでも言うべきか興味深そうに見ている印象がある。

 

 というか、噂ってなんだ噂って。


「変な噂じゃないだろうな」

「なぁに、大したことじゃぁないよ。それより雑談しに来たわけじゃないんだし、話を先に勧めていいかい?」


 ミルティアから振った話のような気がするが、まぁ細かい事は気にしない。

 どんな噂があろうとも堂々とする程度の器量は持ち合わせているつもりだからな。

 気にしないぞ!


 俺とマリーがコクリと頷くと、コホン、とわざとらしい咳払いの後にミルティアが続ける。


「まず委託についてだけど、特に手続きとかは無いから。やる、と言ったときからやれるよ」

「そんなに簡単でいいのか?」

「ほら、どっかのギルドはやれ規約だなんだって煩いでしょ?うちのマスターはそういう面倒なの嫌いなんだよね」


 うんうん、よく分かる。よく分かるぞ。

 どっかのギルドには規約で色々と振り回されたからな。

 

「それに、ぶっちゃけ手が足りてないんだよ。今じゃフォートサイトが冒険者の主戦場になってるから、あっちに人員取られちゃってさぁ。お陰で折角依頼貰えても断らざるをえない、みたいな状況もあってさ。委託受けてくれるなら正直助かるんだよね」


 ただでさえ人手不足だったところに委託していた走る子馬亭が機能不全に陥っていたので、それが更に加速してしまった、ということか。

 なるほど、何となく見えてきたな。

 

 マッケンリーが商業ギルドの規約を強引に改定してまで走る子馬亭を立て直したかった理由がこれか。


 カーネリアは良くも悪くも冒険者によって発展してきた街。

 ミルティアの言う通り最前線はフォートサイトに取って代わられたとはいえ、未だに冒険者に頼るところは大きいだろう。

 それが、冒険者向けの依頼が減るとなれば当然冒険者だって立ち寄らなくなる。

 そうなれば、冒険者を相手にした商売も低迷するし、更には街全体の景気も悪くなる。

 景気が悪くなれば金や物の流れも悪くなるし、冒険者への依頼も減るという悪循環につながる。

 

 マリー大好きおじさん故の甘さだと思っていたが、ちゃんと改定した規約通り、ギルドにとって有益だと判断できた場合、なんだな。

 改めて商業ギルド、おっかねぇわ。

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