第38話 新作、ミスリル級、意外な来客
雪解けの祭りからはや数日。
街は祭りの賑やかさから普段の騒がしさへと戻り、走る子馬亭も通常営業に戻っていた。
祭りの屋台は我ながら大成功だったと言っていい。
売上としてはかなりの数値を叩き出す事ができたが、原価ギリギリまで売値を抑えた結果利益は大したことなかったんだけどな……。
まぁその分、走る子馬亭の現状を広く知らしめることができたと思う。
非常にありがたい事に、祭りの後も薄皮包みを店で出さないのか、という質問を多数頂いている。
が、期待してくれている客には申し訳ないのだが、あれは祭り価格なので店で出すとすると2倍……くらいの値を付けざるを得ないので、祭りの時限定なので、とやんわりと断っている。
その代わりと言っては何だが、新たなメニューを追加した。
それが……
「エルトワールケーキ1つ!」
「こっちにも!」
「はい!お待ち下さいっす!」
薄皮包みを屋台で出すために作った試作品のうち、生地を厚めに焼いた物を改良した、その名もエルトワールケーキ。
砂糖は使わず、代わりに少々の塩を入れた塩味の生地にベーコン、目玉焼き、チーズを乗せたもので、ちょっとした軽食としてまたたく間に人気が出た。
砂糖を使わないので材料費を安く抑えることができたのも要因の一つだと思うが、何よりこのもちもちした食感は中々にくせになる。
また、ガッツリ食事というほどのボリュームは無いためか、特に昼の前後や夕方頃、少し小腹が空いたが本格的に食事を取るには時間が少しズレている、そんな時間帯によく出る印象だ。
まぁそのせいで開店直後や昼休憩明け直後なんかにも客が入るようになって忙しさはかなり増したんだがな。
「エルトワールケーキ、人気ですね」
「物珍しさというのもあるだろうしな。ネーミングもバッチリだ」
この国に住むものであればエルトワールの森を知らない者は少ないだろう。
カーネリアからはかなり離れたその地の名を冠する未知の料理、となれば気にならない方がおかしい。
そして十分に美味い。
改めて、雪解けの祭りのお陰で得た物は大きかったな。
「クロンちゃん、祈り子見てたぞ!いやぁ、良い踊りだった。それに一夜草の花を見たのは久しぶりだったよ」
「ありがとうっす!ボクもすごく楽しかったっすよ!」
あの一件から、クロンは一躍有名人となってしまった。
そもそも獣人のハーフ自体が中々珍しいのだが、カズハと共同で踊ったあの踊りの凄さに加え、一夜草の花が咲くという3つの要素が重なり、今ではクロン目当てに来る客が居るほどになってしまった。
店の宣伝としてはありがたいんだが……クロンの負担が増えないかだけが心配だ。
「俺も見てたよ!近年稀に見る良い踊りだったねぇ」
「クロンちゃん、冒険者目指してるんだって?日頃鍛えてる賜って奴だな!」
「ボクなんてまだまだっすよ。目標は銀翼の隼っす!」
「銀翼の隼ってのはあれかい?30年ぶりに出たミスリル級に認定されたって冒険者パーティーだっけか?」
「そう、それっす!冒険者なら憧れないとか嘘っすよ!」
すっかり男連中のアイドルになったクロンが彼らと冒険者について語っているのが聞こえてくると、冒険者時代の事を思い出しなんだか俺の事を言われているようでむず痒くなる。
俺自身は憧れられるような存在じゃなかったからな。
そういえばあいつら元気でやってんのかなぁ。
クロンが銀翼の隼がいかに凄いかについて熱弁を振るい出した時、カランとドアベルが鳴る。
客の対応はクロンの担当だが……あいつ気づいていないな。
後でお仕置きだ。
やれやれと肩を落としながら店に顔を出すと、あまり見たくない顔がそこにあった。
「盛況なようだな」
「お陰様で」
かなり質の良い服を身にまとい、腕組をしたまま店内を一通り見やる偉丈夫。
カーネリア商業ギルドのギルドマスター、マッケンリーだ。
「お一人でしたらカウンターでいいですか?」
「あぁ、そのつもりだ」
勝手知ったるなんとやら、とばかりに俺の案内をそこそこに一人でスタスタとカウンターへと歩き出すマッケンリー。
マッケンリー程の立場に居る人間がこういった場所にただ食事をするためだけに来るとは思えない。
一体何の用なんだ……?
俺個人としては特に思い当たる節は無いんだが、マリー大好きおじさんだし単純に様子を見に来た、というだけかもしれない。
警戒しすぎるのもあれだが、どうしてもマリーのギルド再加入の時の印象が拭えないんだよなぁ。
権力に媚びるようでなんだか嫌だが、水くらいはサービスで出しておくべきか……?
そんな事を考えていると、カウンターの上に両肘を乗せて手を組み、ジッとこちらを覗き込んでくる。
「雪解けの祭りでは上手くやったようだな」
「まぁなんとか。概ねクロンのお手柄ですけどね」
よくよく思い起こせば、クロンを走る子馬亭に手配したのはおそらくマッケンリー。
薄皮包み等の活躍までを見越していたとは思えないが、間接的にはマッケンリーのお陰と言えなくもないか。
素直に感謝するのは少々癪だが、結果的に助かったのは間違いない。
「クロンが来てくれて助かりましたよ。何処の誰かはわかりませんが、うちを紹介してくれた人には感謝です」
「そうか。ならばその者も紹介した甲斐があっただろうな」
そう言うとフッと笑みを浮かべるマッケンリー。
その笑みの裏になにかがあるように思えるのだが、何もない気もしてくる。
うーーーーーーーーーーーーん、わからん!
ならば、わからないならわからないなりにやるべき事はある。
「それにしても、初対面の時とは随分と口調が違うな?」
「そりゃお客相手ですから」
そう、何をしに来たのかわからないのならば、客として扱うしか無い。
というか、何かしらの用事があるのだとしても店を開いている忙しい時間帯に来るのだ、せめて食事代くらいは落としていってもらわなければ。
「フハッ!それもそうだ。これは失礼した。何かオススメの料理はあるのか?」
「エルトワールケーキが今は人気ですよ。最近メニューに加えたんです」
「ではそれをもらおうか」
流石、権謀術数渦巻くギルドのトップに君臨する男。
俺の言わんとする事を即座に理解して注文してくる。
何か用事があるのであれば、この料理が出てくるまでの時間が一番話しやすいタイミング。
さて何が出てくるのか、と身構えていたのだが、予想外に特に何も言ってこないマッケンリー。
何も言ってこないの、逆に不気味なんだけど……?
俺もマッケンリーも、特に会話を交わすこと無く待つこと幾ばく。
マリーがエルトワールケーキを持ってきて、漸く時が動き出した。
「はい、エルトワールケーキです。どうぞ」
「ありがとうマリアベール」
薄皮包みはそのまま手で持てる様にしていたが、エルトワールケーキは特にそういった事はしていない。
皿の上には厚めの生地とベーコン、目玉焼き、そしてチーズ。
ナイフとフォークを手にしたマッケンリーがツプリと目玉焼きの黄身を潰すとトロリと流れ出すそれ。
ナイフを使い生地を一口大に切り分け、ベーコン、溶けかけのチーズとをフォークで纏めるとゆっくりと流れる黄身を絡ませて口にする。
目を閉じたまま、味わうようにゆっくりと咀嚼するマッケンリーに、俺もマリーも息を呑む。
改めて思えば、流石にエルトワールケーキの味だけで正式加入させない、などという事を言い出すわけでもないだろうから下手に緊張する必要も無い。
が、やはり生殺与奪権を持っている相手に対してはどうしても緊張せざるを得ないよな。
「……美味い。やはり、こうでなくてはな」
その一言にホッとしたのは俺だけではあるまい。
それにしても、こうでなくては、とはどういう事だろか。
こう言っては何だが、今の走る子馬亭はマリーの両親が切り盛りしていた店とは大分違う。
先代に対する信頼を損なうことが無いよう色々気を使っていたところはあるが、先代と全く同じ様にしようとは思っていない。
そこはマリーも同じ考えだと思っている。
特にエルトワールケーキに至っては、カーネリア全体で見ても見たことがない料理のはず。
ならば、こうでなくては、というのは一体何に対しての評価なんだろうか。
眉をひそめる俺など関係ないとばかりにパクパクとエルトワールケーキを口に運ぶマッケンリー。
まぁ良くわからんが、料理に対して喜んで貰っている事は見てわかる。
今はそれでいいだろう。
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