逢瀬
ロナウは、気怠げに頬に手を付き、給仕をするメイドを、じっと見詰めた。
ロナウが、普段特定の女性を気に掛けることなどないので、メイドは頬を染めた。
メイドを熱く見詰めては、気怠げに溜息を吐き、何事か思案しては長い足を組む。
「…殿下。他に御用はございませんか?」
メイドが秋波を送って言う。
ロナウは、憂いを含んだ目を向けた。
「ああ、いや、そうだな…君は、」
珍しく、歯切れ悪く言葉を切った。
「いや、やはり構わない。下がっていい。」
「…畏まりました。」
メイドを下がらせても、顎に手を当て憂えた目で、窓の外側を見遣る。
その美しさに、周囲から溜息が漏れた。
愛しているのはフリーシアだけ、そう心に決めたはずなのに、ロナウはアデルの事が頭から離れなかった。
洗濯婦は、王宮から少し離れた場所に居るので、会おうとしない限り会えない。
せめて、姿だけでも見たい。
メイドとして側に置けば良いのではないか。
別に不埒なことをしようというわけではない。
手を出さない自信がある訳ではないが…
今、給仕をしているメイドが、アデルだったら。
そう考えると、妙に高揚感を覚え、居ても立っても居られなくなった。
側に置くくらい構わないではないか。
メイドに聞いてみようと、思わず口を開いてしまった。
ー女一人くらいどうとでもできる権力がある。君はそれが許される立場の人間だ。
浮き立つ心が、一気に萎んだ。
同じじゃないか。
馬鹿じゃないのか、俺は。
見目の悪い、身分の低い洗濯婦が、王子の側につく事は出来ない。
しかし、俺が望めば可能だろう。
女一人くらいどうとでも出来る、俺はそれが許される立場の人間だ。
ヴァレリーの言葉が、頭の中で繰り返される。
己の醜さを見せつけられてるようだ。
アデルが欲しい。
正直に認めると苦しさと共に、堪らない気持ちになった。
心に決めた人は、フリーシアただ一人なのに。
フリーシアだけを愛していると、神に誓った。
それなのに。
責任を取るつもりも、覚悟も無いのに、アデルが欲しくて堪らない。
凶暴な欲望で、アデルを喰い殺してしまいそうだ。
きっと、側に置いたりしたなら、俺は自分を止めることが出来ないだろう。
ロナウは、己の手を見詰める。
女の様だとはよく言われるが、顔は確かにそうかもしれない。だが骨格は男のそれだ。
大抵の男、騎士にさえ引けを取らない力がある。
手も、剣を握っている為に皮が厚く、節張っている。
女に比べたら、随分大きい。
アデルの様な少女ならひとたまりもないだろう。
己の手が、アデルを引き寄せ、思う様喰らいついて、引き裂いてしまう。
そんな想像が頭に浮かぶ。
そうしてしまいたいと思う。
彼女の涙も、叫び声も、傷ついた顔もどんなにか美味だろう…
ロナウは、自分の顔を覆いソファに凭れかかる。
何を考えているんだ、俺は。
どうしてこんなに、自分に歯止めが利かない。
これでは何方にしても、彼女を側に置くことは出来ない。
でも、会えないことが苦しい。
届かないことが、切ない。
人は皆、こんな思いをしているのだろうか。
人が言う様に、そんなに綺麗でも、美しくもないような気がする。
自分が、どうしようもなく情けなくて、みっともなく狼狽えて、自分でもわけの分からない感情を持て余す。
ロナウは熱い息を吐いた。
会いたい。
思うのはそればかりだ。
ハープを手に取り、指で弾くと、軽やかな音が響く。
言葉を交わせない。
姿を見ることさえ叶わない。
ならば、せめて。
窓辺に腰掛け、ハープを抱える。
以前は目立つのが嫌で、人前では演奏を避けていた。
子供の頃から、辛く苦しい時には、言葉に出来ない感情を曲に乗せていた。
ロナウがハープを掻き鳴らす。
悲しくも優しい音色が奏でられる。
せめて、この旋律が君に届けばいい。
愛している。
不実な俺は、その言葉を口にすることは出来ない。
それなのに、伝えたい。
ほんの少しで構わない。
アデルと繋がっているのだと思いたい。
何と言う勝手な男なのかと自分でも呆れる。
こんな不甲斐ない男でなければ、今すぐ迎えに行けるだろうに…
「今…」
ロナウは、目を見開く。
微かに、風に乗って歌声が聞こえた。
風の流れによってすぐに掻き消されてしまうが、アデルの歌声が聞こえた気がした。
もしかして、自分の願望なのではないか。
「どうか、もう一度聞かせて欲しい。」
祈る様にハープを抱き、かき鳴らす。
切なくも温かい旋律は風に乗って城中に響き渡る。
その美しい旋律に合わせて、歌声がロナウの耳に届く。
「アデル…」
声にならない言葉を音色に変えて、風に乗せる。
いつか、君に伝えたい。
愛している。
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