第3話 過去、提案、クラウスとマリー
ポツリポツリと語りだした彼女の話によると、この店は祖父の代から続いており、両親がそれを継いで切り盛りしていたらしい。
当時は従業員も多く、彼女も店員の一人として働いていたそうだ。
だが1年前、近くにモンスターが巣を作っているという情報があり討伐隊が編成された際、店を継ぐ前は冒険者をしていた両親も加わった。
結果は予想通り。
事前の情報よりも大規模になっていた巣の討伐には大きな犠牲を強いることとなり、彼女の両親もその一人となってしまったそうだ。
その後は言わずもがな。
仕入れから調理から主だった作業はすべて両親が行っていた影響は大きく、まともに料理も提供できなくなり、大勢いた従業員も一人辞め、二人辞め、そして最後には彼女しか残らなかった。
祖父の代からの店ということで商業ギルドも目を掛けていたようで、建物を商業ギルドで買取、他の人に経営を任せるという提案もしていたらしい。
俺が入店した時のセリフはそういうことだったようだ。
「なるほどな」
一通り話し終わったのか、テーブルを挟んで正面に座る彼女はうつむいたままだ。
正直、ギルドでのやり取りを聞いた限りではもっと単純な話だと思っていたのだが、思った以上に複雑な状況にあるようだ。
だが、話を聞く限り疑問に思う点はある。
「ギルドの提案を断るのは何か理由があるのか?」
聞いた限りの話では、ギルドの提案は破格だ。
普通であれば空き家になった建物をギルドが接収し中古物件として売りに出すものだが、建物を買い取ろうというのだ。それだけこの店は大きな影響力が合ったということだろう。
「……父と母と過ごした家ですから」
「すまない、野暮な質問だった」
絞り出すように呟いた彼女の言葉に、我ながら馬鹿なことを聞いたと後悔する。
誰が好き好んで亡き両親の思い出の詰まった家を手放そうとするものか。
俺の謝罪を最後に暫しの沈黙があたりを包む。
さて、どうしたものか。
心情的に言えば、どうにかしてやりたい、という気持ちが強い。
あのシチューが旨すぎた事もあるし、元冒険者の両親というものに親近感を抱いたのもある。俺がやりたかった冒険者の酒場だ、ということもあるし、彼女が不憫に思えてしかた無いのもある。
逆を言えば、このまま放置するという理由を探す方が大変だ。
強いて言うならば、どうにかする方法を思いつかない、という理由だけだろうか。
うむ、それは重要な理由だな。
現状を整理すれば、彼女はこのままこの酒場を継続していきたい。
だが、商売に関するノウハウがない。
さらに人手も足りない。
そして何より金がない。
ないない尽くしだ。
とはいえ、商業ギルドにも一目置かれるだけの店だったのだ。知名度はある。
経営の規模を縮小したとしても店をしっかり再開できる状況に持っていければ立て直しの可能性が無いわけでもない。むしろある方だろう。
ではそのないないを補えれば、またこの酒場をやり直す事ができるのではないか。
しかし、商売のノウハウがあり、人手も増えて、金もある。
そんな都合のいい存在を用意する方が難しい。
……いやまてよ。
いるじゃないか。
「一つ、提案があるんだが、いいか?」
「はい?」
「俺とこの店を立て直さないか?」
「……えっ!?」
突拍子もない事を言っているのは自分でも理解している。
当然、彼女もそんな反応だ。
だが、あのないない尽くしを打開できる条件が、俺にはある。
「俺はこの街に来たばかりだが、実は酒場を開こうと思っていたんだ」
「酒場……ですか」
「そうだ。つい最近まで冒険者をやっていたが、実家は小さな商家でな、商いのノウハウは多少知っているつもりだ」
「それは有り難いのですが、あなたを雇うだけのお金がありません」
「言ったろう、酒場を開こうとしていたと。冒険者時代に稼いだ金がそこそこある。それを使ってこの店を立て直したい」
「それは…店を買い取る、ということですか?」
「それでは商業ギルドの提案と何も変わらんだろう。言っただろう?一緒に立て直したい、と。店は君の物のまま。経営に関しては少々口出しさせてもらうだろうから……そうだな、共同経営、といったところか」
そこまでを聞くと、目を丸くしていた彼女の瞳に光が灯った事が見て取れた。
そしてそれと同じように、俺を見る目に不信の色が浮かんでいる。
「どうして、そこまで?」
「理由はいくつかあるが、もともと酒場を開こうとしていたんだ。こんな立派な酒場を経営できるのであればそれに越したことはないし、なによりあのシチューを表に出さないのは罪だよ」
「ふっ、あはははは」
おかしい。俺は至極真剣に答えたつもりだったのだが、何故か彼女は大笑いしている。
「な、何かおかしかったか?」
「ふふ、いえ。今まで私の境遇を聞いて、同情心で声を掛けてくれる人は沢山いました。でも、こんなに自分勝手な理由で助けようと言った人は初めてで。しかもシチューって」
「そんなにおかしな事かな」
「そうですよ。たかがシチュー1杯で自分の店を諦めようなんて思う人はいませんよ」
うーむ、あのシチューにはそれだけの価値があると思うのだが、まぁ人の価値観はそれぞれということにしておこう。
実を言えば、先程の彼女のあらましを聞き、大きな理由が一つできたのだが、これは言わないでおくのが良さそうだ。
ともかく、こう笑われていては話が進まない。小さく咳払いをして場を一度リセットする。
「で、どうだ?」
「以外とせっかちなんですね。それよりもまだお互いに名前すら知らないでしょう」
「む、そうだったな」
俺としたことがうっかりしていた。名も告げていない相手に対してする話ではなかったな。
「俺はクラウス・ハーマンだ」
「私はマリアベール・ブラウンです。マリーと呼んでください」
そういってどこか憑き物が落ちたかのように笑いながら手を差し出すマリー。
その手を握り返しながら、口角を上げてみせる。
「これは交渉成立、ということかな?マリー」
「そう取っていただいて大丈夫ですよ。クラウスさん」
こうして、俺のカーネリアでの生活の第一歩が踏み出されたのだった。
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