第8話 蜂蜜、葡萄、酒蔵巡り
「さて、エールは確保出来たが、他の酒も用意しておきたい」
酒蔵を出て大通りを歩きながらそうマリーに提案する。
一先ずはエールを確保出来たことで最低限は整ったと言ってもいいが、やはり酒場というからにはもう少し種類が欲しいところだ。
「他の酒……となると葡萄酒ですね」
「勿論、葡萄酒も仕入れるが、安い酒も揃えておきたい」
最近は酒精の強い蒸留酒を樽で熟成させた香り高い物も出回っているようだが、そういうのはご立派な貴族共のためにある。
冒険者の酒場とするのであればやはり酒の値段は低いものを揃えるのがいいだろう。
「蜂蜜酒を考えているが、カーネリアに蜂蜜酒を作っている酒蔵はあるか?」
安酒と言えば真っ先に思いつくのがエールだが、蜂蜜酒も比較的安酒の部類に入る。
中には巨大な蜂のモンスターであるギガントビーの蜜を使った蜂蜜酒なんてのもあるが、あれは蜂蜜酒とは思えない程旨いが蜂蜜酒とは思えないほど高いので例外とする。
地域によってはエールよりも飲まれているものだ。仕入れておいて損はないだろう。
「蜂蜜酒……ですか」
が、マリーは眉を八の字にしている。
うん?そんなに変なことを言っただろうか。
「えっと、クラウスさん。カーネリアでは蜂蜜酒はほとんど飲まれていません」
「なに、そうなのか」
正直意外だった。今でこそ安酒といえばエールが主流になってはいるが、俺が生まれる遥か前から存在しているらしい蜂蜜酒は今でも好んで飲む人がいる。
作り方も簡単だし、10日程もあれば完成するので時間も掛からない。更に蜂蜜は腐らないから保存も容易で、家庭で作る人もいるくらいだ。
確かにエールに比べれば多少割高なところはあるが、それでも気軽に飲める程度の値段のはずだ。全く飲まないというのは想定に無かった。
「何か理由があるのか?」
他の地域であればごく当たり前に飲まれているものだ。ほぼ飲まれない、ともなれば何かしらの理由があるはず。
俺の問にマリーは指先を口元に当てながら、思い出すように視線を上げて、詳しくはないですが、と前置きをつけて語りだす。
「以前、この辺りでは養蜂が出来ない、という話を聞きました」
「養蜂が出来ない、か。理由が思い当たらんな」
カーネリアは大きな山の麓に広がる深い森に面した街だ。
近くには山脈から流れ出る川もあり、植生的には何も問題は無いはず。
「確か、モンスターがどうとか。すみませんが詳しくは」
「ふーむ、なるほどな」
養蜂が出来ない、となれば安定して蜂蜜を入手することは難しい。
森が近くにあるのでそちらから探しに行くという手もあるが、話を聞く限りはそもそも森にも蜂は生息していない可能性がある。
蜂の天敵……と言われるとあまり思いつかないが、例えばこぶし大の大きさがあるアーミービーや、それこそ犬程の大きさのあるギガントビーといったモンスターが生息していれば、確かに蜜蜂の居場所などないだろう。
まぁギガントビーの場合は影響がでかいので討伐対象になるものだが。
「そうなると蜂蜜の入手は交易に頼ってるわけか。かなり高く付くな」
「蜂蜜酒そのものを置いている店が無いので正確な値段はわからないですけど、蜂蜜の値段からするとそこそこ質の良い葡萄酒と同程度の値段になるかと思います」
「それは中々だな」
葡萄酒の値段はエールに比べると高低差が激しいが、低であってもエールよりは高い。
更にそこそこ質が良いとなればそう気軽に飲めるものでは無いはずだ。
「飲んでるのはお偉方って事か。うちの店に置く必要はなさそうだな」
走る子馬亭はあくまで冒険者の酒場を目指す。
冒険者で資金的に余裕がある者はそう多くはない。全く無いわけではないし、大きな依頼を終わらせた直後などは多少余裕があるので、そういった時に少しばかりの贅沢をすることはあるだろうが、それも稀な話だ。
それにどちらかと言うと酒に金を掛けるよりも旨い飯に金を掛ける事の方が多いように思える。
なにせ酔えればそれでいいという連中なのだから。
「そうですね。でもそうなるとエールと葡萄酒だけになりますね」
「うーん、そこがちょっと気になるところではあるな」
葡萄酒の値段に上下があるとしても、葡萄酒はあくまで葡萄酒。
できれば他の酒も置いておきたいところだが……。
「まぁ、それは後々、ということにしよう。まずは葡萄酒の仕入れからだな」
「わかりました」
こくりと頷くマリーを引き連れ他愛のない話をしながら大通りを歩く。
先程の酒蔵はエールのみを作っている酒蔵だったため、葡萄酒は別で仕入れなければならない。できる事ならカーネリアで仕入れたいところだが、カーネリアの葡萄酒の質の程がわからない。
葡萄酒は酒蔵によっも大分味が違うし、値段も違う。
特に葡萄の出来によってその良し悪しが大きく変わるらしく、良い葡萄の取れる地域の葡萄酒は高値がつくことが多い。
カーネリアは50年少々の若い街だ。
当然葡萄の栽培は行われているだろうが、まだまだ途上にあるのではないかと予想する。
そう考えると、葡萄酒の質としてはあまり期待出来ないかもしれないな。
「ところで、葡萄酒はどこから仕入れるのですか?」
「あぁ、今そのことを考えていたんだが……どこかいい酒蔵を知っているか?」
「すみません、葡萄酒を作っている酒蔵はいくつか知っていますが、どこが良いのかまでは」
「ふむ」
マリーの話ぶりからしてもやはりカーネリアでの葡萄酒はあまり期待出来ないかもしれない。
まぁ、出来が良すぎて値段が高くなってしまっては、それはそれで問題なのだが、あまりに質の悪いものばかりというのも問題だ。
贅沢な話だとは思うが、客の予算にそった商品を用意しておくのは重要な事だからな。
「ここで悩んでいても仕方ないな。葡萄酒を作っているという酒蔵を回ってみるか」
「はい、わかりました」
自分を先導するように早足であるき始めたマリーの背中を追いかけながら、大通りから横道へと入っていった。
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