第23話 あなたの幸せ

「増やしてどうする! 増やしてどうする!」

「キュウウウウン! そんなこと言ったって!」

「ストップ、ヴィン! せめて事情を聞いてからにして!」

「事情を聞いたらいいのか……?」

 長い体を折り曲げキュンキュン怯えるアッシュを、よしよししてやる。頑張った頑張った、えらいえらい。

 でも鍵が増えてしまった事実に変わりはない。何が起これば、桃色の鍵が二本になるんだろう。

「我、ありとあらゆる方法を用いて鍵を壊さんとしたのだがな」

 まるで本当の犬みたいに鼻をピスピスさせながら、アッシュは切長の目で私を見上げる。

「何をどうやっても壊れなかったのだ。この桃色以外は」

「リンドウさんから貰……預かった鍵ね」

「うむ。それだけは、我が魔力を加えると綺麗に表と裏が真っ二つになった」

「……あれ? よく見ると、ちょっと色が違うね。もしかしてこれ、最初から二本の鍵だったんじゃない?」

「見せてもらってもいいですか?」

 ヴィンの冷たい手に、薄桃色の鍵と濃い桃色の鍵を載せる。結局びくともしなかった黄色の鍵やオレンジの鍵と見比べ、彼は頷いた。

「そのようですね。厚さから考えても、桃色の鍵は元々二本の鍵が重なっていたと見て間違いないでしょう」

「やっぱり! じゃあ早速、十二本中四本が集まったのね!」

「一方で、壊れないという事実も判明しましたがね。魔力系パワー一点特化型の布饅頭ですらこうなら、並大抵のことでは傷一つつかないと思われます」

「むむっ、まるでそれ以外はイマイチと言わんばかりの評価ではないか! 貴様、頭からバリバリと食われたいか!」

「そういえば虫歯チェックがまだでしたね。食われるならついでに悪い歯も抜いておきましょう」

「キュウン!」

「ヴィン、いじわる言わないの。アッシュもそんなことしちゃダメよ?」

「ワン」

 相変わらずアッシュへの当たりが強いヴィンである。なんでだろうなぁと、私はアッシュを撫でながら首を傾げた。

「……ただでさえ、ロマーナ様を狙う集団がいるのです」

 私に暖かなストールをかけて、ヴィンは言う。

「その者らに鍵のことが知れたらと思うと、僕は気が気ではありません」

「大丈夫よ。オルグ様もリンドウさんも信用できる方なんでしょう?」

「……どうですかね。僕一人の力ではどうにもならなかったので、二人に助力を頼みましたが」

 難しい声のヴィンに、私も複雑な気持ちになる。――何故、私が目覚めたことが外部に漏れていたのか。特にオルグ様への疑問は、完全に晴れたわけではないのだ。

 けれどリンドウさんはどうだろう。私はヴィンを振り返った。

「ねぇ、リンドウさんはもともと私のことを知ってるみたいだったよね。彼女には私のことを話してたの?」

「はい、その通りです。リンドウの母はサンジュエル国に出入りする魔法使いでしたし、この百年何かと力を借りていましたからね。今後も付き合いを続けるにあたり、隠すのは難しいと判断したのです」

「……」

「どうされました?」

 ……付き合いを続ける、という言葉にずんと心が重たくなった私である。加えて百年ずっと一緒だったと知ったのだ。もやもやとした心が棘ついた言動に変わらないよう、気をつける。

「じゃあ、リンドウさんから私のことが漏れる可能性は無いのね?」

「少なくとも彼女がそうするメリットはありません。僕が相手なら尚更でしょう」

「……だ、断言できるなんて、随分と仲がいい、わね」

「そんなことありませんよ」

「ふ、ふふふふぅん……」

「それより、ガラジュー公との婚約の件についてですが」

 はぐらかされたと思った。だけど同時にぽふんとアッシュがぬいぐるみに戻って、追及し損ねてしまう。……膝の上から聞こえてくるのは、穏やかな寝息。ぬいぐるみなのに眠るだなんて、ほんと器用な子である。

 アッシュの変身に少し気を削がれたらしいヴィンだったけど、頭を振って続けた。

「……出過ぎた物言いをお許しください、ロマーナ様。実は僕は、もしガラジュー公の潔白が証明されたなら、急ぎあなたは彼と婚姻すべきと考えております」

「え、どうして?」

「あなたは現在、何者かに狙われています。また今日みたいなことが起これば、次は僕だけでは守りきれないかもしれません」

 うつむいた顔には、深い影が落ちていた。たとえ部屋中の明かりを集めても、その表情を照らせないのではと思うほどに。

「しかしガラジュー公は、兵を持っています。今でこそあなたの存在は知られていませんが、正式な妻となれば話は違うでしょう。多くの兵があなたを守ってくれます。それこそ……アンデッドや得体の知れないぬいぐるみなどではない、ちゃんとした人間が」

「そんな言い方……!」

「ロマーナ様、あなたは人間なのです」

 ヴィンが顔を上げる。切羽詰まったみたいに、眉間に皺を寄せて。

「人間と共に、人間として幸せにならねばなりません。それが王と王妃が望まれた、あなたの未来なのです」

「でもっ……!」

「僕は王妃様より、ロマーナ様を守るよう命じられました。しかしあなたが目覚めた今、役目は終わったのです。……あなたの幸せを心から願っています。だから」

「じゃあ! 昨日もうちょっと私の騎士でいたいって言ったのは何だったのよ!?」

 思わず怒鳴ってしまった。……絶賛片思い中の相手に。だからそこで止めようと思ったのに、溜まった思いは落ちた言葉につられてどんどんこぼれていく。

「じ……実際どうなのよ!? ヴィンは、私がオルグ様のお嫁さんになったらどうするの!? 一緒に来てくれるの!?」

「それは……流石に、遠慮するかと」

「じゃあ私の騎士じゃなくなるじゃない! 私の騎士でいたいんじゃなかったの!? だったらどうしてオルグ様との結婚を勧めるのよ!」

「……ロマーナ様に、幸せになってほしいからです。ちゃんとした人と、ちゃんとした場所で幸せに」

「ちゃんとした人とか場所って何!? 私! それが幸せって言った事無い!!」

 ヴィンの目が、大きく開かれた。ここまで来るともう引けない。姫らしさをかなぐり捨てた私は、ずいと立ち上がった。

「私の幸せは私が決めるわ! 好きな人や好きな場所だって自分で見つける! 用意されても、困る! すごく困る!!」

「……」

「私の幸せを願うとか言って、ヴィンの想像ばっかり押しつけないでよ! 私に幸せになってほしいんでしょ!? じゃあ私の話も聞いてよ!!」

「……ロマーナ様」

「あと他には、えっと……な、何も無い! 以上です! お分かりいただけましたでしょうか!」

 ……最後は、何故か敬語になってしまった。だってもう、何か何だかわからないけど泣きそうで泣きそうでしょうがなかったのだ。胸の中はぐちゃぐちゃで、何なら既にヴィンの姿は滲んでいて。

 ヴィンは、しばらくポカンとしているように見えた。けれどおもむろに私の前まで来ると、片膝をついた。

「……ロマーナ様。心より、お詫び申し上げます」

 優しい声がする。ヴィンは、私に頭を下げていた。

「僕はあまりに愚かで、何一つあなたのことが見えていませんでした。あなたの幸せを叶えるどころか、負担さえかけていたようです」

「ヴィン……」

「ですが……信じてください。幸せを願っているのもまた、事実なのです」

 ひやりと手に冷たい感触がする。ヴィンは私の手を取り、じっと私にエメラルドの目を向けていた。

「二度とあなたの幸せを間違えません。なのでどうか、僕に幸せというものを教えてくださいませんか」

「え……」

「僕はあなたの騎士です。共にある限り、全ての助けとなりたい。過ぎた願いとは思いますが……どうか」

 真摯な目が、私を射抜く。私は息の仕方も忘れて、ただただ顔に熱が集まるのを感じていた。

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