第22話 ヒビ入り貯水タンク系ヒロイン

「魔法とは、いわば魔力を操る力! いくら大量にあろうとも、うまく練り出力できなければ無意味である!」

「ちょっと何よこの毛玉! 喋るの!?」

「しかし今のロマーナの器は、魔力でパンパンになっておる! 加えて魔力を練る場所はおろか、出力できる口も無いのだ!」

「ねぇヴィン、ヤバいわアタクシこれ欲しいかも! 小汚いけど!」

「よって差し詰めロマーナは、所々に小さなヒビの入った貯水タンクといった所か! 明確な出口は無いが、ヒビが入っているから微量に漏れ出ている!」

「さあアタクシと一緒に帰りましょう、毛玉ちゃん! どういう仕組みかたっくさん調べてあげるわぁ!」

「ヴヴヴ離せ魔女め! 許可しておらんぞ!」

「別にいいですよ、持って帰っても」

「ヴィンこら! おいロマーナ、我を助けろ!」

「はいはい、ヒビの入った貯水タンクの私でよければ」

「キュウゥゥン、根に持つな! ものの例えではないか!」

 しょんぼり尻尾を垂れるアッシュを膝に乗せ、撫でて宥めて落ち着かせる。……ところで、だいぶリンドウさんの口調が砕けてきた。近寄りがたい人では決してなさそうだ。

「ま、普通はこんな現象あり得ないわよ。だって魔力を溜められる人は、ちゃんとそれに応じた体質になってるもの」

 長い髪をさらりとかき上げ、リンドウさんは言う。

「器じゃないのに無理矢理に器になってると言えば、分かりやすいかしら。少なくとも魔法使いの素質は無いわ」

「ええっ!?」

「でも魔力だけは大量にある……。なんというか、宝の持ち腐れね」

「でも、漏れ出てますよ!?」

「漏れ出てるだけじゃ魔法使いにはなれないのよ。ヤカンは必要な時に必要な場所から水が出るから使い道があるのであって、穴が空いて常に漏れてたら困るじゃない」

「ヒビの入った貯水タンクとか、穴の空いたヤカンとか……! みんな私を好き勝手言って……!」

 例えるにしても、せめてもうちょっと可愛いものにして欲しい。……けれど、リンドウさんとアッシュの言葉が事実ならがっかりである。私じゃ、お母様みたいな魔法使いにはなれないのだ。

 じゃあこれ、何の為の鍵なのよ。

「……一つ、リンドウに聞きたいのですが」

 顎に手を当てたヴィンが、重々しく口を開く。

「もし、魔法使いの素質が無い者――器を持っていない者が、このまま魔力を溜め続けたらどうなるのですか?」

「それってつまり、ロマーナちゃんが鍵を使い続けたらってこと?」

「ちゃん……? リンドウ、あなたは姫の御前にいるのです。言葉には気をつけるべきかと」

「わー! 待ってヴィン! 私気にしないから! 大丈夫だから、ね!?」

 何故か剣に手が伸びたヴィンを制して、リンドウさんの答えを待つ。対する彼女は慣れているのか、平然としていた。

「そんなの考えるまでもないでしょ」

 白い指が空中に円を描く。何か魔法を使っているのか、丸い軌跡が宙に残った。

「風船に空気を入れ過ぎるのと同じよ。内側から破裂して、おしまい」

「……!」

「大抵の人はショック死するでしょうね。そうでなくても、心ごと壊れて廃人になる可能性があるわ」

 パチンと円の軌跡が弾ける。――悪い魔法使いが姫に残した呪い。命を奪う呪い。おとぎ話が、一気に現実味を帯びて私に迫った気がした。




「けれど、やはり妙ですね」

 リンドウさんが帰ったあと。食事を済ませた私たちは、広間の片隅で話をしていた。

「王妃様が鍵を僕に預ける時、『きっと必要になる』と言われたのです。ただ、ロマーナ様の命を縮めるものだとは考えにくい」

「確かに……」

「とはいえ、危険なものであることに変わりはありません。リンドウからも鍵は貰ってきましたし」

「貸してやるだけって言ってたよね?」

「代わりにあの石ころをくれてやったのだから良いでしょう。物々交換です」

「あれも調査をお願いしただけのような」

 リンドウさんには、侵入してきたトゥミトガ団が持っていた謎ビームを放つ鉱物の調査もお願いしたのである。魔法使いである彼女ですら見たことが無い物だったらしく、渡した時には大変喜ばれた。

『ほんとにこれ貰っていいの!? え、城の防護魔法を破壊した!? しかもビームが出る!? すごいわね、じゃあしっかり調べるわよ! 一応確認しておくけど三つもあるなら一個ぐらい割っていいわよね!? 割るわ!』

 ……多分、あの石が元の姿のまま戻ってくることはないんだろうな。それだけは理解できた。

「ついでに鍵を持っていそうな魔法使いについても、心当たりのある人に連絡を取ってもらっています」

「ええ、五人ほどいらっしゃるって」

「繰り返しますが、鍵は危険なシロモノです。だからこそ、他人の手に渡っているのは由々しき事態でしょう。早急に集め、処分すべきです」

「一本は借り物だけど、いいのかな……」

「良いのですよ。おとぎ話を間に受けるなら、元はロマーナ様の物。壊しても何ら咎められることはありません。それに、布饅頭もはりきっていましたしね」

 隣の部屋から、ものすごい音がしている。ガンガンビョオオグルァァァワンワン。ヴィンは、例の三本の鍵の破壊をアッシュに命じていたのだ。

 そして数分後、汗だくの人型アッシュが部屋に飛び込んできた。

「ワン! おぬしらこれを見ろ、これを!」

「おや、終わりましたか?」

「うむ!」

 アッシュは、意気揚々と“四本”の鍵を天に掲げた。

「なんか増えた!」

 ――ヴィンの綺麗な回し蹴りが、ツノお兄さんの横腹に炸裂した。

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