未知
ー何処からか、ハープの音色が流れて来た。
「まあ、なんて素敵。」
「ええ、本当に。近頃、よく窓辺でハープを弾いてらっしゃって。私達皆のことをロナウ様は大切に思って下さってるんだわ。」
「本当よねえー」
おしゃべりに花を咲かせるメイド達の侮蔑の籠もった視線が、フリーシアに注がれる。
「そう言えば、あなた知っている?今度王宮で舞踏会が開かれるそうよ。」
「まあ、素敵。どんな方が招待されるのかしら。」
「侯爵家の御令嬢だそうよ。ロナウ様との顔合わせの為に、場を設けたそうよ。」
「じゃあ…」
「御結婚されるのじゃないかしら。」
きゃあっと歓声が上がる。
「どんな方なのかしら?」
「とてもお美しい方だそうよ。」
「ロナウ様は、至高の宝石のような完璧な方ですもの。その隣りに立つのは、相応しい方でないと。」
「醜女では様になりませんわね。」
「恋物語でなく、笑い話になってしまいますわ。」
フリーシアをチラリと見遣り、くすくすと笑い合う。
「ロナウ様のお側で、お仕え出来たらどんなに素敵かしら?」
「とってもお優しくて、紳士だそうよ。」
「見た目通りの、神のような方なのね!そのメイドは美しかったのかしら?」
「ええ、そうね。」
「なら、あなたもお側で仕えることが出来たらお近づきになれるかもしれないわね。」
「そうかしら。」
「貴方だって美しいもの。醜女ではちょっとねえ?」
「そうねえ…」
メイド達が、フリーシアの横を通り様、積み上げてあった洗濯籠にぶつかり、跳ね上がった泥が、洗濯物とフリーシアを汚した。
「まあ、汚い!こんな所で洗濯なんかして、邪魔なのよ。少しは他人の迷惑を考えたらどうなの?」
「何処の田舎者か知らないけど、常識が無いわね。」
「す、すみません…」
フリーシアがアタフタと、洗濯物を掻き集めていると、新たな洗濯物が積み上げられた。
「これも、洗っといて頂戴。」
「?は、はい…」
「新人は、誰よりも早く起きて、誰よりも遅くまで、働くのよ。何も知らないの?あなたの為でしょ?」
「申し訳ありません…」
蔑みと、怒りに彩られた悪意に満ちた目で睨まれる。
「本当にみっともない。只でさえ、見目が良くないのだから、少しは身奇麗にした方が良いわよ。」
「本当に恥ずかしくないのかしら?曲がりなりにも女性なのだから、もう少し、ねえ?」
「私はとてもじゃないけど、恥ずかしくって。こんなみっともなく無くて良かったわ。」
泥塗れで、洗濯物を片付けるフリーシアを、メイド達は嘲りながら、その場を去った。
フリーシアは、へこたれそうになりながら、洗濯物を片付けていたが、その内日が落ちてきた。
「まったく何時までグズグズやってるんだい!この役立たず!」
ついに、メイド長がやって来て、カミナリを落とされた。
「洗濯程度のことも禄に出来ないで。常識もない、何も出来ない子だね。」
「さっき、洗った洗濯物をひっくり返されて、他にも増えたので…」
「ふ~ん…」
メイド長は、チラと見ると、直ぐ話題を変えた。
「あんたは、本当に常識がなくて、私はいい迷惑だよ!あろうことか、王子様に粗相をして、私が、家政婦長にこっぴどく叱られたじゃないか!やんごとなき方々には、お顔を拝見することも、言葉を交わすことも、近づくことも、全部ご法度!肝に命じるんだよ!」
「は、はい!」
「もう、時間が遅いから洗濯が間に合わないだろう。これを使いな。汚れが良く落ちる。ちょっと日が陰っても大丈夫だろう。」
「か、かしこまりました。」
メイド長から受け取った、何か粉のようなもので、見る見る汚れが落ちて、洗濯は終えられたが、肌にきつかったのか、手のひらの皮が全部めくれてしまった。
そういえば、これを使う時は皆、手袋をしていたような気がする。
何も知らされてなかった。
何も知らない。
常識がないから悪いと言われる。
私が人魚だから?
人間ではないから駄目なの?
お母様にあんなに人間と関わってはいけないと言われたのに。
やっぱりお母様は、正しかったのだ。
何も知らないから夢を見ていられるんだって。
夢を見ていたつもりは無いけれど、こんなに何も出来なくて、どうにもならなくて、辛くて、苦しいだけとは思わなかった。
ロナウのハープの音色が聞こえる。
美しいと、皆、褒めそやしていたけれど。
美しいけれど、それよりもっと悲しい。
始めて会ったあの頃の子供が泣いている。
「私も…」
フリーシアの瞳から、涙が零れた。
「人間界に来なければ良かった!ずっと、海の底に居たら良かった!人に興味なんて持たなければ良かった…」
きっと上手く行かないって。
自分でもそう思っていたのに…
ヒリヒリと痛む、手のひらを包んで、泣きながらハープの音に耳を傾けた。
悲しくて、綺麗で、優しい音。
気のせいか、私に語りかけているような…
メイド達は、私は美しくないから、ロナウには美しい人が相応しくて、城の皆を大切に思ってるって。
そうなのかな…
私が常識が無いから分からないのかもしれない。
「でも、私をフリーシアって…」
人魚の姿になっていたことは、自覚していなかった。
悪戯好きな妖精は、教えずに黙っていた。
「私に語りかけているような気がするのは、皆が言うように、身のほど知らずなのかな…」
ハープの音色に合わせて、歌う。
悲しくて、寂しくて、優しくて、小さな灯火のような温もりに、涙を流して、いつの間にか眠っていた。
「フリーシア、フリーシア。起きなよ。」
頬を突く感触に、目を覚ます。
少しウトウトしていたようで、そんなに眠っていなかったようだ。
「どうしたの?妖精さん。」
「あの、人間。血を与えた人間。何かおかしいよ。」
そう言われて、ロナウの気配を探ってみる。
血を与えてから、何となく感じるものが、少しいつもと違う。
「見に行った方が良いんじゃない?」
妖精はそう言うが、メイド長の顔が浮かぶ。
「コッソリ行けば大丈夫だよ。」
妖精は、時たま役に立つ助言をしてくれるけれど、大抵は的外れで、フリーシアはいつも痛い目に合っているので、言うことを聞くのが嫌だったが、あんまり言われると気になった。
確かに、ロナウの様子がおかしい。
まるで、危険が迫っているような…
「じゃあ、ちょっとだけ…」
フリーシアは、部屋を抜け出し、妖精の指示に従って、王宮へ向かった。
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