第37話 食事

 結局、一晩丸々寝てしまった私である。さらわれてきたというのに、我ながら図太い。

「おはようございます。まずはシャワーをどうぞ」

 そして、昨日の白い人が私の部屋に入ってきた。……本当に、何の遠慮もなく入ってきていた。

「シャワー……」

「はい。着替えも用意しております」

「あるんだ……」

「主人の命令です。アナタが妻たる立場となれば、私が付き従うのも当然のこと」

「妻の件はお断り申し上げたはずですが」

 はっきりと返してやる。そう、昨日私は先生から「愛している」と告白されていたものの、脊髄反射の勢いで「オコトワリヨー!」と叫んでいたのである。

 いや無理じゃない? だって強引に私をさらい、その上散々周りの人に迷惑をかけた人である。そんな相手、いくら恩師的な人でも普通に嫌だ。そもそも私が好きなのはヴィンだし、先生の今の状況も分かんないし。オッケーする要素は一切無かった。

「アナタの意見は求めておりません」

 でも、白い人の返事は昨日の先生と全く同じだった。

「アナタは今日からここで暮らすのです。逃げるつもりであれば、足の一本二本は失うとお考えください」

「そういうの、監禁って言うと思うんだけど」

「私はヒトではありませんので、違いが分かるはずもありません。さあ、シャワーが済んだら食堂へご案内します。それまで失礼いたします」

 その言葉を最後に、白い人は部屋から出ていった。……と同時に、アッシュがにゅっとベッドから顔を出した。

「行ったか」

「行ったわね」

「確かにあの魔力は、我の体をぶち抜いた者だな。なんと腹立たしい。今からでも追いかけて尻にでも噛みついてやろうか」

「ステイ、アッシュ」

「くぅん」

「とりあえずシャワーに行きましょう。体が埃っぽいのは嫌だしね。ねぇ、この着替えに仕掛けは無い?」

「む……無い、と思う」

「なら良し」

「いや、着るのか? 答えておいてなんだが、もし錬金術やらで魔力が外に漏れない仕組みになっていた場合、我には感知できんのだぞ?」

「勿論脱出する時には、自分の服を着るわよ。でもまずは、このお城の内部を把握しなくちゃいけないから」

「う、うむ」

「脱出にはまだ時間がかかる。ってことは、反抗するだけ無駄だわ。それに今だけでも従順にしておけば、相手が油断してくれるかもしれないじゃない」

「……貴様、わたあめのような脳みそしてそうなのに意外と考えておるんだな」

「今ちょっと馬鹿にした?」

 そういうわけで、しっかりとシャワーを堪能した私である。思ったよりも充実した設備だったのは、嬉しい誤算だった。

 けれど何故か、あんまり体はスッキリしなかった。朝起きた時からそうなのだけど、こう、ずっしりと頭が重たいのである。

「う、ううん? やっぱ疲れが取れてないのかな……?」

「……」

「でも、頑張らなきゃね。来てくれたヴィンをお城の入り口で迎える為にも」

「それだとロマーナが城の主みたいになるが」

「主じゃないよ! ヴィンの手間を省いてるだけ!」

「やれやれ、こんなお転婆ではヴィンの胃が思いやられるな。まああれは不死だから問題無いか」

「さあ今から先生とご朝食よ。何があるか分からないから、アッシュは部屋でお留守番しててね」

「嫌だ。我も行く」

 アッシュは、ひしと私の腰に抱きついてきた。

「背中にでも縛り付けていけ。どんな危険が及ぶか分からんのだぞ」

「えー、大丈夫だと思うけどな」

「だめだ。それにもし白いのが部屋を掃除したついでに、我まで掃除してしまったらどうする」

「あ、確かに困るね。じゃあ一緒に行こうか」

「うむ」

 そういうわけで、アッシュをスカートの中に隠していくことになった。お腹周りがふっくらしたけれど、こういう体型と言い張れば何とかごまかせると思う。……ちょっと遺憾だけど。

「ロマーナ姫、お迎えにあがりました」

 そうして間も無く、白い女性がやってきた。彼女に関しては、仮面も含め昨日と寸分違わぬ同じ服である。私は彼女に先導されて、城の中を歩いて行った。

 サンジュエル城とは違って、内装はあちこちボロボロだった。あまり手入れされていないのに加えて、よく見れば焼けた跡やわざと壊されたような跡も見られる。もしかすると、かつてこの城では争いがあったのかもしれない。

 ……いや、ここはむしろサンジュエル城が綺麗だったことをヴィンに感謝しなければならないだろう。私が目覚めるのを待つ間、彼は戦争の爪痕の残る城を直してくれていたのだから。ヴィンの心遣いに、今更私はジーンと胸をあったかくしていた。

「おはようございます、ロマーナ姫」

 けれど、ムンストン先生の登場に弾んだ気持ちも一気に萎んでしまった。先生は、長いテーブルの隅っこの椅子に機械仕掛けの体を軋ませて座っていた。

「どうぞそこにおかけください。今日は、ルフにヒトの食事を用意させましたよ」

「……ありがとうございます」

「朝のご挨拶は?」

「……おはようございます」

「よろしい」

 とはいえ他に道も無いので、私も椅子に座る。……恐らく、ルフというのがあの白い女性の名前なのだろう。でも、あの人は「自分は人じゃない」って言ってたし。食事なんて作れるのかな……?

 予感は的中した。食卓に出てきたのは、妙な匂いを放つ真緑色のスープだった。

「……」

「どうぞ、お食べください」

「……あの、これは?」

「食用の草を取って、煮詰めたものです」

「……」

「お食べください」

 数秒後、謎の圧に負けた私は、先生がよそ見した隙を見て一気に緑色の液体を喉に流し込んだ。全内臓が拒否していたけど、なんとか飲み下す。……うん、大丈夫大丈夫。私にはあのオレンジ色の鍵の魔法があるし。後で自分を回復させれば大丈夫大丈夫大丈夫……!

 ちなみに味はほぼ草だった。一緒に出されたパンが普通のパンだったことも功を奏した。私はギリギリの所で命を拾ったのである。

 ――これは、一刻も早く脱出せねばならない。そんな私の思いに、ますますの拍車をかける料理だった。

「……先生は、食べないのですね」

「ええ。食べられる体ではありませんので」

 一方、先生は両肘をついて私を見ているだけだった。仮面をつけているから、視線は分かりにくいけれど。

「じゃあ何故テーブルにつかれているのです?」

「夫というものは妻の食事を見守るものでしょう」

「オコトワリヨー!」

「つれないことを」

 また脊髄反射で返事をしてしまった。――いけないいけない、従順なふりをして油断させるんだった。けれど先生は気にしていないようで、変わらず私を見ている。

「……あの、先生」

 だから私も、ここで少し踏み込んでみようと思ったのだ。

「なんですか?」

「その、一つ聞きたいことがあるんですが、いいですか?」

「聞きましょう」

「……百年前、サンジュエル国がノットリー国の奇襲を受けた件なんですが」

 先生の体から、ギイと金属の擦れる音がする。けれど何とか怯まずに、私は言い切った。

「何か知っていることがあるなら、私に教えてほしいのです」

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