第18話 加勢とアッシュの変身

 ――ああ、まずい。これは良くない状況だ。

 がくりとヴィンの体が崩れる。左膝から先が切断されている為だ。魔力を回せばさほど遅くない内に歩ける程度にはなるが、眼前の敵は既に鈍色の鉱物を掲げている。

「……ッ!」

 鋭い光線をすんでのところでかわす。着地に響く痛みも、歯を食いしばって耐えれば済む話だ。ヴィンは剣を床に突き刺し、我が身を立て直した。

(これ以上、ロマーナ様の部屋を荒らすわけにはいかない)

 窓に目をやり、そちらに体の重心を傾ける。それを防ごうと金属質な二体が動くが、まさに狙い通りだった。

 渾身の力で跳躍する。背中に隠しておいた爆薬を含んだ小箱を起動させる。

 瞬間、ヴィンの体は凄まじい勢いで敵に直撃した。

「グガッ……!」

 勢いに押され、敵の体は窓を破り外へと投げ出される。同時に聞こえた生身の人間の声に、ヴィンは「中身はちゃんとヒトなのか」と妙に安堵した。

 地面に叩きつければ多少ダメージも与えられようかと思ったが、残念ながらそう簡単な話ではないらしい。仮面の男らは空中で不器用に一回転すると、ごてごてしい金属の羽を羽ばたかせ静止した。残されたヴィンは、呆気なく落下し背でメキメキと枝や葉を潰した。

(……あの鉱石から放たれる魔法の速度が速い。体が治る前に攻撃を食らう。加えて、見たこともない頑強な鎧……。僕と相性が良くないな)

 喉奥から込み上げてきた血を吐き捨て、よろよろと身を起こす。背骨は軋み折れた肋骨が内臓を刺していたが、左足は元に戻っていたので立ち上がるのに問題は無かった。

 仮面の男らはヴィンに視線を向けたまま、ゆっくりと降下してくる。羽の都合なのか、わざとそうしているのかは分からない。が、一つだけはっきりとしていることがあった。

(奴らの目的は、ロマーナ様だ)

 回復に専念する。剣を握りしめ、赤くなる視界を片手で振り払う。

(奴らは迷いなくあの部屋を狙った。ロマーナ様が目覚めたことを知っていたからだ。すると次は、どうやってその事実を知ったかだが……)

 ヴィンの頭に、いかにも誠実実直そうな男の姿がよぎる。ロマーナの婚約者を自称する、大柄な公爵の姿が。

 口角が上がる。己の無能を嘲笑ったのだ。

(……なるほど。まんまと一杯食わされたか)

 まあいい、まずは眼前の敵を潰さねば。そう思ったヴィンが、狙いを定めて目に力を込めた時である。

「御免!」

「ギャアッ!」

 金属の鈍い音がして、敵の一人が昏倒した。背後から現れたるは、巨大な剣を携えた顔に傷のある大男。彼はヴィンを見ると、太い眉を思いきり歪めた。

「酷くやられたな、不死の騎士よ! 加勢が必要か!」

「ガラジュー公……!」

「いや、答えなくていい! 無論参ろう!」

 残った鎧が、オルグに謎の石を掲げる。身構えたオルグであったが、放たれた眩い光に視界が奪われた。

「ええ、詳しく話す時間はありません」

 敵との間に割って入り、オルグに迫った一撃を剣で受け流したヴィンが言う。

「今はここを切り抜けましょう。ただし手加減はしてくださいよ。あなた馬鹿力なので」

「応! 敵に情けをかけるとは、見上げた騎士道だ!」

「いえ、後で締め上げて黒幕を吐かせるためです」

「前言撤回!」

 残る敵は一人。対するこちらは、不死の騎士と大剣の公爵。

 決して信用したわけではない。オルグへの疑いはまだ晴れてはいない、のだが。

(まあ、今はありがたく利用するとしましょう)

 ヴィンは、たじろぐ仮面の敵に剣を構え直したのである。




 私が黄色の鍵を胸の前で回した途端、ぼわんと辺り一面に黄色の煙が満ちた。……うっすらと理解できる。これは魔力の霧だ。

 さあ、これから私の身に何が起こるのか。魔法使いとして覚醒するのか、それとも秘められし大いなる知識的な何かとかが蘇るのか。いずれにしても、きっとこの状況を打破できるはずである。

 次第に霧が晴れてくる。その中に見えたのは、一つの大きな影。

「ワゥッ!? ワン……」

 影は戸惑ったようにキョロキョロとしたあと、胸を張って大声で笑った。

「フハハ……フハハハハ! 力が! 力がみなぎってくるぞ!」

「……」

「見ろ、ロマーナ! なんだか知らんが、元に戻ったぞ! フハハハハハハハハ!!」

「…………」

 ――灰色の髪に真っ赤な二本のツノと真っ赤な目。中性的な美しさの男が、閉塞的な部屋の中央ではしゃぎ倒していた。

 え? この人、もしかしなくても……。

「アッシュ? あなたアッシュなの?」

「いかにも! それは我が愛らしき布饅頭だった際、貴様に付けられた名だ!」

「まあ、なんて立派になって。すごく綺麗な髪色をしてたのね」

「ワン!」

「でも思ったより犬が抜けて無いね」

「ワン?」

 クールな顔立ちなのに、私にはぶんぶこ振られるしっぽが見えた気がした。会ったのは昨日だけど、一晩ですっかり懐かれてしまったらしい。嬉しい。

「だ……誰だお前は! どこから現れた!」

「む? 我は先ほどから貴様らの目の前にいたぞ! 気づかぬとはなんたる不敬! なんたる怠慢!」

「な、何を言って……!」

「おおん? 我に逆らうか? 逆らってしまうのか? ニンゲン如きが? おん?」

 突如現れた謎の男に困惑する敵に、アッシュはどんどん距離を詰めていく。銀の髪は生き物のようにうねり、不思議と長さが安定しない。よく分からない状況と圧に、鎧を纏った敵たちも後退りしていた。

「くっ……だが、命令は絶対だ!」

 鎧の男の一人が、剣を構えた。

「サンジュエル国の姫を連れていかねばならない! お前には死んでもらうぞ!」

「そういうのわざわざ言わなくていいと思うんだよな、我。そして……」

 アッシュの爪ごと黒い指が、男を指差す。

「かのような棒っきれと石ころ如きで我を屠ろうとは、愚の骨頂」

「は……!?」

 気づけば、アッシュの後ろに別の男が迫っていた。その手には、謎の石が握られている。

 何だろうと思った。けれど正体が分かる前に、アッシュは両腕を広げて指を鳴らしていた。

「ぎゃああああああ!」

「うわああああああ!」

 次にまばたきを終えた時、鎧の人たちの下半身は部屋に満ちたどろどろの黒い粘液に飲み込まれていた。

「なんだこれは!?」

「わかりません! ぎゃあああ溶かされるううう!!」

「まださほど溶けてはおらんだろ。それは時間がかかるんだ」

「溶け……!? 何したの、アッシュ!?」

 ちなみに私の周りだけ、円を描いたようにドロドロは来ていなかった。対するアッシュはちょっと首を傾げて、答えてくれる。

「捕まえてみた。ヴィンから殺すなと言われておるからな」

「ヴィンから……? あ、朝の躾タイムの時に?」

「あれを躾と呼ぶなら、時代によっては社会問題になると思う」

「よく分からないけど、酷い目に遭ったのね」

「それに見た所、彼奴らは厄介そうな鎧や武器も持っておったしな」黒いドロドロは、叫ぶ鎧さんたちの胸元まで迫り上がってきていた。

「ちょっとぐらい、溶かしておいたほうがいいだろ。皮膚が溶ける前に出してやればそれで」

「……ちなみに何分ぐらいで皮膚が溶け出すの?」

「鎧の材質からは分からんが、あと三十秒ぐらい?」

「思ったより余裕無いね!? 今助けますよー!!」

 こうしてギリギリ難を逃れた私は、渋い顔をするアッシュを押しのけてドロドロから鎧さんたちを引っ張り出してあげたのだった。……ちょっと間に合わなくて、服は下着ごと溶けてたけど。すっかり戦意を削がれた男の人二人は素直に拘束されてくれたので、良しとする。私も目とか、ちゃんと背けてたし。

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