第55話 容れ物
感覚を司る水色の鍵を使ったことで、私の視界は闇の中にあっても明瞭だった。蠢く複数体の先生の姿も、その間を縫うようにして駆けるヴィンの横顔も。
足元には、既にヴィンによって倒された“先生だったもの”の一部が転がっている。一瞬身構えたけど、無力化しているのなら警戒は不要だ。呼吸を整えカチリと黄色の鍵を胸の前で回した。
「……ッ!」
全員の動きが、水の中にでもいるかのように鈍くなる。違う、私自身が速くなったのだ。
先生の一人が叫ぶ。機械仕掛けの腕が伸び、ヴィンの体を拘束した。その隙に真横にいた別の先生が、ヴィンの胸の石めがけて剣を振り上げる。
でも、私には全部見えていた。茶色の鍵を取り出し、解錠する。先生が振り下ろした剣は空を切った。ヴィンの体は、見えない強い力で私のいる場所に引き寄せられていたのだ。
「ロマーナ様!?」
「ヴィン! わけは後で話すわ! 私も一緒に戦う!」
「いえ、ですが……!」
「右、来てるよ!」
困惑しながらも、ヴィンは右手を振るう。鎖を弾かれた先生は、二、三歩後ろによろめいた。茶色の鍵を施錠し、代わりに緑の鍵を解錠する。私の体を魔力の風が纏い、よろめいた先生に向かって一陣の風が放たれ跳ね飛ばした。
「話は把握したわ! 今、何をしなければならないかも!」
「あなたまで戦うことはありません! ここは僕にお任せください!」
「とりあえず回復するね! オレンジの鍵!」
「お、お聞きください!」
「聞かなきゃならないのはヴィンのほうだわ! 私はもうここにいる。じゃあ何がどうあったってもう動かないのは分かるでしょ!?」
「ええええ!?」
「指示を出して。私、絶対に負けないわ!」
感覚が鋭くなる水色の鍵を使っていたお陰で、ヴィンが困り果てているのがよく分かった。もちろん、そんな顔だってかっこいいのだけど。
「……そうですね。あなたは昔から、やると言ったらテコでも動かなくなる方でした」
「きゃっ!?」
突然ヴィンは私の体を掬いあげ、その場から飛び退く。べちゃりと粘着質な音が後方で聞こえた。振り返ると、それはみるみるうちに人の形になり、先生の上半身へと変わっていく。
「あれは……!?」
「変質した命の石の欠片が彼には与えた力です」飛んできた得体の知れないエネルギー体を避け、ヴィンは着地する。
「命の石は、地獄にて生成されたもの。ゆえに彼の細胞は、既に地獄のモノへと変化しつつあります」
「地獄のモノ――悪魔に近い存在になってるってこと?」
「はい。しかしそうして人の身を捨てながら、彼は人の世に執着し君臨しようとしています」
ヴィンは先生達から距離を取って、私を床に下ろす。闇の中でも、彼のエメラルドの瞳は燃えて見えた。
「あれは人の欲望を煮詰めて凝り固まらせたような男です。全て、全て本気なんですよ、ロマーナ様。不死の魔法使いになろうとしているのも、この世の全てを見下し蹂躙し尽くそうとしているのも、英雄として人々に崇められたがっているのも。あなたを手に入れたがっているのもそうです」
「なんて無茶で強欲なの!」
「まったくもって仰る通りです。事実、その我欲はとても一人の人間の人生には収まらなかった。だからこそムンストンは命の石の欠片と錬金術を融合させ、その身を分けたのです。……そうなのでしょう?」
「アアアアアア話が早いなぁ不死の騎士!」
ブレたような大声が、不気味な力と共に迫ってくる。オレンジの鍵を施錠し、青の鍵を解錠。私は、ヴィンと自分の前に水流の盾を作り上げた。
三体の先生の仮面が、水の向こうで歪んでいる。血管や筋のごとく配線が張り巡らされた腕は、全て私に向けられていた。
「人の身では足りなかった! 俺自身の偉大なる願いを実現するには強靭な器が必要だった!」
「命の石を取り込んだ肉体が!」
「悪魔にも似た身体構造が!」
「ロマーナ! ロマーナ! こっちに来い! 手足をもいで花を生け、口を縫うて城の最も暗い場所に吊るしてやろう!」
「俺が人間の頂点なのだ! 全ての者は須らく跪き首を垂れねばならないのだ!」
「俺の国だ! 俺の国にしたのだ!」
「崇めよ! 崇めよ!」
「ロマーナ!! ロマーナ!!」
「不死の騎士、殺してやる!!」
――おぞましかった。あまりの身勝手に吐き気がした。人の内なる地獄をそのまま表出させ、実現させた存在。私に向かってわらわらと伸ばされる手が、手が、手が。見たことのない地獄からの手招きに見えたのである。
壊れてしまったのだ。膨れ上がり続ける自らの欲に、彼はその身を弾けさせてしまったのである。
「……いいですか、ロマーナ様。ムンストンは、死にません」
「え?」
先生達の喧騒に紛れて、ヴィンが私に囁いた。
「死なないのです。ムンストンの生命維持手段は、とっくに人間の域にありません。今は彼の細胞一つ一つに命が宿っている状態……と言いましょうか。己の自意識を複数の体に分けたあれは全てムンストン本人であり、いくら無力化した所で媒体さえ残っていれば自在に意識は移動してしまう」
「意識が移動? でも、残らず壊していけばいつか消えてしまうんじゃ?」
「……あれをご覧ください」
ヴィンに指示された方向を見る。そこには、さっき彼に倒された先生の一部が転がっているはずだった。
無かった。少し先に、けたたましく笑いながら別の先生と同化しようと這いずる赤黒い肉の塊以外は。
「……ッ!」
「生命の石の欠片によって変質した、ムンストンの自我です。容れ物が壊されると、ああして他の自我に同化しようとします」
「じゃあ、容れ物が全部壊されたら……」
「はい。ムンストンの自我と肉体は一つとなり、我々では到底敵わない人類史上最悪の魔物となるでしょう」
水の盾が大きく揺らぐ。壊れようとしているのだ。ヴィンは剣を構え直し、早口で言った。
「しかしそれこそ僕らの好機。ムンストンの自我と魂が一つの容器に収まれば、鎖の悪魔に見立て地獄に落とすことができます」
「なるほど、つまり片っ端から先生をしばき倒せばいいってことね!?」
「流石ロマーナ様、飲み込みがお早い! 遠慮なくおやりください!」
「了解!」
盾が流れる。ムンストン先生達の手が伸びてくる。私とヴィンは二手に分かれて飛び、臨戦態勢に入った。
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