第21話 リンドウ

 艶やかな黒髪に、睫毛の長い目。そんなわけないのに、機械越しに花の香りが漂ってくる気がする。

 ――強い。女性として、強過ぎる。

「ど、どうしたロマーナ。ガタガタ震えて」

「ち、違う、臆してなんかないよ。血が騒いでるだけ」

「何故あの女と戦う気なのだ?」

 アッシュに心配されるなんて相当である。でも今は対抗心を燃やしているじゃない。鍵について情報を得るほうが先なのだ。けれど、そう意気込んだ私の気持ちは、薔薇の花弁のような彼女の唇から紡がれる言葉に打ち砕かれた。

「あら、ヴィンじゃない。どうしたの? またアタクシに会いたくなったのかしら」


 親しげ!!!!


 とっても、親しげ!!!!


 またって何、またって! そんなの私百年前にも行ったことないよ! 言ってみたい! すごく言ってみたい!!

 対するヴィンは、軽く息を吐いて首を横に振った。

「単純に必要だからですよ、リンドウ。ちょっと見てもらいたいものがあるのですが」

「必要っ……! 呼び捨てっ……!」

「あら、そちらにおられるのは例のお姫様かしら? ふふ、可愛らしい子じゃない」

「……ロマーナ様、こちらリンドウという魔法使いです。こう見えて腕は確かですよ」

「こう見えては余計でしょ。さて姫様、アタクシはリンドウ・バステ・ト・ルー。よろしくね」

「ロマーナ・サンジュエルです……。よ、よろしくお願いします……」

「さて、互いに紹介も済んだ所で早速本題に移りましょう」

 敗北感に打ちひしがれる私をよそに、ヴィンはリンドウさんの前に黄色とオレンジの鍵を掲げる。

「あら、その鍵」

「何かご存知ですか?」

「そうね……。いえ、まずは何が起こったか説明してくれるかしら?」

「……情報を持っているのですね。分かりました」ヴィンは頷き、手元に黄色の鍵だけ残す。

「まずこちらの鍵ですが、サンジュエル国の宝物庫で見つかりました。ロマーナ様が使った所、彼女の魔力が増大し、近くにいた者が顕著な影響を受けたとのことです」

「ふぅん」リンドウさんは、色っぽく頬杖をついている。

「そしてもう一本の鍵は、王妃から預かったものです。こちらはまだ使っていないのですが、形状が同じであることから同様の効果があると思われます。しかし、何故鍵が二本もあるのかの理由が見えず……故に、あなたに助力を頼んだのです」

「……」

「さあ僕は話しましたよ、リンドウ。次はあなたの番です。この鍵について知っていることがあるなら、全て話してください」

「……んー、色々と言いたいことはあるけど、とりあえず一つかしら」

「何ですか?」

 チャリンと音がする。彼女の見せたものに、私とヴィンは息を飲んだ。

「鍵は、二本だけじゃない」リンドウさんの手にあったのは、小さな桃色の鍵。

「もう一本、ここにあるの」




 それから三時間後。リンドウさんは、サンジュエル城を訪れていた。

「といっても、鍵はお母様が持ってたものだからアタクシはよく知らないのだけど」

「お母様が?」

「ウーミャ・カレ・ト・ルー。知らない? サンジュエル国に出入りしてた魔法使いなんだけど」

「あ……はい! 存じています!」

 私の頭に、黒いドレスの女性が浮かんだ。

「母が幼少の頃からずっとお世話になっていた方です。私もよく、怪我をした時など手当てしてもらいました。美魔女と呼ばれ、年齢不詳、住所不詳、十年単位ぶりに再会しても姿がほとんど変わらない不思議な方で……え? その方がお母様なんですか?」

「何よ、悪い?」

「悪くはないですが……」

 私の記憶は鮮やかだけど、これは百年も前の話なのだ。あの方がお母様だとすると、リンドウさんは今いくつなんだろう。

「お母様で間違いないわよ。実はアタクシ、ちょっと人間じゃないの」

 私の疑問に、彼女はお医者さんがするみたいに私の目の下を伸ばしながら答えた。

「ご先祖様に魔物の血が混ざってるのよ。だから普通の人間とは歳の取り方が違うの」

「あ、道理で。でもそれなら、リンドウさんのお母様は今もご健在で……」

「いいえ、とっくに死んだわ」

 リンドウさんは、淡々と言った。

「百年前の戦争に巻き込まれてね」

「……ごめんなさい」

「なんでアンタが謝るのよ。燃える城に行ったのは、お母様が好きでしたことだわ。今更気にされても困るわよ」

 そう言われても、すんなり飲み込めるものではない。どう返したらいいか分からないでいるうちに、彼女は話題を変えてしまった。

「鍵といえば、こんなおとぎ話をお母様から聞いたことがあるわ」

「おとぎ話?」

「ええ。ちょうど、あなたが生まれた後ぐらいに聞かされたんだっけ」

「……」

「――昔々、美しい国の仲睦まじい王と王妃の間に、一人の姫が産まれた。王と王妃は姫の為に素晴らしい魔法使いを十二人呼んで、幸せになれる魔法をかけた。

 魔法使いたちは願った。一人は、『誰よりも美しい心を持つように』。一人は、『心から愛しあえる人と出会えるように』。一人は、『一生お金に困らないように』……などなど。はい、お口あーんして」

「あーん」

「うん、喉の腫れは無いわね」

「一応聞きますけど、これほんとに私の魔力を見てるだけですよね?」

 健康診断じゃないよね? けれどリンドウさんは、全く気にせず物語を続ける。

「だけどそこに一人の悪い魔法使いが現れ、姫に呪いをかけてしまった。ある年齢に達すれば命を落としてしまうという、恐ろしい呪いを」

「……!」

「だから魔法使い達は、手分けして呪いを封じ込めることにしたのよ。十二人の魔法使いが、それぞれ『十二本の魔法の鍵』を姫の体にかけることによってね」

「鍵? それって、まさか」

「そう、今アタクシ達が持ってる鍵のことかもしれない」リンドウさんは、今度は両手で私の首を触っている。

「少なくともアタクシは、ヴィンの話を聞いてすぐこの物語を思い出したわ」

「じゃ、じゃあ、幸せの魔法も私にはかかってるの……!?」

「ううん。お母様曰く、呪いを封じる方に魔力を使ったせいで幸せの魔法の分まではちょっと足りなかったって」

「そんなぁー!」

 そこは残してほしかったなぁ! でも命あっての物種だし、仕方ないか。

「……ロマーナ様にかけられた鍵、ねぇ」

 壁にもたれるヴィンが、手のひらに乗せた桃色の鍵を物憂げに見つめている。

「しかし長く城に仕えてきましたが、そんな話は欠片も聞いたことがありませんよ。そもそもどうして鍵を残す必要があったのです? 普通、姫の呪いを解放する鍵などすぐ壊して然るべきと思いますが」

「知らないわよ。アタクシが鍵にまつわる話で知ってるのは、このおとぎ話と、お母様が大事にしまってた薄桃色の鍵だけ」

「そうですか。……ところで、ロマーナ様の魔力はどうなっています?」

「どうも何も、超変わってるわよ。こんな体質見たことないわ」

 最後に私のおでこに手を当てて、リンドウさんは目を鋭くした。

「魔力は確かに感じるの。だけど出ていく場所が無い感じ? ただパンパンに体内に溜まってるってだけ。とても魔法を使う余裕は無いわよ」

「え、魔法を使う余裕は無いってどういう……」

「うむ、やはりか!」

 驚く私の腕の中から、ぴょこんとアッシュが飛び出した。

「つまり今のロマーナは、ヒビの入った貯水タンク! ワワンッ、我ながら上手い例えだな!」

「え」

「あ」

「うわ」

 一瞬の沈黙。そして、

「ッああああ喋ったああああアアアアアアアアア!!!!」

 案外オーバーなリンドウさんの悲鳴に、「あ、その反応今朝の私ぶりだ!」と、そう思った。

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