第17話 黄色の鍵
走る、走る、走る――。時折足をもつれさせながら、躓きながら。もう足は重たいし、そもそもスカートにヒールでは走りにくいし、私自身そんなに運動が得意なわけではない。
でも、百年ぶりの割には頑張れてる! うん!
「ここまで来れば……!」
冷たい扉に背を沿わせ、辺りを見回す。息はすっかり上がってしまって、心臓の音はうるさくて。全然周りの音は聞こえなかったけど、腕の中のアッシュがぐいと私の服を引っ張った。
「ロマーナ、向こうから二人来ている」
「え? でも誰の姿も……」
「我には分かる。信じろ」
アッシュは、城の入り口の方向を睨んで唸っていた。私は頷き、反対側へと走り出す。
「あとその履き物を脱げ。カツンカツン音が鳴っていては、こっちに来いと言っているようなものだ」
「わ、分かった」
「あっちの廊下に置き、わざと脱げたように見せかけておけ。さすれば惑わせられるやもしれぬ」
「アッシュ、すごいのね。もしかして逃亡とか慣れてる?」
「たわけ! 我が敵に背を向けるか!」
「ごめんね」
けれど相手の足は速いのか、私でも分かるぐらい段々とガチャガチャという金属の擦れる音が近づいてきた。加えて、人の話す声も。
「彼奴ら、ロマーナを狙っておるようだな」
「え、声が聞こえるの?」
「ここまで近づけばな。ロマーナ、貴様の足ではこれ以上逃げるのは愚策である。まだ距離があるうちに、隠れるのが最善」
「そんな、隠れるっていっても……あ」
振り向いて気付く。折良く、私達のいた場所は重たい扉の部屋の前だった。
「なんだ、この部屋は? えらく物々しいが」
「宝物庫よ。ここなら隠れるのにぴったりね」
「酸素は通っているのか? ニンゲンというのは、それが無いと死ぬのだろう」
「大丈夫よ。この部屋、宝物庫とは名ばかりのシェルターだから」
「しぇるたー……?」
「危ないことがあった時に隠れる場所のこと。もっとも、百年前はうまく逃げこめなかったけど……」
「それが何故宝物庫という名に?」
「サンジュエル国に人に勝る宝は無いから」
「ドヤ顔」
壁の一部を外し、隠されていたレバーを手早く引く。すると轟音を立てて、扉がゆっくりと開き――。
「いたぞ! こっちだ!」
「あああっ! 音でバレたぁっ!」
「貴様は阿呆だ! 阿呆の極みだ!」
「んぎぎぎ悪口言ったわね! あとでヴィンに言いつけるから!」
「やめろ! と、とにかく中に入るぞ!」
他に逃げ場も無くて駆け込む。中は埃っぽく、百年前から何の手入れもされていないようだ。一応シェルターらしく保存食や水が置かれてあって、名ばかりだった宝物庫としての役割も残っているのか高価そうな品物もチラホラ置かれている。
「そこの影にでも隠れろ! 我が外で音を出して奴らを引きつける!」
「ダメ! そんなことして、八つ当たりで綿とか引きずり出されたらどうするの!」
「我死ぬ」
「死ぬんじゃん! じゃあダメ! 一緒にいるわよ!」
アッシュを抱っこして、よく分からないガラクタの後ろに身を潜める。足音は部屋の前で止まったあと、話し声に変わった。
「ここにサンジュエル国の姫が逃げ込んだのか?」
「ええ、間違いありません」
……やっぱり、私を狙っているというアッシュの言葉は真実だったのだ。だけどどうして私が目覚めたと分かったのだろう? それを知ってるのは、ヴィンとアッシュとオルグ様だけのはずなのに。
考えているうちに、彼らは次の言葉を紡ぐ。
「傷をつけずに捕らえろよ。依頼主に殺されたくなければな」
――依頼主、ですって?
全身が硬直した。どういうこと? まさか、私を狙って彼らを差し向けた誰かがいるの?
だとするとそれは誰? ヴィンがそんなことするわけないし、アッシュは今朝まで無力な存在だったし。だったら……「うん?」もしかして、オルグ様? 「なんぞ、これ」いいえ、あの人はいつも単身でヴィンに向かってきたような人だもの。こんな複数の暴力に任せた手段をとるとは思えない。「なんか魔力感じる」それにヴィンも信用してるって言ってたし。でも、人が本当は何を考えてるかなんて分かるはずも……「ニンゲンの道具だ。変な形だ」
……。
「ちょっと、アッシュ! 見つかっちゃうでしょ!(小声)」
「うぬぬ、つまみ上げるなロマーナ! それよりこれ! 我なんか見つけたぞ!」
「あら? これ……鍵?」
アッシュが口に咥えていたのは、黄色に輝く鍵だった。どこの鍵だろう。手のひらに乗るサイズのそれには細やかな装飾が施されていて、とても愛らしい印象を受けた。けれど重要なのは、そこではない。
(この鍵……私、知ってる)
ふいにお母様の顔が浮かぶ。その周りには、私の知らない人々の顔も。みんなは私を取り囲んで、真剣な顔で何やら言葉をを交わしていた。
一人が、黄色の鍵を差し出す。玩具だと思った私は懸命にちっちゃな腕を伸ばすけれど、あとちょっとの所で届かない。
そして鍵は私の胸の前に掲げられ、くるりと回った。
「……ロマーナ?」
アッシュが、不思議そうに首を傾げている。そんな彼の前で、私は黄色の鍵の先を胸に当てた。私の意志というよりは、まるで鍵がそうしろと命じているように。
「おい、ここだ! ここに姫がいるぞ!」
「ロマーナ、気づかれた! 逃げるぞ!」
喧騒がどこか遠くに感じられた。歯車と金属パイプだらけの仮面の男がこちらに手を伸ばす。だけど、何故か怖くなかった。私は、ここから無事に逃げられると確信していた。
――ガチャリと、解錠音がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます