第19話 拘束された二人

 それからまもなくしてヴィン達が到着した。何故か、オルグ様も一緒に。

「ロマーナ様、ご無事ですか!」

「私は怪我一つ無いよ! でも……」

「なんだこの変態ども!!!!」

「ぎゃー!!!!」

「やめてあげて、ヴィン! オーバーキルよ!」

 ほぼ全裸の侵入者二人に、ヴィンの助走をつけた飛び蹴りが炸裂した。事情を知らないとはいえ、流石にちょっと可哀想である。

 必死でヴィンを止めていると、いそいそとオルグ様が来られて頭を垂れた。

「姫、オルグ・ガルジューが馳せ参じました」

「あ、おはようございます。ようこそお越しくださいました」

「しかし一体何が起こっているのです? 妙な男らに妙な装備。どうも私には、いつもの襲撃とは思えないのですが」

「そうなのですか?」

「はい」オルグ様は、私の目を見て真摯に頷いた。

「城を訪れる者は、悪い意味でまこと幅広いのですがね。ここまで実力と装備が整ったケースは、私の認知する限りではありません。ややもすれば、次の襲撃の可能性も……」

「……」

「ロマーナ姫、重々お気をつけくださいませ。あなたの不死の騎士は腕が立ちますが、たった一人しかおりませぬ。私でよければ、いつでも参りますゆえ」

 頼もしい言葉と共に、オルグ様はまた頭を垂れる。……私に人の心など読めないけれど、心から心配してくださっているように見えた。聞けば、ピンチだったヴィンを助けて一緒に襲撃者をやっつけてくれたのだという。

 ――この方を信用できるなら、どんなに心強いだろうか。だけど今の不透明な状況では、どんな先入観も不測の事態を招きかねない。後でヴィンと相談しなければ。

 ところで、まだ真の姿が解けないアッシュは意気揚々とヴィンの元へ向かっていった。

「どうだ、ヴィンよ! このニンゲンらの捕獲は我がやったのだぞ! 見事ロマーナを守るという役目は果たしたというわけだ! ワン!」

「ええ、大変良い出来です。ご褒美をあげねばなりませんね」

「褒美? いや、自由にしてもらえればそれで……」

「こちら昨晩手慰みに作ったクッキーです。よかったら一袋どうぞ」

「ガルッ!? こ、こんなもので我が絆されるとは……! ……いい匂いであるな。否否否! 話と違うではないか! ロマーナを守ったら自由に……するとの……」

「ふふ、良い匂いでしょう? 腕によりをかけて作りましたから」

「しかし、これを食べると、我の働きの対価がクッキーに……なる……が…………」

「どうぞ」

「…………ぱく」

「食べましたね」

「あああああ食べてしもうたあああ! だか美味い! なんだこの美味さは! 悪魔的である!」

「ではこれで対価は払いましたので、今後も引き続き頑張ってくださいね。あ、その袋のは全部食べていいですよ」

「やった! 違う、間違えた! おのれぇ、我を騙すなど小癪なニンゲンめ……!」

 ……中性的で綺麗なツノお兄さんが、かっこいいアンデッドお兄さんに餌付けされている。話の内容は殆ど理解できなかったけど、アッシュはこれからも一緒にいてくれるらしい。良かった。私もなんだかんだで愛着が湧いてきたのである。

「……あの騒がしい男は、一体?」

「ご安心くださいオルグ様、味方ですよ! アッシュというのですが、昨日魔法具屋で買ってきたぬいぐるみでして。ヴィンに躾けられてああなりました」

「ぬいぐるみ? 躾? はてそれはどういう……あああっ!? ぬいぐるみになった!!」

 オルグ様の目の前で、アッシュはぼふんと紫色の煙を出してぬいぐるみに戻ってしまった。どうやらそこまで長く人の姿は維持できないらしい。

「さて……気になることはたくさんありますが」

 ほのぼのとした空気を変えるように、腰に手を当てヴィンはため息をつく。アンデッドでも、酸素が必要なんだろうか。そしてよく見たらまた服が血まみれになっていて、ずくりと私の胸が痛んだ。

 彼は、今や仮面すら剥がれてタオル一枚の男の人達を、冷たい目で見下ろした。

「あなた方の雇用主についてお話しくださいますか。姫がいらっしゃる手前一応穏やかに尋ねておりますが、拒否権の無いことはお忘れなきよう。断るなら、こちらにも考えがあります」

「考えだと? ハン、我らはどのような拷問にも屈さな……」

「全員全裸顔出しの写真に『狂気! 観光名所・眠り姫城に侵入し朝まで全裸リンボーダンスを踊り続けた末同じく侵入してきたガラジュー公に発見された変態四天王』と題して街中にばら撒きます」

「全て話します。それだけはやめてください」

「おい、私を巻き込むな!」

 なんて恐ろしい脅し文句だろうか。だけどこれなら誰も傷つけず話を聞き出すことができる。ヴィンはやっぱり、優しくて頭がいいのだ。

「……優しいニンゲンなら、ああいうこと言わないと思うが」

「私の心の中読まないの、アッシュ。クッキー食べちゃうよ?」

「全部我のである!」

 お腹の下にクッキーを隠すぬいぐるみだ。布饅頭状態でも、ちゃんと食べられるんだろうか。……食べてるな。しゃくしゃく音してる。

「……我々は、トゥミトガ団の者だ」

 そして全裸――トゥミトガ団の一人が、話し始めた。トゥミトガ団といえばノースパークの街でスリなどの悪事を働くチンピラ集団だと、こっそりオルグ様が耳打ちをしてくれる。

「だが今回の件においては、我々はあくまで雇われただけ。『眠り姫の城にいるサンジュエル国の姫をさらってこい』と依頼されただけなのだ」

「しかし、眠り姫の城といえばただの観光名所としてしか知られていないはず。どうしてそんなロマンチックなおとぎ話を間に受けたりしたのです?」

「……多額の金を積まれた。他にも、見たこともない空飛ぶ鎧と武器まで支給されて……」

「ああ、謎の石のことですか。あれには苦労させられましたね」

 ヴィンの言葉に、オルグ様も「うむ」と頷く。アッシュも「なかなか溶かしがいがあったぞ!」とふかふかの胸を張った。この子だけ言ってることおかしいな。

「あの石は何なのですか……といっても、あなた方には分からないのでしたね。トゥミトガ団のトップであるバツロウ殿なら、ご存じでしょうか。近く問い詰めてみるとしましょう」

「お、おい、オレらはどうなるんだ! 情報は吐いたんだ、早く解放しろ!」

「免除されたのは社会的な死だけであって、罪は免れておりませんよ。しかし、処遇をどうしたものか。せめてバツロウ殿に話を聞くまで、身柄を拘束しておきたいのですが……」

「ならば私が引き受けよう」

 ここで名乗りを上げたのは、オルグ様である。分厚い胸板をドンと叩き、彼は野太い声で言った。

「この城では、罪人を見る人手も余裕も無いだろう? 先ほど私とヴィン殿で捕らえた者らも含め、私の領にて秘匿に預かるとしよう」

「よろしいのです? そうしていただけると助かりますが」

「ただし条件がある。トゥミトガ団に向かう際には私にも声をかけてくれ。婚約者をさらおうとした者らだ、いかな目的があったかは知っておきたい」

「承知しました」

「あと……」

「まだ何か?」

 オルグ様は、簡単にタオルをかけられただけの罪人二人を一瞥した。

「せめて、彼らに何か着る物を寄越してもらえまいか? この状態で護送するのは、流石にちょっと」

「ああ、でしたら適当に見繕ってお渡ししますよ。少々お待ちを」

「すまない。洗って返すから」

「いえ。そのまま捨ててください。必ず」

 にこやかに答えていたけど、ヴィンの目は笑っていなかった。

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