第36話 作戦会議

 とはいえ、まずは協力者が必要である。私はベッドに頭から突っ込むと、スカートの中に隠していたものを取り出した。

 アッシュである。かなりダメージが大きかったのか、今の今まですっかり寝こけてくれていたのが助かった。

「アッシュ、アッシュ」

「むー……」

 小さな声で呼びかけてみるが、反応は芳しくない。だけど器用に涎を垂らしてむにゃむにゃ言っているところを見るに、本当にただ寝汚いだけなのだろう。私はふにふにとアッシュのほっぺを伸ばした。

「アッシュー、アッシュー」

「ワン……もう食べられん……」

「かなりベタで幸せな夢を見てるなぁ。……あ、そうだ」

 後で食べようと思って、こっそりポケットに忍ばせておいたクッキーのことを思い出した。私はそっと取り出すと、そろそろとアッシュの鼻先にクッキーのカケラを近づける。

「我の贄」

 なんだかイヤな言葉と共に、パチッと目が開いた。

「ロマーナではないか。そしてなんだ、この狭き場所は」

「静かに。実はね、私今さらわれて捕らえられてるの」

「こんな眠気を催すぬくぬく空間にか?」

「あれだけ寝たのにまだ眠いの?」

「しかしさらわれるなど、一体何をしておるのだ。せっかくこの我が貴様を助けてやったというのに」

「本当にごめんね」

 アッシュを抱きしめてヨシヨシと撫でてやる。アッシュは不満そうに鼻をぴすぴすしていたけど、やがてゆっくりと尻尾を振り始めた。

「……仕方ない、此度だけ許そう。しかし、今後は無いと思えよ」

「うん、分かった。気をつけるね」

「うむ。して、これからどうするのだ? 我の力を使って敵を殲滅するのか?」

「それがね、今部屋の外にアッシュをやっつけた鳥がいるっぽいのよ」

「何だと? 殺してくれる」

「物騒なこと言わないの。それに瞬殺されてたのはアッシュのほうじゃない」

「あんな力を使うとは思わなかった。しかし次は勝てる」

「というかね、ちょっと調べたいことがあるの」

 一層息を潜める。アッシュも心得たもので、よじよじと私の口元に耳を近づけてくれた。

「リンドウさんが言うには、行方不明になった魔法使いの家では誰の姿も無かった。多分だけど、さらわれたからじゃないかなって」

「ふむ、その黒幕とやらにか?」

「そう。そしてさらわれたんだとしたら、私と同じくここに囚われているんだと思う」

 アッシュがイヤそうな顔をして私を見た。大体何を言いたいか察しがついたらしい。

「つまりアレか。その魔法使いも助けてやりたいというやつか」

「うん。でも私一人の力じゃ少し難しいと思うから、アッシュにも手伝ってほしくて」

「少し難しいで終わるものか。そんなの我がおっても大いに難しいわ」

「そこをなんとか。あとね、私が魔法使いの人達を助けたいのには一つ打算もあって」

「打算?」

「ええ」私は、胸元からオレンジ色の鍵を取り出した。

「私、アッシュとテトラを助けたくてここに来る直前にこの鍵を使ったの」

「ほう。言われてみれば、ロマーナの体から漏れる魔力が増えておるな。加えて……魔力の種類が違うような?」

「そうなのよ。黄色の鍵を使った時とは全然違って、アッシュ達の怪我がみるみる治っちゃった」

「ふむ、鍵によって使える魔力の質が違うのか」

「うん。そんでもって、今回さらわれた魔法使いの人達は、リンドウさんみたいに鍵のことを知ってる可能性が高いでしょ? ってことは……」

「なるほど」ニヤリとする私に、アッシュもフフンとほくそ笑む。

「その者らを助けることで、鍵という更なる力を得たい。そういうわけか」

「ご名答!」

 正解したのでクッキーを上げる。アッシュは躊躇いなくもしゃもしゃと食べた。

「まあ、貴様にしては悪くない案だな。その上、魔法使いを残らず逃がしたとなれば、あの白き愚者の鼻もあかせるというもの。良かろう、我もその策に乗ってやる」

「ありがとう、アッシュ」

「だが、今は――」

 ペスッと、もふもふした何かが私の鼻に触れる。アッシュが小さな前足で私に触れたのだ。

「緩やかに眠るといい。貴様、かなり疲労が溜まっておるだろう」

「そんなことは……」

「良いから我に付き合え。夢という深淵がまだ呼んでおるのだ」

「あれだけ寝たのにまだ眠いの?」

「それさっきも聞いた気がするな。ともあれ、戦いを前に睡眠は不可欠である」

 アッシュが大きく口を開けたのにつられて、あくびをしてしまう。そんなつもりはなかったのに、ふかふかのアッシュを抱っこしているとだんだん眠たくなってきた。

「未だ我には状況が見えんがな。敵地にも関わらず斯様な待遇を受けておることから察するに、ロマーナはその黒幕とやらから重宝されておるのだろう」

「そうかな……」

「そうだ。ならば、一時の安寧も享受できるに違いない」

「うーん……」

「……眠るがいい、人の子よ」

 まぶたが重くなっている私に、アッシュはダメ押しと言わんばかりに私の頭を撫でる。これは抗えない。

「何、いざとなれば我が黒幕とやらを蹴散らしてくれよう。案ずるな」

「……でも……流石に相手はムンストン先生だしな……」

「え?」

「しかも……なんか私のこと好きって……わけわかんないよね……」

「……え? 待て、ムンストンって確かあの……」

「おやすみ……」

「ちょ、待て。待て待てロマーナ。なんだその話詳しく」

「おやすみ……」

「我の目を冴えさせるような話題振って寝るな!」

 アッシュは暴れて抗議してたけれど、手遅れだった。私はゆるゆると、眠りの世界に誘われていったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る