第28話 薄皮包み、評価、欠点
店を開店して暫く。
いつもであれば一人か二人は客が入っている時間だが、今は客はおろか店員すら店内には居ない。
厨房には俺とマリー、そして普段はこちらに来ないクロン。
鍋には先程作った黄色いクリームと、薄皮包みの生地。
竈の前にはクロンで、クロンを挟むように俺とマリーがその手元を覗き込んでいる。
「それで、熱したスキレットに生地を垂らして……こうやって薄く伸ばすっす」
かなり緩い生地をスキレットに垂らすとスキレットを傾けて生地を伸ばすクロン。
ふむ、なるほど、生地が緩いのは伸ばしやすいからというのもありそうだ。
「すぐに焼けるっすから、お皿に生地を移して……クリーム塗って、いちごを乗せて……余った生地で包んだら、完成っす!」
皿の上には黄色い生地で包まれた四角い物体。
見た感じは大きな手紙の様にも見えなくはないな。
クロンから皿を受け取ると、早速俺とマリーで試食。
フォークで切り、少し重ね直してから一口。
おぉ、美味いな。
生地そのものにも砂糖を入れているからか全体的に甘い印象だが、いちごの酸っぱさがいい具合に合わさっている。
時期的にいちごにしたのだが、これならブルーベリーやアプリコットなんかも合いそうだ。
マリーも小さく頷きながらもぐもぐしている。
「ど、どうっすか?」
作り始める前は自信満々だったクロンだが、いざ食べてもらうとなると不安になるのだろう。
不安そうに耳を垂らしながらこちらを覗き込んでくる。
「うん、美味いな。これはいける」
「はい、美味しいです」
「はぁぁ、良かったっすー」
ほっと旨を撫で下ろすクロン。
尻尾もブンブンと威勢がいい。
まぁ誰しも自分の作った料理が美味しいと言われれば嬉しいもんだ。
クロンも交えて3人でパクパクとあっという間に食べ切ると、改めて竈を見る。
作業工程的には悪くない。
生地とクリームは事前に作っておけばいいし、生地が焼けるのも早い。
あとはクリームを塗って果物を乗せるだけだから1つを作るのに手間が掛からないのがいい。
多くの客を捌く必要がある屋台向けの料理だと思う。
なにより美味い。
味の決め手はこの黄色いクリームにありそうだからクリームの味に左右されるところはあるだろうが、クロンの作ったクリームは十分に美味い。
砂糖を多く使うので流石に普段から作るのは少々難しいかもしれないが、定期的に食べたくなる味だ。
が、やはり気になるところはある。
これは屋台で提供する料理としてはある意味致命的かも知れない。
「とはいえ、このままだと屋台で出すのは少しむずかしいかもしれないな」
「クラウスさんもそう思いますか?そこをどうするか、考えないとですね」
俺が腕を組みながら薄皮包みの置かれていた皿を見ると、マリーも同じ様に皿へと視線を向けている。
どうやらマリーは俺と同じ問題点に気づいているようだ。
「えぇぇ!?何がだめなんすか!?」
その問題点に気づいていないのだろうクロンから非難の声が上がる。
そりゃまぁ、クロンとしては自分の料理がダメだと言われているのだから当然不満も出るところだろう。
流石に理由も分からずにダメと言われるのは悔しいだろうし、説明はせねばなるまい。
「祭りには色々な催し物も出ると言っていただろう。そうなるとどうしても食べ歩きをしたくなるはず。だからできるだけ片手で持ちながら食べられるものがいいんだ」
「そうなんすか……」
「この形だとどうしてもお皿とフォークが必要になっちゃうから……あぁでも勘違いしないで、美味しかったのは本当だから」
「そこは間違いない。仮に店のメニューとして出すなら手直しは必要無いほどだ」
俺とマリーの説明に見るからにシュンとしてしまったクロンに慌ててフォローするマリー。
実際美味かった事は間違いないので、店のメニューとして出すのであればこのままで全く問題がないんだがなぁ。
まぁこのまま出すという手も無いことはない。
ただその場合食器を洗う手間が発生してしまうので……クロンが祭りを見て回る時間を作れない可能性が高い。
出来ることならそれは避けたいところだ。
特にクロンは功労者だからな。そのご褒美は用意してあげたい。
この薄皮包みは相当美味い。
個人的には屋台で出すのであればもはやこれ以外を考えられない程だ。
おそらくはマリーもそのつもりだろう。
だからこそ、コレを食べ歩き出来るように、何か考えなければならない、と言っていたんだろうから。
となればゴールは明確だ。
「生地が柔らかくて薄いから手で持つとグニャッとなってしまうだろうな……まずはそこをどうにかしないとな」
「ならもっと生地を厚くするっすか?」
「いえ、これは生地が薄いから美味しいんだと思う。何か別の方法を考えた方がいいんじゃないかな」
3人で腕を組んでうーんと唸りだす。
何かやり方はあるだろうとは思うが、こう、なんというか、もやもやした感じだ。
このまま悩んでいても仕方がない。
パンと、手を叩いて二人に声を掛ける。
「よし、もうすぐ昼の時間だが、どうせ今日は客もほとんど来ないだろう。このまま色々と試してみようか」
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