第35話 車の中で
サンジュエル城からノットリー城まで、車を使っても三日ほどかかる。勿論その車を手配したのは……。
「すいませんね、オルグ公」
「元々これが狙いだったのではないか?」
オルグ公だった。最新の技術が使われた車は、広くて乗り心地も良い。はやる気持ちをしっかり速度に変えつつ、ヴィンはハンドルを握っていた。
「おや、弱気になるとは珍しい。あなたの魅力は決して車と財力と馬鹿力だけではありませんよ。ねぇリンドウ」
「ななななんでアタクシに聞くのよ! でもその通りですわね! オルグ様は常に、たくましくてお優しくて強くてお顔も凛々しくていらっしゃるわ!」
「む、む……身に余る寛大な言葉、感謝する」
「ほほほ本当のことですもの! まったく、ただの事実をわざわざ口に出させないで欲しいですわ!」
「リンドウ、やはり口調が変ですね。頭でも打ちました?」
「打ってないわよ! アンタの頭からかち割ってやりましょうか!?」
「リンドウ殿?」
「……ってテトラちゃんが言ってましたわ!」
「ホウッ!?」
賑やかな車内である。けれどただふざけているだけでもないのだ。テトラは、窓の外に並走するカラスの姿を見つけた。
「ホゥー」
「おお、部下に頼んでいた情報だろう。少し窓を開けるぞ、ヴィン殿」
「つっかえないでくださいね」
「そこまで身を乗り出さんわ!」
「……部下に頼んでいた情報とは、バーンダストに関するものですか?」
「ああ、そうだ」
「バーンダスト?」
「我らがトゥミトガ団のアジトへ行った際、ボスであるバツロウ殿の懐からその名がかかれた小切手が見つかったのだ。恐らく、ロマーナ様や魔法使いの拉致を斡旋した者達だろう」
「斡旋、ですの? 直接頼んだのでは無くて?」
「流石に、黒幕がノコノコと名前を残す真似はしないと思うのだが……。そうだろう、ヴィン殿」
「まあ見てみりゃわかりますよ。間抜けか多少マシなのか、抜け目が無いのか」
一旦車を止め、三人(と一羽で)カラスが運んできてくれた文書を読む。そこに記されていたのは、単純な事実だった。
バーンダストは、登録された錬金術師をあちらこちらへと派遣する小さな企業だった。律儀にも、オルグの部下はその従業員の名まで連ねていてくれている。しかしそれを読んだヴィンは、はてと首を捻った。
「オルグ公、念の為確認しますがこの情報は確かなのですよね?」
「この部分に限っては、公にされている情報をそのまま抜き出してきただけだ。何だ、気になることがあるのか?」
「ええ、大いに」
ヴィンの青白い指が、登録された錬金術師の雇い日欄を指した。
「こういった企業は登録者の出入りが激しいものですが、ここに登録された十三人は全て設立された当初からいらっしゃいます。そして、それ以降一人も増減していない」
「んー、珍しいは珍しいかもしれんが……。まあ、そういうこともあるんじゃないのか?」
「そうでしょうか。企業が設立されたのは五十年も前なのですよ?」
「五十年!?」
ここでリンドウが割って入ってきた。彼女の視線が落ちるのは、ある登録者のプロフィール。
「だとすると、おかしいわよ! この人今105歳ってことになるわ! 登録したのが55歳の時だもの!」
「そう。不自然に長い雇用と、五十年の間一切増減しない登録者。“もしかしたらあり得るかもしれない”要素でも、重なれば限りなく実現の可能性はゼロに近くなる」
「ならば……どういうことになるのだ?」
「バーンダストは、大変怪しい企業だということです」
書面を睨みつけながら、ヴィンは考える。――五十年前。その時、一体何が起こっていただろうか。ロマーナに関係のある者で、その時こういった企業を作ることでメリットを得られた者は……。
「……あ」
「どうした、ヴィン殿」
「……あー、あーそういうことか? え? うわー……あー」
「リンドウ殿、こうなったらどうすればいいのだ?」
「はい。アタクシとしては、オルグ様と二人の時間を過ごしとうございます」
「いやあなたの願望を聞いたのではなくて、ヴィン殿の対処法をだな」
「雑巾のようにギチギチに絞り上げよう」
「ヴィン殿!?」
不穏な言葉が口をついた出たヴィンに、ドン引きするオルグである。しかし気にもとめず、ヴィンはまた運転席へと戻った。
「急ぎましょう。黒幕が分かりました」
「なっ!? その黒幕とは……うわっ!」
「急発進失礼。ところでオルグ殿、もう一つ調べていただきたいことがあるのですが」
「全体的に忙しない男だな……。何を知りたい? 言っておくが、バーンダストの所在があるはずの場所はもぬけの殻で……」
「そりゃバーンダストは隠れ蓑なのですから、馬鹿正直に拠点を置いておくことはしないでしょう。しかし、奴らと交流があった者らがいたでしょう?」
「なるほど、トゥミトガ団か! 承知した、すぐに手配して話を聞くとしよう!」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、ヴィン!」
未だ状況についていけないリンドウが、ヴィンの肩を叩いた。
「アタクシざっとしか聞いてないけど、そのトゥミトガ団ってボスも含めて壊滅したんでしょ? 今更誰に聞くってのよ!」
「なんと生き残りがいるのですよ」
「生き残り? や、いた所で素直に話してくれるわけが……」
「それが話してくれるんですよねぇ。今オルグ公の庭師として忠実に働いてるそうなので」
「え!!?」
「おう! 一度は剣を交えた仲だがな、どうしてなかなか気のいい者達だったぞ! やはり貧困は時として人の心を蝕むのだ!」
「え? え!?」
戸惑うリンドウだったが、一通り話を聞いた後は「やっぱりオルグ様は素敵ですわ……。世界中どんな領地を探してもあなたの懐の広さには敵いません……」と頬を赤らめ、嬉しそうにしていた。同じタイミングでオルグは、カラスに文書をくくりつけ「頼んだぞー!」と声を張り上げていた。ヴィンは二人とも無視して、車を飛ばし続けていた。
ヴィンらが真相へと辿り着こうとする中。ロマーナは、背が高く白い女性に豪華な部屋へと案内されていた。……白いという他無かったのである。服どころか、髪も肌も仮面さえも真っ白だったのだから。
――いや、髪に一筋だけ青い部分があった。でもそれ以外は、もう本当に白かった。
「主人より、アナタのお世話を言いつかっております」
白い女性はロマーナを部屋まで案内した後、軽く頭を下げた。
「何なりとお申し付けください」
「じゃあここから出ていきたいです」
「なりません」
「ならないかー」
「食事や排泄など、生命や尊厳維持に必要な要望であれば叶えられます」
「はっきり言っちゃうのね」
扉を開け、部屋の中を覗く。今日からここで暮らせと、イリュラから与えられたロマーナの部屋である。中はさきほどの部屋が嘘みたいに、豪華な家具が揃えられていた。
「……私は、常に部屋の外におります」
扉が閉まる直前、白い女性は静かに告げた。
「ゆめゆめ、逃げようなどとは思わぬように」
「……分かってるわ」
そんな彼女の目を見て、ロマーナもはっきり返してやる。そして、扉は音を立てて閉まった。
(……さて)
部屋をぐるりと見回す。窓良し、ベッド良し、カーテン良し。
(逃げよう!!!!)
ロマーナの、一世一代の脱出劇が幕を開けた。
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