長閑な時間②

 必死に説得して、何とかリーミアを彼女の家の前に立たせるのに、かなり苦労をさせられた。


 ただ少し離れた距離を歩くだけの事がこれ程までに長く感じられたのは、彼の生涯にとって初めての経験だった。


 扉をノックすると、メイミが中から現れた。


 「こんにちは~ウフフ」


 リーミアが微笑みながら挨拶をする。


 「あら、はじめまして、こんにちは。どうぞ入ってください」


 「は~い、では、お邪魔します~」


 (僕と一緒に居る時とは、まるで別人だな)


 部屋に入る前に、リーミアが微笑みながらティオロを見つめる。


 「ねえ、今なにか変な事考えたりしなかった?」


 「いいえ、何も変な事は考えておりません。お美しいリーミア様に対して、決して他人と自分の前では対照的などと考えたりしませんよ」


 またしてもうっかり余計な言葉を口走ってしまったティオロは、彼女が微笑みながら自分を見つめている事に気付く。しかも微笑んでいるが、その笑みからは想像も出来ない程の怒りを感じた。


 「後で覚悟して起きなさい、たっぷり加熱処理してあげるから。フフフ……」


 ティオロは、身震いしながら、早くこの場から逃げたいと思っていた。


 そう思いながらティオロも一緒に部屋の中へと入って行く。


 小さな部屋には幼い子供達があそんでいた。彼等は初めての客人に興味深々で近付き、キャッキャッと、笑い声を立てながら話し掛けてたりして、一緒に遊んだ。しばらくして小さな子供達が寝落ちすると。メイミが一緒に遊んだリーミアに礼を言う。


 「遊んでくれてありがとう」


 「可愛い子供達ですね」


 「ええ……でも彼等には親が居なくて、私もここで育った者なの…少し前までは、面倒見てくれている大人が居たけど、病死しちゃって…私が一番年上だから面倒を見ているのよ」


 「この子の親はどうしたの?」


 「戦で親を無くしたり、資金が払えず親が居なくなってしまった子など……様々な理由で親と生き別れになった子達よ」


 「そうでしたか……」


 リーミアも生まれた時から修道院に居たから、同じ境遇の気持ちは理解出来た。


 「リーミアさん、貴女の事は彼から色々聞きました」


 「あまり自慢出来る事が無いですが……」


 「いえ、とても素晴らしいと私は感じていますよ。きっと貴女なら王位を継承出来ると私は信じています。貴女が王位に即位したら、この子達の様な不幸な子が出て来ない世の中を作って欲しいです!」


 そのメイミの言葉に少しばかりリーミアは戸惑う様子を見せて居た。


 「ありがとう。でも……私、魔法剣を奪われてしまって、転生者の能力も失われたの。多分……貴女の期待に答えられるかどうか、分からないわ」


 リーミアの言葉に、メイミは笑顔で答える。


 「能力が失われたからと言っても、貴女自身は無事なのでしょう?今この瞬間が、この世の全てでは無いと思うわ。諦めずに前を見つめて生きていれば、きっと別の色んなやり方等も見付かると思うわよ」


 「別のやり方……?」


 その言葉に何処か懐かしさを感じたリーミアは、自分の生前の記憶が脳裏を横切った。



––––遥か昔…


 エルテンシア城の高台にある広場の城壁部分に1人佇む美しき女性の姿があった。綺麗な衣服に身を包み、遥か遠くに展望する山々の峰を眺めていた。


 美しい衣装に身を包み込み、長く伸びたしなやかなブロンド色の髪を風に靡かせた少女は遥か遠くに瞳を向けると、城壁のブロックに両手を乗せると1人ハア……と、深い溜息を吐いた。


 「おやおや、王女様と在ろう方が、こんな所で何1人で溜息など吐いておられるのです」


 後方から聞こえる若い騎士の声に気付くと彼女は振り返り、彼の顔を見つめて愛想笑いをする。


 「見てたのですね。いやらしい……」


 「人前では、何時も高貴で気品ある振る舞いをしていて、皆からも美しき女神と称賛する、そう言う方の意外な一面等は滅多に拝めませんからね。少し拝見させて頂きました」


 「そうですか、感想としてはどうでしたの?」


 「王女様も、普通の人であると感じられましたね」


 「私は完璧な人間ではありません。現に……今も光の魔法の鍛錬につまずいて居ます。残りの魔法さえ習得出来れば、国の存亡の危機を回避出来たのに…私が未熟なせいで、貴方達に過大な迷惑を及ぼす結果となりました。完璧な者ならこの様な危機など、もっと未然に防げたと思います!」


 「王女様が悔やむ事は無いです。これは起きる様にして起きた。いわば必然な事です。誰も王女様を責めたりはしませんよ」


 「ありがとう……。でも、貴方が所属する部隊が、明日遠征してしまう事を、私は引き留める事が出来ませんでした。本当に申し訳ないです」


 「何も心配する事はありません。我々が行って帰って来れば良いだけの事です」


 王女である少女は涙目を浮かばせながら若い騎士を見つめる。その時上空を一羽の鳥が飛び去って行く。


 「私も、あの鳥の様に何処か遠くへと飛び去りたいわ。見知らぬ土地で、好きな人と一緒に静かに暮らしたい」


 「いけませんな……一国の王女様とも在ろう方が、その様な発言をされては…」


 「生まれ変わったらの例えですよ……」


 「まあ、自分も同じ考えですが……」


 その言葉に王女は、若い騎士を見つめた。


 「何処か見知らぬ土地で、のんびりと暮らしたい等と、思っております」


 王女は騎士を見つめて、少し微笑みを浮かべながら頬を紅く染める。


 「王女様」


 「どうしたのですか?」


 「人は生きていれば何度でも、やり直しができます。今がこの世の全てではない、別のやり方は幾つもある……と信じて居れば、きっと未来は明るいと思いますよ」


 「ありがとう……!」


 王女は騎士の手に、自分の手を乗せた。


 「お願い、明日の遠征…必ず生きて戻って来て下さい!」


 「分かりました。約束します、必ず生きて戻って来ます!」


 王女と騎士は互いに目を見つめ合った。



––––現在


 惚けた様に何か考えてしまっているリーミアを、メイミとティオロがジッと見つめた。


 「リーミアちゃん?」


 「どうした?」


 その言葉にハッと我に返った彼女は周囲を見渡して、恥ずかしそうに顔を俯かせる。


 「何かあったの?」


 「え?何でもないです。ただ……」


 「どうしたの?」


 「昔の事を思い出しました」


 「どんな事なの?」


 「ある男性に言われたの、貴女と同じ様に……今がこの世の全てではない、違うやり方は幾つもある……きっと未来は明るいと思いますよ。……てね」


 その言葉に、彼女は嬉しそうに微笑んだ。


 「へえ、そんな事を言った方が居たんだぁ……是非とも会って見たいわ」


 「確か……彼の名は?」


 ふとリーミアは、ふと……隣にいるティオロを見つめた。


 「何?」


 彼女は慌てた素振りで顔を俯かせる。


 「な……何でも無いわよ!」


 リーミアは何故か顔を紅くしながら答える。彼女の振る舞いにティオロは不思議そうな表情をした。


 その後リーミアとティロはメイミ達と一緒に食事をしながら、夜になって宿屋へと帰った。

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