失意の凱旋

 夢の中ー…


 美しい花々が咲き乱れるエルテンシア城の中庭、その庭園添いの長い回廊を歩く若い女神官、美しい容姿と凛とした気品ある振る舞いは周囲から憧れの眼差しで、見受けられていた。


 その彼女を追い掛ける様に、少し年端が幼く感じられる少女の姿があった。


 「女神官様、お待ちくださいー!」


 その言葉に彼女は、振り返り走って来る娘を見つめた。


 「どうしたのですか姫様?」


 走って来た少女はゼエ…ゼエ…と、息を切らして、落ち着きを取り戻すと、キッと睨み付ける様な表情で相手を見つめる。


 「何故ですかッ!何故私が王位継承者に選ばれたのですか?」


 その問いに女神官は少し呆れた表情しながら、どう対応して良いか戸惑った。


 「ねえ…リムア姫、普通…王位継承に選ばれたら喜ぶ筈なのだけど…」


 「私には納得出来ません!お姉様もお兄様も才能があり頭も良くて、私なんかよりも美しいです。なのに何故、私が王位に選ばれるのですか?」


 「それは貴女には『秘めた力』があるからよ」


 「何ですか『秘めた力』って…」


 「それは光の紋様を受け継ぐ資格が在る者の事よ。選ばれた者のみが、その紋様を授かる事が出来るのよ。そして…その紋様のみが扱える光の魔法があるのよ。私達見たいに…」


 女神官は、すう…と、息をすると額に不思議な紋様を浮かび上がらせ、それと同時に掌に光の球を作り出した。


 「光の魔法は、簡単な魔法なら誰でも覚えられるけど、光の紋様を授かりし者にしか扱えない、上位の魔法があるのよ。それを授かる事の出来るのは、我が国では大神官と正統な王位継承者のみなのよ。貴女にはこれを引き継ぐ能力が備わっているわ。しかし…その能力を得る為には、困難な試練を乗り越え無ければならないのよ。それを見越して貴女に王位継承を認めた次第なの」


 それを聞いた少女は戸惑いながら、顔を俯かせる。


 「私に出来るかしら…?もっとそれに相応しい人がなるべきでは…?」


 「リムア」


 女神官は険しい表情で少女を名前だけで呼んだ。それに対して一瞬少女はビクッとした。


 「出来ないなら、今直ぐ王位を剥奪して、市場へ行き一般市民になりなさい。そんな自信の無い人に王位に即位されるのは、神殿からしても迷惑な限りです。だれでも皆、安息な人生を歩みたいと夢みてます。けれど…その一時の安楽の為に、皆毎日頑張って生きているのです。自分に自信が無いとか、他の人に苦労を任せる様な人なら、最初から居ない方がまだ良いです」


 今まで母親代わりでどんな悩みも聞き入れてくれた女神官が、初めてリムアに対して厳しい言葉を投げ掛けて来た。


 心底信頼していた人に厳しい言葉を聞かされて少女は涙を流してしまう。


 「ウウゥ…」


 「厳しい事を言ってしまって申し訳ありません。ゆるして下さい姫様…」


 彼女は泣き崩れる少女を優しく抱きかかえる。


 「これから貴女には大きな試練が待っています。それを乗り越えてこそ、得られる物の対価も見い出せましょう。我々も出来るだけ貴女に強力致します、一緒にその試練を乗り越えて行きましょう。きっと貴女なら12全ての『光の魔法』を身に付けれる筈ですから」


 12の光の魔法…



 ー現在…


 「光の魔法…」


 譫言でリーミアは呟きながら目を覚ました。


 ふと…周囲を見渡すと、自分が知らないうちにコテージのベッドで眠っていた事に気付く。彼女は、ベッドを見ると、自分の側で寝息を立てているアメリに気付く。


 (私、気を失ったんだ)


 ふと、自分が湿地帯で魔剣士に襲われた時の事を思い出した。


 「アッ!」


 ハッと自分の状況に気付いたリーミアは身体を起こして周囲を見渡す。寝ていた側に服や杖が置いてあるのを見付けると、ベッドから降りて短剣を探すが見付からない事に愕然とする。


 「無い…」


 自分にとって一番大切な必需品が見付からず、愕然とした彼女は放心状態になる。


 「なんだ…?」


 奥で物音がした事に気付き、寝起き状態のフォルサ部屋に入って来た。彼はリーミアが目を覚ました事に気付くと…


 「おお…嬢ちゃん起きたかい。三日ぶりのお目覚めかな?」


 フォルサが嬉しそうに声を掛ける。


 「わ…私の魔法剣は?」


 リーミアは、震える様な声で彼に話かける。


 彼は彼女の表情を見るなり、無言で首を横に振る。


 その仕草を肌で感じ取った彼女は、愕然とした様子で落ち込む。


 「ウウウ…」


 「嬢ちゃんには、もう一つ悪い知らせがある…」


 その言葉に彼女は顔を上げる。


 「そこにある鏡で、自分の顔を良く見てごらん」


 フォルサに言われて、リーミアは寝室に掛けられている鏡で自分の顔を見た。ハッと自分の額に転生者の紋様が無い事に気付く。彼女は前髪を押し上げて、しっかりと見るが、紋様は綺麗に消えて、自分の白い肌だけしか鏡に映らなかった。


 「そんな…」


 彼女にとって、大きな衝撃が立て続けに起きて、どう対処すべきか理解が追い付かず、リーミアは放心のままベッドに座り込んだ。


 しばらくしてカルファ、ティオロ、アメリも目を覚まして、フォルサから状況を聞かされた彼等はリーミアに慰めの言葉を掛けるが、大切な物を二つも同時に失ったショックは彼女に取って大きな痛手だった。


 しばらくしてフォルサは、帰宅する様皆に伝える。


 「なんでギルドに戻るの?」


 ティオロがフォルサに声を掛ける。


 「ずっと湿地帯に居ても無意味だよ。それによ、もし…魔剣士が再び現れたら、今度こそ俺達は全滅だぞ。それよりもギルドに一旦戻って。奨励金を頂かないとな…俺達も生活が掛かっているんだ」


 彼等は帰宅準備を始める。その傍らリーミアだけが落ち込んだまま座り込んでいた。


 ティオロは荷の片付けを手伝いながら彼女を見た。魔剣士と遭遇し負けるまでは、強気で元気だった彼女が、意気消沈している姿は痛ましい物があった。


 フォルサ達は山を降りて、馬車を探しに近くの村へと向かった。


 まるで生気を失ったかの様なリーミアの側には常にアメリが付き添っていた。


 しばらくしてフォルサが馬車を利用出来る人を見付けて、全員を荷台に乗せて、マネニーゼ市場へと馬車が向かう。

 

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