第29話 逃げる者
「はい、今日も補習終わり〜。さよーならー」
加藤センの号令に「はぁぁー」とため息が漏れる。
今日で4日目。あと3日行けば補習から解放されて、夏休みを楽しめる。学校で勉強しているのにも関わらず、宿題はなんにも進んでないけど。つか、わざわざ別のプリントじゃなくて、宿題させろや!!
「お迎えありがとう」
「ん、別に……」
4日目となるとあんまり否定しなくなったな。
未那はいつも通り校門前で待っていてくれた。暑いからわざわざ迎え来なくてもいいって言ってるのに……
『別にお兄ちゃんが家にいないから暇だとか、寂しいとかじゃないからっ。というかア、アタシの勝手でしょ!』
と言われてしまったから仕方ない。
「この近くにサイゼあるし、何か食べて帰るか?」
「うん。もちろんお兄ちゃんの奢りね」
「はいはい」
こうやって補習終わりの昼間にどこかに寄るのも日課になってきた。結構お金使っているけど。
夏休みのためファミレスは学生らしき若者の姿が多く、かなり混雑しているようだ。
「なに頼む?」
「一番高いやつ」
「え、お酒……? お兄ちゃんそんな悪い子に育てた覚えないわよ!」
「未成年どころかアタシ、中学生だからお酒飲める訳ないでしょ。あとアタシ悪い子じゃないし……」
うん、天使の子だろ。
「て、天使の子って馬鹿にしてるの!」
おや、口に出てしまったようだ。
兄妹仲も仲の良いままである。
俺が補習に行っている間、勇臣はもちろん、遙と七香の監視ができない。勇臣と遙は親が温泉旅行を当てたとかで今頃は2人でどこかに行ってて、七香と辰と鉢合わせることはないだろう。
プールの件で、遙と辰が鉢合わせなかったことでルートがまた変わっている。正常ルートは回避していると思うが、別ルートのどれかにいくと厄介だ。
そして俺が寝取り対象と勘違いされていることで、ますます今後のルートが全く分からない。
が、もし……俺が勇臣の立場と重なっているのなら……
『へっへっ……お前の彼氏より太くて長持ちのチンポ様だぞ。おいっ、もうちょいいい声で泣けよぉ?』
『……やめてっ。私には……私には彼氏が……』
『あん? お前の彼氏、俺の妹に夢中じゃねぇかぁ……こっちも仲良くしょうぜぇ、なぁ……?』
あのクソみたいな寝取り光景が。辰に無理矢理ヤられているのが、遙ではなく——
『お兄ちゃん……お兄ちゃん助けてよ……』
————未那だとしたら。
「っ……」
ゾワリと鳥肌が立つ。冷房が効いて心地よかった空間は、今は寒気がする。一瞬でも想像してしまっただけで……気持ち悪い。想像じゃなかったら、心がボキボキに折れるだろう。
「お兄ちゃん?」
「っ、ああ、何?」
「アタシ食べるの決まったからメニューどうぞ」
「ありがとう」
メニュー表を受け取る。その際手が触れ、未那がツンデレを発動させた。そんないつもの姿に胸が温かくなる。
未那。お前はお兄ちゃんが絶対守るからな。
「ふう、美味しかった」
注文したミラノ風ドリアと辛味チキンを平らげる。
「デザートは?」
「どうしよかなー。先に決めてて良いよ」
「分かった」
未那がメニューを見ている間、窓際の席だったので、ボーと周囲を見る。
……ん? んー? あれは……
「……七香?」
視線の先には交差点があり、そこには信号待ちをしている私服姿の七香の姿があった。だが、信号が青になっても動かない。それどころか、なにかを待つように落ち着きがない。
何してるんだアイツ……。
「この、イタリアンプリンも美味しそう……ってお兄ちゃん聞いてる?」
「ん、ああ。聞いてるぞ、ちゃんと」
「そ。なら良いけど」
未那がまたメニューに視線を移すのを見て、俺も七香をチラ見。
すると、七香と視線が合った。
彼女は動揺するように瞳をキョロキョロ動かすと……逃げた。
ほんと、何やってるんだアイツ……。
「すまん未那! ちょっと外に出てくる! ここで待ってろ!」
「えっ、お兄ちゃん……!」
荷物やらを置き、七香を追いかけるために店を出た。
「はぁはぁ……おい七香!」
男の足にはさすがに勝てず、七香にはすぎに追いついた。
「もしかして、俺たちをあそこで観察してたのか?」
「そ、そうだったら……なんなの?」
「……ストーカー」
「アンタが言える事か!」
「と、まぁ冗談はさておき……なんの用だったんだ?」
ビクッと七香が肩を揺らす。
ん? もしや、何か言いにきたのか……?
口をモゴモゴさせ、言いにくいといったところだ。
未那を1人にしておくのもなんなので、早めに済ませたい。
「もし、俺に伝えたいことがあるなら言ってくれ。俺は七香が寝取りに関与してなければ、普通に良いやつ。つまりは、七香のことを信用する……はず」
「はずって、どっちよ」
ジト目で返されたが、俺の言葉を聞き、言うことを決心したのだろう。
七香の口が開いた。
「じ、実は……アイツが————」
『なんだったんだろうな。まぁいいや』
お兄ちゃんならそう言うと思っていた。
信号待ちをしていた女の人。遊園地の時、会った人だ。お兄ちゃんと同じ学校の後輩さん……。
なんもない人なら追いかけないはずなのに……やっぱりあの人、お兄ちゃんの……
悩んでいると、誰かがアタシの前で止まった。
「みーつけた」
「……え?」
まるで探していたような口ぶり。
だが、アタシは目の前に立つ、サングラスを掛けたチャラい男とは——初対面である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます