第39話 望まれるモノ、枷、蚊帳の外
「おかえりっすか?ありがとうございましたっす!」
クロンの元気な声に視線を向ければ、先程クロンと話し込んでいた一団が帰るところのようだ。
結局クロンはずっとつきっきり状態になっていたようだ。
うん、やっぱり後でお仕置きだな。
「また来るよクロンちゃん」
「ここはパンが美味いしな」
「あれ、もっと出さないのか?というか、黒パン抜きであれだけ欲しいんだけどさぁ」
これまで何度も聞いた要望。
それだけ望まれているという事は理解しているのだが、そうも行かないのが悲しいところだな。
「すみません、黒パンのおまけって形でも結構ギリギリだと思っているので」
クロンに変わりマリーがそう答えると、皆一様にあぁ、と納得したようにため息を漏らす。
これだけ喜んで貰えているんだ、俺としても黒パンのおまけ、という形ではなくそれ単体を提供したいとは思っている。
が、それができないのがカーネリアという街。
お互いにそこは飲み込むしか無い。
カランとドアベルが音を立てて一団を送り出すと店に残ったのはマッケンリーのみ。
「パンの決まりはやはり負担か」
と、先程までエルトワールケーキをもぐもぐしていたマッケンリーからポツリと声が上がる。
客がいなくなった頃合いを見てのその話題、もしかしたらこれが今日ここに来た本題か?
エリーから依頼された俺の作ったパンを広める件、表には出していないが商業ギルドも絡んでいる。
どういった思惑があるのかはわからないが、商業ギルドとしても気にしているということなのだろう。
「負担って程じゃないですけどね。まぁ、客のがっかりした顔を見るのは慣れないもんですよ」
負担という意味ではそこまでではない。
もちろん、自前でパンが作れればパン屋から買うよりも圧倒的に安く作れるのでその分の経費を削減することは出来るが、あくまでパンの利益が少々下がる程度だ。
「けど、あの黒パンを主軸に考えないとならないので、料理の幅が狭くなってしまうのは少し困ってます」
と口をはさむのマリーだ。
確かにその通り。
クロンが来たことである程度人員に余裕ができたので、ここ最近では新しいメニューの開発に手をつけ始めたのだが、結局あの硬い黒パンと共に食べられる料理となるとどうしても汁物がメインになってしまう。
特に困るのは肉料理だ。
鶏肉の香草焼きがそれほど出ないのも、それだけでは硬い黒パンを食べるのが大変だからという面もあると見ている。
眠る穴熊亭の一押し肉料理も牛肉の煮込みスープと汁物なのもこのせいだろう。
エルトワールケーキを早々にメニューとして出せたのも、これ自体がパンのようなものなのであの硬い黒パンを主軸に考えなくて良かったからだ。
「どうしても汁物が欲しくなるからなぁ……。まぁこればかりは工夫するしかないですけどね」
「ふむ……」
俺とマリーの意見には一定の理解を示した、といったところか。
とはいえ、いくら商業ギルドが力を持っているとは言ってもすぐにどうこう出来る話でもあるまい。
おそらくは街ができてすぐ……40年近くは続いた不文律なのだろうから。
「パンの件はともかく、だ。酒場の経営の方は順調なんだろうな?」
「今月の売上については商業ギルドに報告してあるでしょう」
カーネリアの売上税の関係もあり、月の収益については商業ギルドに報告している。
流石に眠る穴熊亭程の利益を出しては居ないだろうが、それでもそこそこの利益は出たと自負している。
「ここではチップを取っていないと聞いたからな。少し気になってはいる」
クロンが来て暫く立つが、結局走る子馬亭ではチップを取らないことにした。
元々俺とマリーの二人でやっている時も取っていなかった事もあるが、クロンには実質住み込みのような形で働いて貰っている事もあり、日払いで給金を支払う事にしている。
その分を差し引いても十分な利益は出ているはずだ。
なんなら、もう一人くらいを雇っても十分にやっていけると見ている。
「チップ無しならエリーのところもやっていたでしょう」
「あぁ、あいつは止めたようだよ」
「なに、そうなのか」
驚きのあまり思わず口調が元に戻ってしまった。
ともかく、確かに試験的にとは言っていたが、思ったよりもサクッと止めたんだな。
「上客からの評判が良くなかったようでな」
「……それ、俺に話してしまっていいんですか?」
「なに、あちらとこちらとでは客層が違うだろう」
まぁ確かに。
うちは料理の値段も比較的安く設定してあるし、更にチップを取らないので客の多くは平民。
人数の絶対数は平民の方が圧倒的に多いのでその分客の入りもいいが、客単価としては決して高くない。
そして客が多い分だけ店の中もかなり賑やかだ。
マリーの両親が切り盛りしていた頃も、冒険者向けの酒場だということだったので凡そ変わらないだろうと思う。
そう考えると、元々走る子馬亭と眠る穴熊亭とでは客層が綺麗に分かれていた可能性が高いか。
走る子馬亭が営業できない状況になっていたので眠る穴熊亭に流れていた平民も多かったのかもしれないが、元々は貴族や金持ち御用達の、どちらかと言えば高級路線を取っていたのだろう。
そういった店はそういった店なりの良さ、というものがあるのだが、チップを禁止した事でそれが崩れてしまったか?
特に裕福な層はチップを多めに支払う事を一種のステータスだと思っている節がある。
それが禁止された事で不満が出たのかもしれない。
そもそもエリーがチップ禁止にしたこと自体、何をそんなに焦っているのかと思ったものだが、時が経てば冷静さも取り戻すというものか。
「自分もチップ禁止にすれば、こちらに流れてきた客を取り戻せるとでも思ったのだろうが、我が妹ながら浅はかな考えだったな」
「そんなに警戒するほどじゃぁ無いと思うんだけどなぁ」
確かにここ最近では客の入りも良くなったし、聞く限りでは評判も悪くない。
が、眠る穴熊亭と比べられるとまだまだ驚異になる程では無いと思うんだが……。
「ふむ……クラウス君、君は……いや、私が言うべきことではないか」
「なんですか、気になるんですけど」
「私とて、身内が可愛いという話だよ」
何なんだ、良くわからん。
何か俺に苦言を呈するような素振りだったのだが……まぁ良いか。
「マリアベール、君も苦労するな」
「あ、あはは……でも、クラウスさんのお陰でここまで戻ってこれましたから」
カタリと椅子から立ち上がり苦笑を浮かべながらそうマリーへと告げる。
マリーもマリーでマッケンリーの言わんとしている事を察しているようだが、なんか、俺だけ仲間はずれにされてないか?
「よくわかんないっすけど、クラウスさんは凄いと思うっすよ」
うむ、クロン、お前はこっち側だな。
特別にお仕置きは免除してやろう。
「フッ、ハハハハ!君は私が思った以上に聡い子だな」
「おぉ、よくわかんないっすけど褒められたっす」
クロン、裏切ったか!
お仕置き2倍だ!
くそう、どうせ俺だけわかりませんよ!
「さて、それでは失礼する。冒険者の酒場としての発展、期待してるよ」
「わざわざの激励、ありがとうございます」
自分だけのけものにされているのは面白くないので、当てつけの様にそう言ってやる。
「もう、クラウスさん!また来てくださいね」
「ありがとうございましたっす!」
颯爽と去っていくマッケンリーの後ろ姿がドアの向こうに消えたのを見て、ふん、と一息。
実際忙しい身分だろうに、わざわざそれを言いに来たのだとしたら中々に嫌味ったらしい奴だ。
しかもあえて冒険者の酒場として、なんて遠回しな言い方をして、素直に走る子馬亭の発展でいいじゃないか。
そういうところが嫌味ったらしい……うん?
あ、しまった。
すっかり忘れてた。
何という迂闊。
酒場としての経営がかなり上手く行ってるからすっかり頭から抜け落ちていた。
まずい、期限の3ヶ月まであと1ヶ月しか無いぞ。
「マリー、クロン」
「はい?」
「なんすか?」
「明日、冒険者ギルドに行くぞ!」
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