第10話 夜、公爵との逢瀬
「え!? え!? 何事!?」
目の前で繰り広げられた鳥たちの珍事に、めちゃくちゃ動揺する。こんなん見たことない。何起こってんの?
「ピギャーッ!」
黒い塊を凝視する。……なんと、フクロウだ。大きな黒いフクロウが、金色の瞳を怒らせて小鳥を威嚇していたのである。
「ピギャッ、ピギャーッ!」
「チチッ……」
「ピギャッ!」
どう考えても、白い小鳥が不利である。何なら餌にされてしまいそうだ。可哀想だけど自然の営みだしなぁ。私は見守ることしかできない。
まもなく、白い小鳥は諦めた。白い羽を広げ、逃げるように夜の中へと飛んで行ったのである。
「……」
けれど黒いフクロウは、それを追うことはしなかった。代わりに、私に向かってふかふかした脚を突き出してきた。鋭い爪の光るその脚には、何やら紙がくくりつけられている。
「これ……私に?」
「ホウー」
「あ、もしかして私の所に来たかったけど、先客がいたから追い払ったってこと?」
「ホウー」
「でもタックルはダメだよー、危ないし。あなたも怪我するかもだよ?」
「ホウー」
「よしよし、もうしちゃいけないよー」
伝わっているかどうかは分からないけれど、こうやって動物と話しているとまるで童話に出てくるプリンセスみたいな気持ちになれて楽しい。いや、実際本物のプリンセスなんだけど。あ、国滅んでるからもう違うのか。えへへ。
……これ、すごい自虐ギャグになっちゃうな。絶対ヴィンの前では言わないようにしよう。
「ホウッ」
「はい、読みます」
フクロウに催促されて、手紙をほどく。するとフクロウは、用は済んだとばかりにバサバサと飛んで行ってしまった。
手紙を広げて、目を落とす。内容は至ってシンプルだった。
『どうぞ真下をご覧ください。親愛なる婚約者であるオルグ・ガラジューが、ロマーナ様に会いに参りました』
「……!?」
びっくりして窓の下を覗き込む。そこには、昼間見た顔に傷跡のある大柄な男性がビシッと敬礼をしていた。
紛れもなく、オルグ・ガラジュー公爵である。
「鳥葬は……!?」
生きていたらしい。何よりだ。ほんと、何より。
一瞬ヴィンを呼ぼうかと思ったけど、そうなればまたあのバトルが始まってしまうかもしれない。悩んでいると、「ホウー」と再び黒いフクロウがやってきた。ポトリと私の前に落としたのは、二つの紙コップ。どちらも底からは細い糸が伸びており、公爵の持っている紙コップに繋がっていた。
……糸電話? とりあえず、片方を耳に、片方を口に当ててみた。
「……あの、もしもし?」
『夜分に大変申し訳ございません。私、昼間お初お目にかかりました、ムンストン国ガラジュー領公爵オルグ・ガラジューと申します』
声が聞こえた。でも何故糸電話。
『あの不死身騎士に見つからないようにする為です』
「なるほど」
『……このような不躾な方法で会いに来ましたこと、どうかお許しください。何せ真正面から向かえば、追い出されてしまう身です。無礼は承知の上ですが、どうしてもあなたと言葉を交わしたくて』
声の様子からは、誠実で真面目な印象を受ける人である。少なくとも悪い人ではなさそうだ。だけど、素直に名乗ってしまっていいものだろうか。嘘をついて偽名を使ったほうが、丸く収まるんじゃ……。
……。
いや、だめだ。私、昼間公爵にあった時「私をご存知なのですか!」って言っちゃってる。今更遅い。開き直って、ちゃんと名乗ることにした。
「改めまして、ご挨拶申し上げます。私はロマーナ・サンジュエルでございます」
『ロマーナ……! やはり、あなたこそ眠りから覚めたサンジュエル国の姫でしたか!』
「はい。あ、このことは他言無用でお願いしますね」
『無論です! このオルグ・ガラジュー、公爵の名にかけて誓いは破りませんとも!』
頼もしい。そしていい人だ。お顔はちょっと怖いけれど。
「あの、先程は本当にすいませんでした。ヴィンがあなたを吹っ飛ばして、そのままにしてしまって」
『いえいえ、いつものことなので。何より負ける私に非があるというものです』
「ですが、えっと……私、その後ヴィンがあなたの持ち物を頂戴しているのも見まして! 気のせいかと思いましたけど、どう見てもかっぱらっておりまして! すいません! 盗品の特徴を仰っていただけたら、ヴィンに話して後日お返ししますから!」
『ああ、それも結構ですよ。それほど高価なものはつけておりませんし、元よりそのつもりでいましたから』
「……え?」
聞けば、ガラジュー公は時折私に会うため、単身ヴィンに決闘を挑みに来ているらしい。そして負けるたび、こうしてちょっとした金目の物を差し出しているのだとか。
『彼は私の愛する婚約者を守る騎士ですからね。金を渡すことで間接的にあなたの助けになるのならば、これほど喜ばしいことはありません』
「なんてお優しい方……」
『勿体無いお言葉、感謝いたします』
ガラジュー公は、優雅に一礼をした。……あの動き、肩の筋肉とかはち切れそうな胸筋とか邪魔にならないのかな。優しさに感動していたはずなのに、気づけばそんな余計なことを考えてしまっていた。
「ホウー」
「あ、そうだ。この綺麗なフクロウは、ガラジュー公爵の使い鳥なのですか?」
『オルグで結構ですよ。ええ、そうです。大変頭が良いフクロウでしてね。何かと重宝しております』
「お名前は?」
『テトラクテュスと言います。テトラと呼んでやってください』
「そうなのですね。テトラ、よろしくね」
「ホウー」
『大人しい子ですよ。背中の羽に沿って撫でられるのが好きです』
「大人し……えっと、さっき白い小鳥にめちゃくちゃ獰猛でしたけれど」
『あ、あれはなんででしょうねぇ。私も驚いたぐらいで』
とにかく、私に対して敵意は無いらしい。目を閉じ気持ちよさそうに撫でられてくれるフクロウの愛らしさに、私は目を細めていた。
けれど、ただ雑談を楽しむだけではいけない。私は、彼に聞かなければならないことがたくさんあるのだ。
「ご質問よろしいですか、オルグ様」
『ええ、何なりと』
「あなたは、本日ずっと私のことを婚約者だと仰っていました。ですが、私が眠りについたのは百年前。どうあっても、あなたは生まれてらっしゃらないと思うのですが……」
『……ええ、その疑問はもっともです。けれど、あなたが私と結婚することは、間違いなく百年前から決められていたこと』
オルグ様は持っていた大きな鞄の中を探り、ある文書を取り出す。そしてフクロウのテトラを呼び寄せ、クチバシにそれを咥えさせた。
文書が私の手元にやってくる。その中身を読んで、仰天した。
『サンジュエル国、ロマーナ・サンジュエル姫と、ノットリー国・ガラジュー領公爵の嫡男は、身分及び国境の隔たりを越えて婚姻することをここに許すものである。
サンジュエル国王 ボスス・サンジュエル
ノットリー国ガラジュー領主 ワッツ・ガラジュー』
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