第27話 屋台、甘味、伏兵


「えっと、忙しい事は忙しいけど、一通り見て回るくらいの時間は取れると思うよ」

「ほんとっすか!」


 そんなクロンを哀れんでか、マリーがこんな事を言い出した。

 確かに昼の休憩時間に回るという手はあるが、それでも精々がいくつかの露店を回るくらいだろう。

 まぁ、俺としてもあの落胆ぶりを見ると忍びないという気持ちを持たない訳では無いが、そうも言ってられん。

 

「クロンに祭りを見てもらいたい気持ちは分かるんだが、通常の営業でさえ二人じゃ手が回らんのだ。忙しくなるようなら流石にクロン無しは厳しいぞ?」


 こればかりは仕方ない、と飲んでもらうしかあるまい。

 心苦しいところはあるが、言うべきところは言わなければなるまい。

 と、心を鬼にした俺に、マリーはニコリと笑みを浮かべてみせた。

 

「大丈夫ですよ。お祭りの時は街の飲食関係のお店はみんな屋台を出すことになってまして、うちも何か屋台を出すことになると思いますから」


 へぇ、と思わず声が出る。

 屋台か、中々面白い。

 大通りには露店が多く出るという話だったし、祭りを盛り上げる一員として数えられているということかな。

 となると、依頼主はあそこか。 


「商業ギルドからの頼みとかか?」

「正式に依頼があるわけじゃないと思いますけど、なんというか、通例、ですかね」


 ふむ、別段商業ギルドからの依頼があるわけではないらしい。

 まぁ折角の祭りだ、大いに盛り上がる方が良いに決まっている。

 それに協力するのは全くもって吝かではないな。

 

「屋台ならば作って渡すだけでいいから多少は手が空くこともありそうだな」

「お、おおぉぉ!じゃあ空いてる時には祭りに行ってきてもいいっすか!?」

「当日の状況次第だがな」

「やったっすー!!」


 椅子から立ち上がるとくるくると回りだすクロン。

 マリーもそれを見てクスクスと笑っている。

 そこまで楽しみにしているというのであれば、なんとか時間を作ってやりたいところだな。

 

 それにしても屋台か。

 祭りの盛り上げ役という意味合いが強いのだろうが、折角やるのだからしっかりと儲けたいところだ。

 しかしながら屋台に関しては全く経験がない。

 提供するのは勿論食べ物ということになるのだろうが、屋台向きの食べ物というものも良くわからん。

 いや待て。通例ということであれば走る子馬亭も屋台を出していた事があるはず。

 

「走る子馬亭は去年は何の屋台をやっていたんだ?」


 これまで走る子馬亭で提供していた料理がわかればそれに沿った物にする方が良いだろう。

 毎年屋台を出しているのであれば、走る子馬亭の出している屋台を楽しみにしている客もいることだろうし。

 マリーに向けてそう問いかけるも、彼女は困ったように眉を八の字にした。

 

「去年は……ちょっと、バタバタしていたので……」

「あぁ、そうか。すまん」

「いえ、大丈夫です」


 迂闊だった。

 触れてはいけない話題、というわけではない事はこれまでのマリーとの会話の中で何となく察する事ができたが、それでもやはり楽しい話では無いだろう。

 お互いに言うべき事を探している様子をクロンが不思議そうに眺めているが、深くは追求してこなかった。

 空気の読める子で良かった。

 そんな重い空気を払拭するかのようにパン、とマリーが手をたたく。


「えっと、屋台でしたよね。うちは毎年甘味を出してました。確か一昨年は焼き菓子だったかな」

「お菓子っすか!いいっすねぇ」

「そうだな。祭りという特別な日だから、普段よりも財布の紐もゆるいだろうし悪くない」


 一昨年は、ということは細かい内容は毎年変わっているということかな。

 一先ず甘味という方向性で問題は無さそうだと思う。

 カーネリアに来て1ヶ月程、カーネリアの物価については大凡把握出来たと思っているが、やはり甘味は値が張る。

 とはいえ、蜂蜜が使えない割には目が飛び出る程の値段ではなかったので、もしかしたらカーネリアで砂糖を生産しているのかもしれないな。

 

 改めて、この街は食材についてはかなり充実している街なんだなと実感する。


「では今年も甘味の屋台を出すとして、問題は何を作るかだな」


 正直に言えば甘味に関してはほぼ門外漢だ。

 俺の料理の経験は冒険者として駆け出しの頃の副業と野外での調理が基礎になっているのだが、当然ながらダンジョンに潜りながら甘味を作るなんて事は無かったからな。

 その辺はマリーに一任するしか無いか。

 チラリとマリーへと視線を向けると、んー、と顎に手を当てながら何か考えている様子。

 

「私もお母さんと一緒に作ってはいましたけど、ちゃんと覚えているのは焼き菓子くらいですね」


 焼き菓子は比較的作りやすいこともあって家庭でも作るところもある、という話を聞いたことがある。

 まぁ勿論、砂糖や蜂蜜はそれなりに高価なので頻繁に作っているわけではないのだろうが、おそらくはマリーもそんな感じなんだろう。

 

「焼き菓子も悪くないが……特別感が無いな」


 折角の祭だ、やはり普段は食べられないような物、というのが良いだろう。


 まぁそれを思いつかないんだがな。


 マリーと二人してうーんと悩み初めていると、なにやらクロンがソワソワした様子でこちらを見ている。

 まぁ大方試食に有りつけるんじゃないかとか、そんな期待をしているとかそんなところだろう。

 と、思っていたのだが、クロンが予想外の事を言い出した。

 

「あのあの、ボクお菓子作れるっすよ」

「なんだと!」

「本当なの?」


 俺とマリーがほぼ同時に声を上げると、クロンはにかっと笑う。

 

「かーさんがお菓子作り好きだったんっすよ。ボクも良く一緒に作ってたから色々覚えてるっすよ」


 まさかの伏兵がここに居るとは。

 こう言うと失礼だが、冒険者を目指すくらいなのだ、そういった事には一切興味がないのかと思っていた。

 

「食べる専門だと思ってた……」


 どうやらマリーも同じことを考えていたらしい。

 本音が出てるぞ。

 

「その顔はクラウスさんも同じこと考えてたっすね!二人共酷いっすよー!」


 どうやらこっちも本音が出ていたらしい。

 気をつけねば。


 ともかく、これで光が見えてきた。

 後はクロンがどんなものが作れるのか次第か。

 クロンの生まれはエルトワールの森。

 カーネリアからはかなり離れているからこのあたりでは見かけないような菓子も期待できるかもしれない。

 

「何かこのあたりでは見かけないようなものは作れるか?」

「えっと……そうっすねぇ……あ、薄皮包みとか見かけないっすね」


 薄皮包み。聞いたこと無いな。

 マリーへと視線を向けると、マリーも知らないというように首を振る。

 これは期待出来そうだ。


「どういうものなんだ?」

「えっと、小麦粉に牛乳と卵と、砂糖を少し混ぜて薄く焼いた生地で色々包んで食べるんす」

「ほぉ」


 確か北の方で、薄く焼いた生地に具材を包む料理を食べた記憶がある。

 その時は小麦ではなく……なんだったか忘れたが、何かの実を粉にしたものを焼いているという話だった。

 それにあれは菓子というよりも食事といった印象だったが、牛乳、砂糖を入れるとなると、大分別物になりそうだな。

 材料は……うん、カーネリアで全て揃うな。

 

「中にはどんな物を包むの?」

「えっと、果物とかっすかねぇ。あと、甘いクリームなんかもいいと思うっすよ」


 果物か。今の時期だと……いちごとかは採れるか?

 他は市場に行ってみないとなんともだな。

 

「よし、なら早速試しに作ってみるか」

「任せるっすよ!」


 自信満々に腕まくりをするクロンと共に意気揚々と厨房へと向かう……はずだったのだが、コホン、とわざとらしい咳払いがその動きを止める。

 発生元のマリーへと視線を向ければ、にこやかに笑いながら、すっと店の外を指差した。

 

「その前に、お二人には雪かきをお願いしますね。私は朝食を作ってきますので」


 思わずクロンと顔を合わせる。

 

 そうだよな……やらんとならんよな……。

 今日は客が少なくなりそうではあるが、開けないわけにはいかないもんな……。


 がくりと項垂れるクロンの肩を叩いて、キラキラと眩しい雪へと向かっていった。

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