第5話 仮加入、マッケンリー、課題

 受付がそう口にだして視線を向けた先、俺達の後ろへと振り向くと、そこには熊が居た。

 佩刀していないにも関わらず思わず腰に手が伸びそうになった。

 よく見たら違った、男だ。

 ものすごい偉丈夫。歳は30半ばといったところか。

 俺もそこそこ体格はいい方だと思っていたが、それでも見上げる程の大きさだ。

 もさっと立派に蓄えられた髭を撫でる腕も子供の腰くらいはありそうな程で、筋骨隆々という言葉がよく似合う。

 あれで、一目でわかる質の良い服ではなく胸当てを身につけ、バトルアクスでも担いでいれば一端の冒険者だ。


「お出かけになられているのではありませんでしたか」

「あぁ、実は前々からギルド規約について改定する必要があると思っていたのだが、良い変更案を思いついたのでね。急いで戻ってきたのだよ」


 受付が困惑した表情でそう問いかけると、熊はマリーへと視線を送る。

 当のマリーはなんのことか、と小首を傾げるのみだ。

 おそらく、出先でマリーがギルドに赴いた事を聞いたのだろう。流石は商業ギルド本部といったところか。情報の伝達が非常に早い。

 しかし、どうやら走る子馬亭は俺の予想以上に目をかけられていたようだ。


「今、ですか」

「思いついたが吉日というではないか。そうだな……変更内容はこうだ。ギルド規約10条4項。追放された者の再加入は原則的に認められない。ただし、ギルドに取って有益であると判断された者は3ヶ月の仮加入期間を以て正式に再加入を認める」

「それって……」


 ギルドマスターの言葉の意味を噛み砕くマリー。そして、マスターが唐突に戻ってきた理由についても見当がついたようだ。


「あ、ありがとうございます!」


 そういってめいいっぱい頭を下げてみせるマリー。


「もう50年も昔の規約だからね。いい加減改定をしなければならないとは思っていた。とはいえ、少し勘違いをしていないかね、マリアベール」

「えっ?」

「こう言ったはずだよ、ギルドにとって有益であると判断された者は、と」


 その言葉マリーの顔からサーっと血の気が引くのがわかった。


 この男、別段悪い男ではないだろう、というのは話の流れで理解できる。

 が、人の良い者が仕事のできる者かと言えばそうではない。公私の境界をしっかりとわけ、組織に対して利益にならないと思えばバッサリと切り捨てるだけの非常さと、清濁併せ呑む強かさがなければギルドマスターなど務まらないはず。

 まぁ、彼が何を要求してくるのかは、大凡わかってはいるが。


「つまり、儲けて見せろって事だよ、マリー」

「君は?」

「クラウスだ。マリーと共に走る子馬亭を立て直す男だと覚えてくれ」

「そうか、君が。私はマッケンリー。カーネリア商業ギルドのギルドマスターを勤めている」


 差し出された、石も握り潰しそうな大きな手を握り返すと、見た目に反して手のひらは思いの外柔らかかった。その分、指先や指の関節付近が固くなっている事に気づく。

 ペンだこという奴だろうか。

 だが外見に見合うだけの握力がある。正直痛い。

 いや、痛すぎるぞ。

 ちょっと待て!イタタタタタタタタ!!折れる!折れる!


「アーノルドさん……マリアベールの父上には若い頃世話になってね。マリアベールがこちらに赴いたという話を聞いた時は正直安心したものだが、君のようなどこの馬の骨とも分からぬ輩が共同経営とはね。私の不徳の致すところだ」

「そう、思うなら、もう少し、やりようが、あっただろうに」


 ビキッと音がした気がする。大丈夫か、俺の右手。いや、もともと力が入らない右手だがこれ以上握力が下がるのは勘弁して欲しい。というか、感覚無くなってきた。


「マ、マッケンリーさん!」


 顔面真っ赤で冷や汗も出てきたところで漸くマリーが間に入ってくれた。


「はっはっは、ちょっと挨拶していただけさ」


 パッ、と天然の万力が俺の手を離すと、マリーに向かって笑いかける。

 全く随分な挨拶だ。

 もう少し遅ければ俺の右手は踏み折られた小枝みたいになるところだった。


「さてマリアベール。君は奥で再加入の手続きをしてくるといい」

「いやマスター。再加入の手続きなんて規定にありませんよ」

「規定は後々改めて作ろう。今日は一先ず通常の加入手続きで進めてくれ」


 受付に対してそう指示を出すと、了解したと言うかのように受付は小さく頭をさげ、マリーを奥の部屋へと案内する。

 先程のマッケンリーとのやり取りがあってからか、2度3度と俺とマッケンリーを交互に見た後、大丈夫そうだと判断したのか受付の後についていった。

 残されたのは俺とマリー大好きおじさんことマッケンリーだ。


 正直、空気が重い。


 先程の会話を思い出すに、マッケンリーからすればマリーは恩人の娘。

 ともすれば妹に近いような感覚なのかもしれない。

 であるならば、確かに昨日あったばかりの俺のような男と共同経営というのは不安でしかないだろう。

 まぁ本音を言えば、あの提案にマリーが乗ってきたことに俺が一番驚いているんだが。

 お互いが無言のまま暫しの時間を耐えていると、おもむろにマッケンリーが口を開く。


「さて、クラウス君といったか。率直に言おう。私は君を信用していない」


 そりゃそうだろうな。俺だって信用しない。


「それで、俺になにかさせようってのかい?」

「信用とはそういうものでは無いことはわかっているだろう?」


 そういってジッと真っ直ぐな視線でこちらを見てくる。

 

 信用とは、日頃の積み重ねだ。何かを達成したから得られるというものではない。


 正直、マッケンリーを直視したくないんだが、ここで目をそらすようでは信用を得るなど夢のまた夢。

 こちらも真っ直ぐにマッケンリーの視線を受け止める。


「そのための3ヶ月ってことだよな」

「それが分かっているなら良い」


 俺の答えに満足したのか、小さく頷く。

 3ヶ月間で信用を得てみろ、ってか。

 信用はあくまで人の捉え方次第だ。数値化できるものではないだけに、達成出来ているかの判断が難しい。

 最悪、周囲の人間の信用を得られたとしても、マッケンリーがそうではないと判断すればそれが結果だ。つまり、マッケンリー本人の信用を得ろと、そういうことになる。


 中々に厳しい条件だな。


 そもそも第一印象が最悪といってもいい。ここから盛り返すのは骨が折れるだろう。

 これなら3ヶ月で金貨3枚分を稼げと言われたほうがよほど気が楽だ。


 まぁ逆に考えれば、数字に出ない分やりようはある、ということだろう。

 とはいえ、俺の信用一つで走る子馬亭の行く末を左右するのだと考えると油断は出来ない。

 というか、それでマリーの行く末すら決まってしまうのはどうなんだろうか。流石に責任重大過ぎやしませんか。


 そうこうしている間に、早くも奥の部屋から受付と共にマリーが出てきた。

 よくよく考えれば通常の加入手続きならばこの場ですぐにできるはず。

 ま、さっきの話をマリーに聞かせるべきかと言われれば否だ。そういう事だろう。


「さて、マリアベール。3ヶ月の仮加入期間だが、君にはその期間のうちに走る子馬亭を冒険者の酒場として軌道に乗せてもらう」

「いやちょっと待て、さっきの話はどうした」

「さっき?なんのことかね?」


 話が違う、と慌てて口を挟むとわざとらしくそう応えるマッケンリー。

 あ、そういうこと。あれはあくまで俺に対する課題って事ね。

 まぁ確かに、俺がマッケンリーの信用を得る事がギルドに対して有益になるかと言われると素直に首肯できない。

 ということは、ギルドとしては走る子馬亭を冒険者の酒場として復活させたい、ということが主題になるわけか。

 ふむ、ならば走る子馬亭をしっかりと立て直せればマッケンリーの信用を得ることもできるかもしれないな。


「クラウス君の事はさておき、これはギルドへ正式に再加入するための最低条件だ。頑張ってくれ」

「わかりました」


 俺と出会った時とは違い、しっかりと力のある視線でマッケンリーをまっすぐに見つめると、そうはっきりと応えるマリー。

 これが本来の彼女なのかもしれない。これを萎れさせてしまわぬよう、しっかりとしなければな。

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