第20話 二つの鍵
一旦オルグ様は、四人の侵入者を引き連れて自分の領へと帰った。トゥミトガ団のアジトの居場所にも心当たりがあるようで、突き止められたら連絡をくれるとのこと。
そして、今。
「だから部屋の片付けぐらい自分でできるから」
「でも」
「できなかったら別室で寝るから」
「だけど」
「ヴィンまだ体治ってないんでしょ」
「それでも」
「いいから休んで!」
なんとしても私の部屋を修理し片付けたいヴィンを、私はベッドに押さえつけていた。半ば無理矢理寝かしつけられたヴィンは困った顔をして、私を見上げる。
「僕はアンデッドですよ。寝ずとも勝手に体は治ります」
「こう言ってるけど、アッシュ、本当?」
「よく分からんが、自然修復をしたいなら寝っ転がって何もしないのが一番だろうな。今のコイツ、全然魔力が回ってないし」
「ですって、ヴィン! ねんねよ!」
「あとで覚えてろ布饅頭」
「我悪くない」
悪態をつくヴィンだけど、私の目にだって疲れているように見えるのだ。普段働き者なんだから、休む時はしっかり休んでほしい。
「……あ、そうだ」
けれど、情報共有ぐらいならいいだろう。私はポケットから黄色の鍵を取り出した。
「ロマーナ様、それは……?」
「宝物庫で拾ったものよ。これを使ったら、アッシュの姿が元の姿に戻ったの」
「……詳しく聞かせていただいても?」
「分かったわ。えーと、私の胸の前でくるっと回したらね、ガチャって音がして、もくもくーって黄色の煙が出てきたの。そうしたらバシュッとアッシュが変身して、どんどこやっさとやっつけてくれたの!」
「……クゥン。さてはロマーナ、説明が下手か?」
「むっ、そんなことないよ!」
「ええ、臨場感が伝わってきて素晴らしいですよ」
「ありがとう、ヴィン!」
やっぱり大好き!!!!
「でも私自身には何の変化も無かったのよね。ヴィンはこの鍵について知ってることはない?」
「そう、ですね……」
問われたヴィンはしばらく黙っていたけど、やがてむくりと起き上がった。止めようとする私を制し、クローゼットへと向かう。戻ってきたその手には、オレンジ色の小物が握られていた。
「それ……もしかして、鍵?」
「はい。恐らくロマーナ様のと同じものでしょう」
「何故ヴィンがその鍵を?」
「これは、生前の王妃から渡されたものなのです」
「えっ!」
驚く私に、ヴィンは頷いた。
「これから先、きっとロマーナ様に必要になるからと。しかし詳細を聞く時間は無かった為、どういうモノか分からないまま保管してきました。ですが今日、鍵はロマーナ様の手によって使われ、布饅頭の身に影響を及ぼした」
ヴィンの視線がアッシュに向けられる。当時の状況の説明を要求しているのだろう。一方アッシュは、ベッドの上でぽよぽよと跳ねながら答えた。
「そうっ、だなっ、確かっ、あの時はっ、なっ!」
「すいません、ロマーナ様。お手数ですがその布饅頭をベッドに押し付けてください」
「オッケー」
「むぎゅう! ……と、とにかく、ロマーナが鍵を回した瞬間のこと。我の体に凄まじい力が満ちるのを感じたのだ」
「力……とは魔力を指すのですか?」
「うむ。そして今、ロマーナの体からは今朝よりも強い魔力が放たれている」
そうなの? 思わず自分のお腹あたりをぽんぽんと叩いてみたけど、何も変わった様子は無かった。
「察するに、鍵はロマーナの魔力を高めるものなのだろう。何故なら鍵をこっそり我が使ってみても、うんともすんとも言わんかったからな」
「おやおや、いけない子ですね。あれほどおイタはするなと言ったのに」
「キュウウウン! やめろ、糸を抜こうとするな! 我バラバラになる!」
そっか、やっぱり鍵を使ったら私は強くなれるんだ――。明かされた事実の前に、じゃれあう二人の隣で私はぎゅっと拳を握っていた。
だとしたら、更にオレンジの鍵を使えば何が起こるか。今日みたいに逃げ回らず、ヴィンの隣に立てるような立派な魔法使いになれるかもしれない。
「で、布饅頭はそうしてロマーナ様から放たれた魔力を掠め取り、元の姿に戻っていたと」ヴィンはカチカチと糸切りバサミを打ち鳴らして、言う。
「素晴らしい。いつもの不遜な言動からは考えられない、トリッキーな手段ですね」
「我知ってる、それ嫌味って言うんだ。しかしロマーナ、真の姿を取り戻した我の見目は実に麗しかったろう!?」
「ん? うん、綺麗だったよ。髪の色とか銀線みたいで」
「うぬっ!? ふ……ふふふっ! と、当然である! あの姿を見て平常を保てるはずもない! べ、別にもっと褒め称えても」
「おっと手が滑った」
「理不尽にも程があるぞ、ヴィン!」
ハサミを持ったヴィンの動きはありえないぐらい速かったけど、なんとかアッシュを助けることができた。ヴィンはアッシュに対してやたらと厳しいのである。
それにしても、アッシュって一体何者なんだろうなぁ。変な魔法を使ってたし、すんごい強いみたいだったけど。
まさか、本当に悪魔だったりして――?
……まあいっか! 今はぬいぐるみのアッシュに戻ってるし、ヴィンの教育も行き届いているみたいだし! それよりも鍵!
私は、勢いよくヴィンに向かって両手を差し出した。
「……どうされました?」
「オレンジの鍵をもらいたいの! 私、もっと魔力を出せるようになりたい!」
「……うーん」
「あれ、何か問題が?」
「渡すのは構わないのですが、何故わざわざ鍵が分けられていたかが気になって」
ヴィンは、手の中でオレンジ色の鍵をくるりと回した。
「ロマーナ様の魔力を上昇させるアイテムを作るのであれば、一つで良いはずです。何故二つに分けたのでしょう」
「んー……ほら、用心の為とかじゃないの? 一つだけにしておくより、二つにしておいたほうがリスクの分散になるよね?」
「そうかもしれませんが、何かスッキリしなくて……」
それきり、ヴィンは考え込んでしまう。次第に眉間に深い皺が刻まれていき、深いため息をついて。
「……やむなしですね。魔法のことは、魔法使いに聞くとしましょう」
「え、魔法使いのお知り合いがいるの?」
「はい。……あまり進んで頼りたい相手ではありませんが」
誰だろう。でも、なんだか嫌な予感がした。
「リンドウ・バステ・ト・ルー」
どこからともなく平べったい機械を取り出したヴィンが、とある名を口にする。しばらくの間の後、とても綺麗な女性の姿が機械の中に映し出された。
「何度も失礼します。あなたの力を、借りたいのです」
その人は、紛れもなく私が今朝見た美女であった。
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