足枷
カツカツと、ランプの光だけが照らす夜道を、石畳を踏み鳴らす音が響く。
ヴァレリーは、夜空を眺めながら、飲み足りないな、などと嘯く。
分かっている。
飲み足りない訳じゃない。
平気な顔をして、薄い笑いを浮かべていたが、人気の無い路地に来て、足を止めた。
「俺は、どうしてあんな言い方をした?」
ヴァレリーは石壁に手を付き、身体を凭れさせた。
俺なら、もっと上手く言えた筈だ。
あの初々しい二人が結ばれる様、穏やかに後押し出来た。
あんな言い方をすれば、きっと堅物のロナウは、アデルと距離を置くに違いない。
それが分かっていて、あんな言い方をした。
ヴァレリーは片手で顔を覆った。
俺はまだ、ロナウを恨んでいるのか。
不幸でいればいい、孤独なままでいいと思っているのか。
親友の振りをしてやると、自分に言い訳しながら、ロナウの親友という立場に居心地の良さを感じていた。
親愛と信頼の目を惜しみなく向けられる。
あの綺麗な存在から感謝される。
自分が立派な人間になったかのような気がした。
気分が良かった。
親友と言われ、いつの間にか自分も、ロナウと同じような存在になっているつもりになっていた。
とんだ思い違いだった。
綺麗なのはロナウだけで、俺は相変わらず薄汚いままだ。
胸の中をどす黒い感情が渦まく。
なのに、堪らなく空虚だ。
ヴァレリーは、自らの胸を掻き毟り石壁を背に崩れ落ちた拍子に、取り落としたランプが音を立てた。
こんな自分は嫌だ。
見たくない。
情けなくて、みっともない。
弱みを見せる勇気さえない。
苦しい。
離れたい。
会わなければ良かった。
なのに、頭にこびりついて離れない。
ロナウの存在が自分を惨めにさせる。
惹かれているのか忌々しいのか、憎々しい程だ。
吐き出せない感情が、渦を巻いて出口を失い、耐えられない。
もっと、自分らしく正直で、真っ直ぐで、素直で、正しいことを正しいと言える当たり前の事が当たり前に通るー今更無理だ。
色々なことを間違ってしまった。
子供の頃のようには思えない。
ロナウと共に居れば変われる気がした。
そうじゃなかった。
色々なものを失っていた。
後悔。
楽をすることに慣れて、逃げることに甘んじて、自分の心を売り渡し、失ってきた。
正直に生きてる人間を、馬鹿だ、損をしていると侮り、ああはなりたくないと蔑む度、恐怖が強くなった。
今まで目を反らし続けたものも、失ってきたものも見たくない。
下らないことに、人生を費やしてきたのだと認めたくない。
子供の頃に失ってしまった純粋な気持ちを、取り戻せる気がしない。
そこに至るまでの苦しみに、耐える自信がない。
沢山の人間に裏切られ、裏切ってきた。
汚いものばかり見て、己を染めてきた。
今更、どうにか出来るなど、気の迷いだった。
ロナウと一緒にいて、勘違いしていた。
ただ、どうにもならないのだと思い知らされただけだ。
きっと、アデルと結ばれれば、ロナウは幸福になるのだろう。
俺は、一人置き去りにされる。
ロナウは後ろを振り返ることなど無いだろう。
あいつは、孤高でいい。
今でも十分過ぎるくらい輝いてるのだから、あのままでいい。
今でも俺には、眩し過ぎる。
どうしようもない虚しさが、胸をよぎる。
何の為に生きてるのか分からない、自分の存在があるのか不確かで、存在しているのかさえ定かではない、こんな夜には胸にぽっかり穴が開いたような空虚さに耐えられない。
誰でもいい。
肌の温もりが欲しい。
今はただ、眠る為に人肌が欲しかった。
渦まく感情と、空虚さを埋めるには、他の術を知らなかった。
仮初でいい。
俺には似合いだ。
「ロナウ。君には想像もつかないだろうな。」
ヴァレリーの影は、夜の街に消えた。
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