第10話 ファーストキスを阻止しろ
「先輩って、今の彼女さんで満足できてます?」
カラン
アイスコーヒーの氷が溶けて音を鳴らす。
一拍前に耳に届いた言葉に勇臣は驚いたように、七香に視線を移す。
「あ、ちょっと動揺しました?」
「ど、動揺なんかしてない。いきなり七香が変な事を言い出すから……」
「変なことって、別に普通の質問ですよ? そ・れ・で……今の彼女さん、遙先輩には満足してますか?」
「あ、当たり前だろっ。遙は昔から一緒で、毎日うちに朝ごはん作りに来てくれるし、お弁当だって持たせてくれる。勉強は苦手だけど、最後まで教えたらやるし、た、たくさん甘やかせてくれるし……」
一通り勇臣の話を聞き、七香は笑う。
「あはっはっ、そうですか。それは素敵な彼女さんですねぇ。……でも正直なところ、飽きてません?」
「飽きる? 俺が遙に?」
「はい。だって数十年前からずーっと一緒でお互いのことは大体把握済み。恋人になれたーっと、言っても新鮮味がないじゃないですか。やってることは幼馴染の頃とあまり変わってないんですから」
(それがいいんだろ、バカヤロ!! 幼馴染から恋人になるというのは、どんなヒロインよりも片想いが成就された時なんだ! 感動的すぎて涙で前が見えないんだよ! 変わらない幸せが続くってめっちゃ幸せなことなんだぞ!! ……なのに最近は幼馴染は負けヒロインだとか……ざけんじゃねーよ!)
「ちょっと翔ちゃん。そんなにパフェタワーの容器に力を入れたら割れるでしょうが」
「すいません、店長。自分の握力を鍛えたくて」
「あらそう、ならワタシお気に入りのハンドクリップを貸してあげるわ」
食器洗いをしている翔太郎はチラチラと勇臣と七香を監視する。
2人の席は、食器洗いをしている翔太郎でも声が聞き取れる距離にある。この席に案内したのは、仕事しながら会話が聞き取れるからだ。
店長に気をつけて翔太郎は2人の会話に耳を澄ませる。
「それにですよ先輩。いくら遙先輩のことが好きでもちゃんと恋人っぽいことはできているでしょうか? どーせ、キスとかもまだなんでしょ?」
「ゔっ、そ、それはこれからちゃんと段階を踏んで……」
「これからこれからって……そんな事言ってるから私みたいな女が現れちゃうんですよ。先輩は無防備すぎるんです。ちなみに私なら、身体のいろんなところで毎日先輩を幸せにできますよ? だから〜、あんな一緒にいた時間だけが取り柄の女より私を選んでくださいよ」
自分の彼女を悪い風に言われ、さすがの勇臣の顔も険しくなる。
「ふーん、なんです? その顔。彼女さんの悪口言われるの、嫌なんですか?」
「確かに俺と遙は長年一緒にいて、お互いの事や癖を色々知っているし、今の生活は幼馴染になる前と変わらない。けど……俺は遙といる時が一番好きだ。だから好きな人と恋人なのに飽きも不満もない」
(よく言った、よく言ったぞ主人公ぉぉぉぉぉ!!)
「あの新米バイトくん、泣いてる……?」
「え、怖っ……そんなにこのリア充空間が嫌なの?」
「いや〜ん先輩、男らしい〜♪ うふふ。でーも、そんな都合のいいこと言っていい立場なんですか? 彼女さんより、揺れてる私のおっぱいをよく見てる先輩が言っていいんですか? 男なら絶対エロい目で見ちゃう、このマシュマロおっぱい。中学の頃から急に大きくなっちゃってぇ、ブラウスとか体操服とか全部パッツパツでぇ、身体のライン丸わかり。先生や男子にチラチラ見られちゃって〜、オナネタにされてるかもー」
「た、確かに目がいったのは認める。けど、こんな事俺以外にもやってるんだろ?」
「いいえ、してませんよ。私、こんな感じなので、ヤリ目的で近づいてくる男の人が多いんです。はぁ、全く、勘違いしちゃって迷惑ますよー。でも……」
七香は勇臣の唇に人差し指を押し付ける。その際、前屈みになり、巨乳がテーブルに押し付けられる。ゆさっ、という衣擦れの音。――たぷにゅ、という誘惑するようなわざわざとらしい音もしていた。
「一緒に居たいと思うのは先輩だけです。……にひっ、今ちょっとだけにやけましたね。そんな事言われたら、私のこと意識しちゃいましたか?」
「そ、そんなわけないだろっ」
ペシっと七香の指を払う勇臣。だが、身体は熱を帯びていた。
「ふーん、つまんないのー」
七香は不貞腐れた表情になる。かと思えば、勇臣の唇に触れていた人差し指指をパクリ……自分の唇で咥えだした。
「え、ちょっ……」
ちゅぽ……ちゅぽ……ちゅっ……ちゅっ……
舌を絡めて、いやらしく、見せつけるように舐める。
勇臣はその光景に、小さく声を上げながらも、視線は外せなかった。
「ふふ、先輩いけないんだぁ。彼女以外で簡単に顔を赤らめちゃダメですよぉ? ほーら、意識しちゃダーメ。私はただの後輩、貴方の彼女ではないんですから」
「な、七香がやるのがいけないんだろっ」
「えー、私がいけないんですか、そうですか……ねぇ、先輩」
「な、なんだよ」
「バレなければ浮気にはならないんですよ?」
どくり――と心臓が脈打つ。体温が上昇する。
「お、俺が遙を裏切って浮気なんてするはずないだろっ」
ハッキリと断言する勇臣。けれど、声は震えていた。
ブラウスの硬い布地を内側からピチリと緊張させる、たっぷりと膨らんだ巨大な乳。煩悩に支配された男の欲望をそのまま現したかのような、常識外れのデカさ。
男子を嘲笑うかのように、短く捲くられたスカート。紺色の裾から溢れ出る、むちりとした光沢のある太腿。
改めて七香を見た勇臣。
頭の中は遙、目の前には七香……
「あはっはっ、動揺しまくりじゃないですか先輩〜。やっぱり先輩は悪くないですね。彼女に隠れて誘惑しちゃう私が全部悪いんです。だから……これも私が悪いんですよ。私のせいにしてください」
七香がまた前屈みになる。
今度は勇臣の顔に触れ、唇を近づけてきた。
――やっぱり自力ではダメか。
誰かか呟く。
今まさに唇がくっつこうと——
「お客様、当店は大変混み合っていますので、食べ終わりましたらお会計をしていただきたいのですが」
「「っ!?」」
翔太郎の声に反射的に顔を遠ざけ合う2人。
その後は何事もなく、帰ってきた遙と会計を済ませ、3人は店を出た。
「ありがとうございました〜」
レジ打ちの俺は、3人が出ていった事を確認し、一息つく。
あの時、七香が勇臣にキスしていたら……
『キスしちゃった、先輩……♪』
『遙、お前……なんてことを……っ』
『私が全部悪いんです。だから彼女さんに言ってあげてください。「俺は悪くない。七香に無理矢理されたんだ」って』
『そんな事、言えるわけ……』
『じゃあこのキスは——秘密ですね』
ここから2人の寝取りへの関係がスタートするところだった。
今回のファーストキスルートは潰したが、油断はできない。
「あの子、さっきの彼を寝取ろうとしているのね。全く、人様の恋人を狙ってるなんて、メッ」
「え、分かるんすか店長」
「ワタシを誰だと思っているの。あの小悪魔っぽい女、いかにも奪ってやりますよっていう瞳をしていたわ。でもあーゆータイプは元々寝取り癖があったってわけじゃないわね」
「と、いうと……」
「あの子が人の恋人に魅力を感じ出したのは、彼女の周りに原因があるんじゃないかしら」
「また邪魔された……なんなのなんなの男……っ」
キリッと爪を噛み、浮かべる顔はただ1人。愛しの人でもなく、その隣にいる邪魔者でもなく……
「御手洗翔太郎……厄介な男……」
思い浮かべるのはあの憎ったらしい顔。せっかく先輩のファーストキスを奪うチャンスだったのに……。
悶々としながら、七香は家のドアを開ける。
人が落ちてきたと穴に、中は電気が付いてなくて薄暗い。
「……ぁ……んぅ……」
「……っ、と……お……はやく……」
気と静けさが支配する空間に男の声と卑猥な水音が響き渡っていた。
「あんあんあんあん♡」
「オラッ、もっと鳴けやっ!」
リビングに入ると、それはハッキした。
ソファで生まれたままの姿で抱き合う男女。小刻みに覆い被さる男の方が動いている。
イカくさい匂いが充満して、とてもその場にいられない。
男の方に七香は冷たく声を掛ける。
「また女連れ混んでやってるの?」
「あ? あー、帰ってきてたのかぁ七香。お帰り〜」
「……んぅ? あー、その子が例の……」
「そうそう、俺の自慢の妹」
「確かに中々可愛いジャーン。手は出し済み?」
「いや、ヤッら絶交って言われたから、中々ヤれなくてさーっ」
「だから私らが分かりって事? ひっどい男〜」
「ああん? 彼氏いんのに、そいつのちっせえチンコのせいで満足できないって週3で俺のところにくるお前が言うか?」
「あはっはっ、私らがサイテーだったわ。ごめんごめん」
一通り笑いあかし、行為を再開。
七香は特に気にする事なく、冷蔵庫から作り置きが入ったタッパーと飲み物を持ち、2階の自室に上がる。
「はぁ、先輩とも早くヤリたいなぁ……」
私が寝取りに目覚めたのは、全部この家族のせい——。
"New" ルートが2つ解放されました。続けますか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます