第9話 カーネリア価格、若い蔵人、試飲
いくつかの酒蔵を回ってみた感想は、
「どこも大差ないな」
「そうですねぇ……」
試飲させてもらった葡萄酒の質もさることながら、値段も大差がない。
これならどこから仕入れても大丈夫だろう。
ただ、一つ気になることがあるとすれば、
「皆一様に少々値が張るのが考えどころだな」
葡萄酒の質として可もなく不可もなく。ただ少しばかり高い。
「そうなのですか?葡萄酒の値段はあれくらいだと思っていました」
「ふむ…この街ではそれが適正値段ということなのだろうな」
物の値段は地域によってもかなり変動があるものだ。その需要と供給のバランスによって安くも高くもなる。
例えば北の寒冷地域では暖を取るために薪を使う関係上、木材の値段が高めになるが、上質な毛皮を持つ生物が多いため毛皮の値段は安くなる。
おそらくはカーネリアでの生産数が少ない事が高値に起因しているのだろう。
まぁ葡萄の栽培は行っているようだし、生産規模を大きくすれば値が下がる可能性があるだけ蜂蜜酒よりはましか。
ともあれ、少々高いと思っていた葡萄酒の値段だが、これがこの街の適正ということになれば結論は一つだ。
「まぁ質も悪いわけではないし、先程のどこかから仕入れる事にしようか」
「そうですね。お店に近い酒蔵で……あれ?」
俺の提案に同意したマリーが、突如スンスンと鼻を鳴らしキョロキョロし始める。
まるで腹の減った犬が飯を探しているかのようなそれに思わず可愛らしいという感想を得るが、いや、そんなことを言っている場合ではない。
「どうした?」
「その、ちょっと酒精の匂いがした気がして」
「うん?」
俺もマリーと同じ様にスンスンと鼻を鳴らしてみるが、よくわからん。
「多分こっち、かな」
そういうと、一人でスタスタとあるき始めてしまう。
慌ててマリーの後ろを追いかける事数十秒、大通りからかなり裏に入った路地の一画でピタリと足を止めるマリー。
そこにはさほど大きくは無い建物。
ここまで来ると俺でも僅かに酒精を感じる事ができる。
……よくあの距離から分かったな、これ。
ホントに犬か何かだろうか。
「酒蔵……でしょうか」
「マリーも知らないのか」
「はい」
この街に生まれこの街で育ってきたマリーが知らないとなると、ここ最近出来たということか。
僅かとはいえ、建物の外まで酒精の香りが出ているということは、大量の酒を扱っている可能性が高い。となれば、考えられるのはやはり酒蔵だろうか。
「見てみますか?」
「うーん、まぁ見るだけ見てみるか」
正直、あまり乗り気ではなかった。
これまで回ってきた酒蔵を見る限り、ここも他の酒蔵と同じ様な品質、値段である可能性の方が高いと思っていたからだ。
ただ、折角見つけたのだから見てみようと言われて否定はしない。
二人揃って建物の前へと進み、木戸を叩く。
「すみませーん、誰か居ますか?」
反応はない。
留守だろうか。
怪訝そうな顔のマリーと顔を見合わせた後、再度強めに木戸を叩く。
「すみませーん!」
「あれ、ウチに何か用ですか?」
その言葉は予想外にも自分たちの背後から聞こえてきた。
慌てて振り返ると、そこには20代半ばかという若い男が立っていた。
手に紙袋を抱えているところを見ると買い出しに出かけていたのだろう。
「ここは君の?」
「えぇ、僕の酒蔵ですけど、なんの用です?」
酒蔵、という言葉を聞き、マリーがこちらを見上げてくる。
どうですか?とでもいいたそうな自慢げな顔だ。
うん、よく分かったな、ホント。
犬を撫でるかのようにグシグシとマリーの頭を混ぜてやると少しくすぐったそうにした後に乱れた髪を手櫛で整えている。
うむ、かわいい。
いや、そうじゃなくてだな。
ほら、紙袋を抱えた彼も怪訝そうな顔をしているじゃないか。
「実は俺たちは酒場を開いているんだが、葡萄酒の仕入れ先を探していてね」
「あぁ、そういうことですか。えぇ、ウチは葡萄酒、仕込んでますよ」
その言葉を聞き、再び顔を見合わせる俺とマリー。
今度はにこやかな笑みだ。
「良ければ試飲させてもらいたいんだが、いいか?」
「えぇえぇ、勿論ですとも。こちらからお願いしたいですよ」
トトトっと駆け足で木戸の前まで駆け寄ると戸を開け俺達を招き入れる仕草。
招かれるまま建物の中に入ると、そこは思った通り大きくは無い。
視線を回すと大きな醸造樽が1つ。
……1つ?
「醸造樽はこれだけか?」
「はい、カーネリアに来てからまだ半年ですから」
半年前というと葡萄の収穫期にあたるか。
時期をあわせてきたということはそもそもここで葡萄酒を作るつもりで来たということなのだろう。
確かに、よく見れば新しい酒蔵らしく機材は真新しいものが多い。
が、何故かこの醸造樽だけは中々に年季が入っているように見える。
どこからか譲り受けたのだろうか。
「こちらがここに来てから作った初の葡萄酒です」
マリーと共に辺りをキョロキョロしていると、男が奥の棚に並べられた葡萄酒樽を指し示す。
棚に並べられた樽はそれほど多くはない。在庫が少ないということはそれなりに売れている、ということなのだろうか。
と、ここで思い出す。
そういや醸造樽は1つしか無かった。
……にしては葡萄酒樽が残り過ぎでは?
「あ、気づいちゃいましたか?そうなんですよ。実は全然売れて無くて」
頭を掻きながらタハハとのんきに笑う男。
まぁそれも仕方ないか。
どこの酒場だろうとすでに取引をしている酒蔵があるものだ。新参者が入り込む余地は無いのかもしれない。
単純にまずい、という理由もあり得る事ではあるんだが。
「ウチの葡萄酒、仕入れてくれると助かるんですけどねぇ」
消え去りそうな程に小さくそう呟くと、手前にある樽の栓を抜き金属製のグラスに2杯、半分ほど注いでくれる。
「味には自身あるんですよ」
そういいつつ、俺とマリーに葡萄酒の注がれたグラスを手渡す。
大変なのはわかるし、可能であればどうにかという気持ちが無いわけではないが、俺達も今大変な時期なので同情だけで仕入先を決めるわけには行かない。
そんなことを思いつつ、受け取ったグラスをゆらゆらと揺らす。
真っ赤な液体がグラスの縁を滑るようになでていく。
これまでの経験上、赤の濃い葡萄酒は旨い事が多い。期待できそうだ。
グラスを口元まで持っていく。
新酒なのもあるだろうが、思ったよりも香りがいい。
一口、口に含む。
なんと言ったらいいのか、よくわからんが、こう、葡萄酒の味が濃い、気がする。
うん、これは……中々に……旨いぞ!
思わず隣のマリーへと視線を向けると、マリーも同じ様にグラスを揺らしていた。
「深い赤色。丁寧に作られていますね」
そう一言つぶやき、その赤色を口に含むと、目を丸くする。
「しっかりと感じられる渋みに隠れてうっすらと顔を出す甘み。味に深みを与えるコクもしっかりと存在しつつ主張しすぎていない。口に含んだ時に真っ先に感じる香りは新鮮な葡萄のような爽やかさでありながら、飲み終わりに薫香を思わせる香ばしさが僅かにある……」
う、うむ、さすが酒場の娘。酒の良し悪しはよく分かるようだ。
マリーが残った葡萄酒を空にすると、ふぅ、と一息。
「美味しい葡萄酒です」
「あぁ、確かに旨い」
まぁとにかく、旨いという意見は一致しているらしい。
良かった。旨いよな、この葡萄酒。俺は間違ってなかった。
そんな俺達の反応を見てか、男がニカッと笑みを浮かべる。
「でしょう!味には自身があるんですよ。でもなんでか売れないんですよねぇ……」
言葉の最後には大げさに肩を落とす彼。
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