第4話 再加入、ギルド規約、マスター

「それはできませんね」


 俺の目の前にいる商業ギルドの受付は、眉一つ動かさずにそう言ってのけた。


「何故だ」

「ギルドの規約ですから」


 そういえばそんな事が書いてあったような気もしなくもないが、あんな分厚い規約全部覚えていられるか。


「どうしてもか?」

「えぇ」


 この鉄面皮め!

 取り付く島もない様子の受付に頭を抱えると、俺の隣にいるマリーは俯くばかりだった。

 何故俺たちが商業ギルドに出向いているかと言えば、話は昨夜に戻る。



 ひとまず共同経営とすることで同意した俺たちだったが、店を立て直すに際して問題が山積みだ。

 店に出すメニューの研究や酒の仕入先の確保など細々とした問題も多かったが、最も大きな問題が、商業ギルドを追放されていることだ。

 あの経営状況では組合費を捻出することなどできるはずもなく、マリーは何ヶ月か分の滞納を経て商業ギルドから追放されていた。

 この街で商売をしていくのであれば商業ギルドへの加入は必要不可欠。

 まずは商業ギルドへの再加入から着手しなければならない、というのが二人の結論だった。



 ということで日が昇って早々に商業ギルドへと赴いたのだが、返答は先の通りだ。


「ギルド規約10条4項、追放された者はいかなる理由があっても再加入は認められない」

「ぐぬぬ」


 もともと荒くれ者が集まる開拓の街。ギルドへの加入費は無料と大盤振る舞いだったが、その分一度追放された時の懲罰は大きかった。

 確かに、加入費無料なのだから何度も加入できてしまっては問題になる。


 いや、そうでなくとも問題になるか。


 ともかく、このままでは一度追放されてしまったマリーはギルドへの加入ができない、ということになる。

 無論、このままギルドの加入せずに商売を行うという選択肢もあるにはあるが、そうなると当然ギルドの提供するサービスを受けられない。

 特に問題になるのは徴税に関する問題だ。

 カーネリアでは商売に関する税として売上税というものが存在している。

 商業ギルドに加入していれば月の売上を報告するだけでギルド側で税の計算をしてくれるのだが、加入していなければ自分で税の計算をしなければならない。

 計算自体はまぁ面倒ではあるができないことは無いのだが、問題はそれが正確かどうかだ。

 万が一税の計算が間違っているようであれば脱税となり、お縄を頂戴する自体になりかねない。ちょっとした計算間違いで投獄は勘弁して欲しい。

 そのあたりの安心を買うにもやはりギルドへの加入は必須なのだが、このままでは店を開く事すら危うい。

 折角共同経営ではあるが自分の酒場を持てると思った矢先にこれとは。


 ……あ、待てよ。


「いや、そうか。俺がギルドに加入しているのだから問題ないのではないか?」


 今更ながらそれに気づく。

 なんという迂闊。なんだ、何も問題無いじゃないか。

 俺の天才的発想で問題解決、かと思いきや、マリーが俺の袖を引っ張って小さく首を左右に振っていた。


「それもダメですね」


 マリーの言いたいことを告げるようにして受付がそう口に出す。


「何故だ」

「ギルドの規約ですから」

「またそれか!」

「ギルド規約15条1項、ギルドの提供するサービスを受ける店舗はギルド組合員の所有する店舗でなければならない」

「……そんな規約あったか?」

「あります」

「……」


 なんだその規約は!?


「それでは貸店舗が成り立たないではないか」

「えぇ、カーネリアでは貸店舗は存在していません」

「えぇ……」


 店舗は別の人物が所有しながら、店の経営自体は別の人物に任せる、といった形態は他の街では当たり前のように存在しているのだが、カーネリアではソレがないという。

 危ない。俺ももともとは貸店舗を探すつもりでいたんだった。


「何故そんな意味不明な規約があるんだ」

「まだこのギルドが出来たばかりの頃、とあるギルド組合員が、まだギルドに加入していない人に向けたギルドのサービスを代行する商売を初めたから、と聞いています」


 なるほど、よく考えたものだ。

 カーネリアの商業ギルドにおけるギルド組合費は、ギルドのサービスを受ける費用も含まれているため、各種サービスは基本無料で受けることができる。

 となれば、ギルドの組合費よりも安い値段でサービス代行を始めれば多くの人はそちらに流れるだろう。

 ギルドからしてみれば、仕事量は増えるが収入は増えないわけで、対処するのは当然か。


「共同経営ということですし、走る子馬亭の所有権を一度クラウスさんに移譲されては?」


 そう、受付が提案してくるのも当然といえば当然のことだろう。それが最も手っ取り早い解決策だからだ。

 そしてそれに強く反応するマリー。

 掴まれていた袖が一層強く引っ張られる。


「それは却下だ」


 無論、答えは決まっている。そのための共同経営なのだ。俺が所有権を取得してしまっては意味がない。

 すぐさま返答した俺の対応にマリーはホッとした様子で袖から手を離した。


「しかし、このままですと走る子馬亭はギルドのサービスを受けることは出来ませんよ」

「うーーーーーーむ」


 結局そこに行き着く。

 マリーの再加入は難しい。かといって俺が走る子馬亭の所有者となるわけにも行かない。

 八方塞がりとはこの事か。


「どうにかならんか?」

「無理ですね」

「そこをどうにか」

「ただの受付に何を期待しているのですか」


 そんな押し問答を繰り返す事数度、不意にコツコツという足音が近づいてくるのに気づく。


「ただの受付でなければ、どうにかなる話ではあるな」

「マスター!」

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