長閑な時間①

 宿屋に戻ったティオロは、リーミアが寝泊りしている部屋の前に行き、軽くノックした。


 「どうぞ」


 部屋の中から声が聞こえて、扉を開けるとリーミアが椅子に座って不機嫌な表情でティオロを見つめる。


 「なあ、リーミア……」


 「貴方、宿屋の方に私の事伝えたでしょ?」


 彼女が御機嫌斜めの態度で、ティオロの言葉を遮った。


 「どうしてそれを……?」


 「宿屋の方達が凄く、私に親切に対応して来るから、尋ねたら貴方から話を聞いたっていうのよ」


 「良いじゃないか、別に悪い事している訳では無いし……それに、君が王女様の生まれ変わり何だろう?」


 「私と境遇の人は、他にも大勢いるらしいわよ。必ずしも、私が本物だと言う確証はないわよ。転生者の紋様もないから!」


 (それは封印されたんだろう!)


 「大体、貴方は勝手な行動が多すぎるのよね!あまり身勝手な行動をするのは控えて欲しいわ!」


 「はいはい……」


 「ちょっと聞いているの?」


 彼女は椅子の手すりを軽く叩きながら言う。


 「リーミア、元気そうじゃないか」


 ティオロの意外な一言にリーミアは反論出来なくなった。


 「貴方は……私の護衛役なんだから、もう少ししっかりして欲しいのよ……」


 「僕なりに頑張って居るけどね」


 「一般の剣士並みの活躍はして欲しいわ」


 「それは君が期待し過ぎだよ、大体剣術の鍛錬をした事の無い僕に剣技を求める事が無理な課題だよ」


 「そう……なら、私が鍛錬として稽古付けさせて上げるわよ。転生者の紋様が無いからと言っても、腕まで落ちた訳ではないのよ」


 その言葉にティオロは少し身震いした。少なくとも彼女と出会った時、いきなり弾き飛ばされ、更に湿地帯での彼女の本領発揮……。


 先日まで一緒に行動していたフォルサが言っていた言葉……「直ぐに金の称号まで行けてもおかしくはないさ」等のセリフからして、相当な実力があるのは間違い無かった。


 魔剣士との戦いも、公式での決闘だったら結果は違ったかもしれない。ティオロはそう思った。


 などと……彼が思っている傍ら、ずっと落ち込んでいた筈の彼女が椅子から立ち上がり、クローゼットから上着を取り出す。


 「何処へ行くの?」


 「貴方に剣の稽古をさせるのよ。早く支度をして」


 彼女は長い髪を内側から外へと靡かせる。


 「本気で言っているの?」


 「本気よ。この辺で稽古出来る場所まで案内して、そこで剣技の基本を叩きこんでやるわ」


 「残念だけど、そう言う場所は、ちょっと分からないな……」


 「じゃあ、地図で探しましょうか?」


 このままでは本当に、剣の稽古に付き添われてしまう…そう思った彼はメイミの事を思い出した。


 「それよりもさ、リーミアに会いたがっている子が居るんだよ」


 「誰なの?」


 「巷で君の事が有名で、さっき出掛けた時に知り合った子なんだよ。君の武勇伝はかなり有名だからね!」


 「そんなに、凄くないのに……」


 リーミアは少し照れながら答える。その表情を見てティオロは、このまま押せば剣の稽古はしなくて済むと安堵した。


 「そう思っているのは、自分だけだよ。ちょっとだけ会って見ようよ。彼女もきっと喜ぶよ」


 その時、ティオロはリーミアの前でうっかり禁句を発してしまった。


 「彼女……?」


 突然リーミアの視線が冷めた様に鋭くなった。


 「その彼女さんは、貴方とは一体どんな関係なの?」


 「た……たまたま、知り合っただけ……です」


 「たまたま知り合っただけなのに、私の武勇伝を語るくらい親密なの?」


 「会話をしていたら、君の話題になってね……」


 「それで、ここの宿屋の方達と同じ様に、そのステキな彼女さんにも同じ事を貴方ははなしたのね?」


 「いえ、君の武勇伝は、結構有名だから……」


 「ふ~ん」


 リーミアは不信な目付きでティオロを見つめた。ティオロは少したじろいだ。


 「まあ、一連の流れを想定すると…この市場に来て10日程で、一般の方に伝わる程、私は有名では無いわ。せいぜいギルドの人達がしっている程度…貴方の行動から推測して、ギルドに行く事は在り得ないから、市場の誰かと接して話をした筈。市場のご婦人方なら、女性とか女将さんと言うでしょう。つまり…貴方が言う彼女とは、初対面では無く同年代位の親密な関係の女性だと私は推測するわ。どうかしら?」


 段々と自分が追い詰められて行く様に感じたティオロは、どう接して良いか詰まって来ている感じがした。意気消沈だと思われた彼女は、既に以前の覇気が戻りつつあった。


 リーミアは離れた位置に立て掛けて在った魔法の杖を、自分の手元まで瞬時に魔力で引き寄せた。


 その魔法の杖をティオロに向ける、身震いした彼はその場に座り込んでしまった。


 「さあ……全て、正直に話しなさい。貴方が言う彼女の事を!」


 その時、たまたま部屋に来たアニーがノックしてから部屋の扉を開けると、リーミアがティオロに魔法の杖を向けて居る姿を目撃してしまう。


 「リーミア様いけません!そんな危ない事は!」


 「ごめんなさい、でもね…彼が私に隠し事をしているので……」


 「でしたら、コイツめは、私から注意しますので、どうか危ない行為は控えて下さい」


 「分かりました」


 メイミの処へと連れて行こうと思っただけの行動が予想外に話がずれて、昼までに彼女の処へと行こうとした当初の計画は午後までずれ込んだ。

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