第6話 メニュー、クラウスのパン、不文律

 商業ギルドでのひと悶着を終わらせ店に戻ってきた頃にはすでに昼時。

 本来であれば昼の客向けに店を開けるべきところなんだろうが、俺の提案で店はしばらく閉めることにした。

 今のままではまともに営業など出来ない。一度仕切り直しをする必要がある。


 それに、人は変化があるものに興味を示すものだ。

 平常運転のまま改善するよりも、一度閉めた後、改善した状態で新たに開店という形を取ったほうが興味を引ける可能性が高い。

 まぁ、多少なりとも客が入っているのであればそちらを優先するべきなのだろうが、今の走る子馬亭では客が来ることはほぼ無い。閉めたところで大差はないのだ。


 そんなこんなで仮とはいえ一先ずギルドへの加入もなんとかなったところで、店に戻り昼食とする流れとなった。

 外で何か食べるという選択肢もあったが、今回は自分たちで食事を作る事にする。

 どちらにせよ、店のメニューを増やす為には、自分たちの作れる料理を一度確認する必要があったのだ。


 ということで、二人の作った昼食がテーブルに並べられている。


「……ちょっと作りすぎたか」

「そう、ですね」


 お互いに作れるものを作ろう、ということでそれぞれが料理に取り掛かった結果、ざっと5,6人分はあろうかという量がテーブルに並べられていた。


「ともかく、冷めないうちに食べよう。ちゃんと評価しつつな」

「はい。では、いただきますね」


 そういってマリーが手を出したのを確認し、俺もズラリと並んだ皿を眺める。


 まずはマリーの作ったサラダから行こうか。


 カーネリアは国の中心部からはかなり離れている辺境…とまでは行かないが田舎と言われても文句は言えない地域にある。

 が、開拓した土地は自分の物にできるというお触れがあったからか、思いの外農畜産業は盛んらしい。


 畜産物では肉類はもとより、新鮮なミルクも手に入る程だ。

 農産物にしてもあまり日持ちのしないはずの葉野菜も新鮮な状態で手に入る。

 流石に海沿いというわけではないので海産物の数は多くはないが、それでも馬車を数日走らせたところには小さな漁村が出来ているという話だ。街道の整備が進めば新鮮な魚介類が出回るのも夢ではないかもしれない。

 それらの理由もあり、食材という面ではかなり恵まれた環境にあると言っていい。


 そんな恵まれた環境でのサラダは……。


 うん、普通だ。


 別段悪くない。


 というか、食材さえ悪くなければサラダなどどうやってもそれなりに作れる。

 まぁ、冒険者時代を思えば生の野菜が食べられるというだけで十分だ。


 これは一応保留、ということにしておこう。


 チラリとマリーへと視線を向けると、マリーは俺が作った鶏肉の香草焼きを口にしていた。

 なんとなく、反応が気になってしまい、ジッと見つめていると、ムグムグと咀嚼するマリーの表情は何ともいえないものだ。

 と、こちらの視線に気づいたのか、慌ててゴクリと嚥下すると少し困った表情で


「えと、美味しい、と思いますよ」


 いや、その顔はそうでもないだろう。


「マリー、これは客に出す料理の品評会だ。美味しいと思う、ではダメだ。俺に気を使わずに率直な意見を述べて欲しい」


 そういいつつ、自分も先程のサラダ、一旦保留としてしまっているが、まぁ口に出してないからセーフだ。

 俺の言葉にハッとした顔を浮かべると、上目遣いにおずおずと言った様子で口を開く。


「えと、少し、匂いが強いように思います。香草がきついのかも。あと、焼きすぎな気がします。お肉が硬くなってしまっています」

「なるほど。冒険者時代は古くなった肉を無理やり食べる方法としてそれを作っていたからな。改良の余地有り、だな」


 古くなった肉の匂いを消すために強めの香草を使い、よく焼く事で腹を壊す事を防ぐのは冒険者としては当たり前だが、街に住む人にしてみてば違和感になるのか。

 やはり他人に食べてもらうというのは大きい。自分では分からない問題点が出てくるものだ。


「その、私のサラダはどうでしたか?」


 俺の香草焼きの感想を述べたのであれば、当然自分の料理についても気になるところだろう。期待と不安の入り混じった目でこちらを見るマリーに、なんというべきか迷いうが、ここは正直に話すべきだろう。


「そうだな……悪くない」

「もう、率直に意見しろって言ったのはクラウスさんですよ?」


 違うよ?ちゃんと率直な意見だよ?

 これはちゃんと説明をせねばなるまい、と、慌てて口を開く。


「いや、違うんだ。味としては普通なんだが、一応理由もある」

「そうなんですか?」

「サラダならば下手に凝ったものを作るよりも普通のものでいい。無論、美味しいに越したことはないが、冒険者としてみれば新鮮な野菜が食べられるだけで十分だ」

「あ、なるほど」


 どうやら俺の説明をきちんと理解してくれたようだ。一旦保留とはしたが、これはそのままメニューに乗せるのも悪くない。

 が、やはりもうひと工夫欲しいところか。


「ただ、街の人にとってはありふれているからな。もう少し変化が合ったほうがいいかもしれない」

「ほら、やっぱりあるじゃないですか」


 うん、その通りだ。反論の余地もない。


「……その通りです」

「素直でよろしい!さぁ、他も冷めない内に食べましょう」


 そう言うと残りの料理にも次々に手を出していった。



 結局全てを食べきる事は出来なかったが、一通りの料理の味見は出来たと思う。

 残りはまた後で食べよう。

 で、結果だが……現状のまま提供できると判断出来た料理は4品。


 マリーのシチュー、サラダ、パスタと、俺のパンだ。


 特に俺の焼いたパンに関してはマリーが大絶賛。これは世に出なければならないと、俺のシチューへの評価をそっくりそのまま返された形になった。

 しかし問題がいくつかある。


 まず一つは……


「お肉料理が何もないですね」


 残った皿を眺めながらマリーがそう呟く。

 そう、肉料理がない。お互いに肉料理を出さなかったわけではないのだが、焼き加減や味付などで尽く改良の余地ありと評価されていた。


「うーん、流石にこれはまずいが……暫くは腸詰めやベーコンで凌ぐか」


 すでに加工済みのそれらを仕入れるのは元々予定していた事ではある。

 だが加工済みの食材はどうしても仕入れが高くなるため、できる限り自分達で調理した物を提供する形にしておきたいところだ。まぁそれは後々の課題ということだろうか。


「それに、クラウスさんのパンなんですけど……」

「あぁ、これは出せないな」

「そうなんですよね」


 そういいつつ二人してため息をついてしまう。


「パン屋を通さずに販売するわけにはいきませんから」


 これが二つ目の問題点。

 ここカーネリアでは、パンを販売できる業者が限定されているのだ。


 家庭内でパンを作り食べる分には問題ないそうだが、パン作りを専門にした店以外では作ったパンを販売することは出来ない。

 マリー曰く、そういった法がある、というわけではないのだが所謂不文律という奴らしい。


 パンという生活の基盤と言っても過言ではないものを生産する者を保護する、という側面があるのではないか、と予想する。


 酒場などの店でもパンを提供する場合は必ずパン屋から仕入れなければならないため、自分で作ったパンは自分たちで消費するしか無い。

 実を言えばこのパンは店で提供する料理選定の為に作ったものではなく、単に主食となるものが少なかったので作っただけなのだが、俺の料理の中でマリーに認められたのが提供出来ないこのパンだけだというのが中々に皮肉が効いている。


 料理、それなりに自信あったんだけどなぁ。


「パンのことは一先ずおいておいて、後はナッツ類などの調理不要なものをいくつか用意すれば一応体裁は整うか」


 乾物類は日持ちもするので種類を多く用意しておいても無駄になることは少ないだろう。

 ナッツや干し肉の類は冒険者時代でもよくお世話になった。

 最も、街中で干し肉を出すことはまぁないだろうが。


「もう少し品数を増やしたいですね」


 残った皿の数に乾物類を加えてもそれほど品数が多いわけではない。

 マリーのつぶやきも最もな話だ。


「あと一歩といった料理もそれなりにあったからな。それらを調整すればもう何品かは増やせるんじゃないか」

「……暫く食事は同じメニューばかりになりそうですね」

「そこは致し方ない、な」


 店に出すには少々心もとないが、個人で消費する分には問題ない料理の改良をするのだ、食卓としては悪くないものになるのだろうが、それが暫く続くとなると話は別だ。

 食卓に毎回鶏肉の香草焼きが出てくるのを思うと……まぁ、悪くないか。


 いや、流石に飽きるわ。


「さて、料理についてはこの辺にして……明日は最重要な物を仕入れに行くぞ」


 食べきれなかった料理を仕舞いながらそう声を掛けると、同じく片付けをしていたマリーが不思議そうに小首を傾げる。


「最重要、ですか?」

「あぁそうだ。酒を、仕入れる!」

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