第三話 朱炎の決意


めぐるってさぁ、やっぱ強かだよね。」

「強かってそれ褒めてるの?」

「うんうん。」


 絶対にアタシのこと貶してるじゃんか、馬鹿にしてるんでしょう。ぷんぷんと両腕を振りながら、頬を膨らませる繞と、そんな彼の反応を面白がっている煉也れんや龍司りゅうじは半ばあきれ顔で二人のやり取りを見守っていた。


「こんな状況で喧嘩すんなよ、そこのお二人さん。」


 山吹色の花弁は、今も尚この空間全体に漂い、吹雪いているようにも見えた。

 魔の黒よりも更に濃い、純真な漆黒だけが視界に広がる。そんな中で、その色はとても鮮やかであり、どこか温かみすら感じられた。


「ほら、さっさと片づけようぜ。」

「龍司がいつになくまともな事言ってる…。」

「オイ!俺はいつでも真面目ですぅ。」


 わざと唇を窄めて語尾を伸ばして返す龍司に対し、他の二人は失笑していた。これでは自分が馬鹿みたいじゃないかと、龍司は、言葉にならないほどの腹立たしさを感じた。けれど本当の意味合いでの怒りとは全くもって程遠く、じゃれ合いに近しい思いであった。

 戦闘体勢にあるこの状況に似つかわしくない呑気なやり取りをしているというのに、相手側は一切攻撃をする素振りは無かった。


「本当静かになれるんだな。臭いは消えないけど。」


 龍司の言葉通り、繞が技を発動させてからというもの、魔は、ひたすらに押し黙っていた。しかしそれは魔が三人の出方を窺っているというわけではなかった。


「喋れないんだよ。」


 愉快だと繞は弾んだ声音で指摘する。


「喋ると溢れちゃうんでしょ。そのきったない液体が。いつもぎゃんぎゃん五月蝿いのに、満足に鳴くことも出来ないなんて可哀想。直ぐに楽にしてあげるからね?」


 魔は声を発せないばかりではなかった。一歩たりとも、動くことができずにいたのだ。

 暴れ狂う、その本能が体内に溢れ返っているにも関わらず、何も出来ない。怒り、苦しみ、憎悪、悲しみ、悲願、嘆き。様々な負の感情が蓄積されていくが、そこから逃れられる術を知り得なかった。


「そういう汚いもの垂らされても、困るんだけど。アタシ、そういうの、イヤ。」


 ソーセージの入った袋を裂いたような、魔の口と思わしき個所が、固く閉ざされている。ほんの僅かばかり出来た隙間からは、どろりと赤黒いゼリー状の物体が漏れ出ていた。

 穢れの塊であり、それは魔となったモノの体液だった。龍司はおもむろに鼻先を摘まみ、くぐもった声音で相変わらず臭くて仕方ないとぼやいた。


「その花はね、あんたらを静かに駆逐していくの。風に舞って、花は揺蕩う。そうして、この世で最も醜い香りが、朽ちていく。ここは香炉の中、あんたの墓場ってワケ。」


 ねえ、綺麗でしょう。うっとりと恍惚に満ちた繞の笑みに、龍司と煉也はたじろぐばかりであった。


「相変わらず、繞はおっかねぇ。」

「龍司に同意。」


 ヘーゼルの瞳がゆっくりと見開かれるとほぼ同じタイミングで、魔の肉体がピクピクと不審な動きを見せ始めた。次第に自制が利かなくなったのか、腕、胴体、足、頭。全ての部位が膨れ上がったり萎んだりを繰り返していく。

 破裂寸前の風船にひたすら空気を送り込まれているような光景を三人はじっと眺めていた。見届けなければならない、彼らは。きちんと魔が絶命するところを。その後に姿を眩ませたり、まだ生き残っている要素を一つも残してはいけない。野放しにしておけば人間に危害を加え、悲しみが生まれれば次の魔を生成する理由に成り得るからだ。


「参。」


 龍司がそっと左手の中指と人差し指を立てた。

 繞へと視線を投げ掛けると、彼はこくんと頷いた。合図だ。魔を、祓い清め、無に還すための。


「弐。」


 反撃することも叶わず、ただ朽ち果てていく。その様を煉也は複雑な心境で眺めていた。彼の脳裏に過るつい先日会ったはじまりの子のこと。煉也の脳内には、彼女に対する葛藤ばかりが広がっていく。


「壱。」


 山吹色の花弁がザアと勢いよく、一斉に魔の全身に張り付いていった。意思を持つ生命体のような動作はひどく生々しかった。繞は瞳をキラキラと輝かせ、不敵な笑みを落とす。唇だけが言葉を紡いだが、音にはしなかった。

 ぜ、ろ。瞬間、花弁に包まれた魔はぐしゃりと粘着質な破裂音を立て、絶命していったのだ。龍司が左手を額に押し当て、落ち着き払った声音で囁いた。


「零。」


 原型を留められずに魔の肉体は液状化となり、繞の技によって作られた黒い世界にそのままある。眩い光は液体と化した魔に集まると、有り余るほどの明るさを放ち始めた。


「まぶしっ。」

「もう、いっつもこうなるじゃん!」

「龍司も繞もごちゃごちゃ言わずに目閉じろ。」


 煉也の言う通りにした。目を開けてなどいられるはずがなかった。三人は、事が終わるのをただ待つのみだった。

 すう、と光が弱まり瞼の辺りに煌めきが感じられなくなった頃、繞が一番初めに目を開けた。そうして幻術のような自身にしか使えない技を解き、ふうと溜息を漏らす。山吹色の花弁も、漆黒の世界も、始めから無かったと言われても反論できないほどすっかり姿を消してしまっていた。


「もう大丈夫。」


 繞に言われ、二人も瞼を上げた。すると、今まで雑談を交えながら歩いていた住宅街の景色が広がっていた。そうしてきょろきょろと辺りを見回し、状況把握に努めた。

 目視の範囲で確認出来る限り、被害を受けた家屋や植物、或いは生物はいないと判断出来たので、龍司は安心して両腕を上げ背伸びをした。


「今回も怪我せずに無事に終了っと。」

「手も足も出せない状態のままで終わるのって結構珍しいんじゃない?」

「へっへーん、このアタシのお陰だね。」


 繞の言葉に二人共頷いた。たしかに今回は繞の大手柄といえる闘いであった。三人で魔に挑んだが、実質繞一人でも魔を倒すことは容易だっただろう。けれど、当の本人は得意気な顔をするも、直ぐに表情を曇らせた。


「でもでも本当二人が居てくれて心強かったよぉ。アタシ、あんな気持ち悪いの一人じゃ絶対に無理だったもん。ありがとう、龍司も煉也も。」


 潤んだ瞳でぺこぺこと頭を下げる。そうしてお礼を述べる繞に、龍司も煉也も悪い気はしなかった。


「繞の甘えたなところは昔から変わらないな。」


 二人して顔を見合わせ、拍子抜けたように笑う。繞はきょとんと訳が分からない様子で、そんな青龍と朱雀を身に宿す二人を見つめるのだった。




「あら。もう此処には来ないかと思っていたのに。」


 月が欠け過ぎていた。細く闇夜に削り取られた姿を眺めていると、襖がそっと開かれた。誰かなど振り返らずとも分かるのに、雨芽あめは来訪者を見遣った。彼女の確信は更に強固なものとなり、自然と笑みが漏れる。真っ赤な瞳を持つ男性と、視線がかち合った。


「今日は報告に。」

「えぇ。」


 煉也は襖を後ろ手で閉じると、雨芽に向かって一礼をした。畳の上に正座となり、深々と再び頭を下げる。


「三日前ほど、住宅街に魔を確認致しました。青龍、白虎と共に、祓い、還しましたことをご報告致します。周囲への被害、またこちらに手負いの者は発生しておりません。魔は人型でしたが、特段異質な点はありません。」

「ごくろうさま。」


 雨芽は、煉也の傍に歩み寄りその場に腰を下ろした。

 煉也の肩に手を添え、温和な口ぶりで彼の名を呼んだ。ぴく、と彼の身体が強張るのが見て取れた。恐怖と不安、大体はそんなものであろうと雨芽は予想する。


「ごめんなさい。」


 ずっとずっとそうお詫びしたかったの。雨芽の申し訳なさそうな謝罪の言葉に、煉也がばっと顔を上げた。次に、ぶんぶんと首が千切れてしまうのではないかと思うほど頭を横に振る。そんなことはないと、いつになく必死な様子で否定をするものだから、雨芽は真っ直ぐな彼の反応に思わず喉を鳴らした。


「ふふっ。」


 飼い主に懐く犬のように見えた。煉也は雨芽に対してだけはどうしても幼い言動に出てしまう節があった。

 本当は何事にも余裕を持ち、いつだってクールで居たいのに、どうしてか感情のコントロールが上手にいかない。何故だろうかと原因を追究するのだがいつも途中で止めてしまう。

 辿り着いてはいけない感情に、自ら蓋をしている。雨芽は口元を手で隠し、少しばかりしてハッと我に返ったのか、今度は眉を八の字にした。コロコロ変わる表情に、煉也は安堵した。


「オレの方こそ、ごめんなさい。」


 自分たちの生まれを今更憎もうが恨めしく思おうが、事実は変わることは決してなかった。

 四神と黄龍。この世界に穢れが存在する限り、彼らの運命は縛り付けられたまま永久に状況を打開することは叶わない。

 不老不死、衰えない肉体と外見。それでも、長い時を重ねてきた雨芽。そして、龍司らと共に魔を祓うこと。どちらかが欠けても成立しない理を、円滑に巡らせるためにも、いつの日か本当の自由を手に入れるためにも。

 煉也は真っ赤に染まる瞳で、目の前の雨芽を見据えた。ぎゅ、と拳を握り締め、決意を新たに、断言する。


「強くなりたい。」

「……煉也。」

「オレ、もっと、もっと強くなりたい。」


 ありきたりな言葉だと馬鹿にされても構わなかった。現代社会に於いて、四神や黄龍の存在など、伝承の中にあるだけの話だと理解されずとも、煉也にとって最大の悲しみは、自由を奪われることだ。

 生きている中で、やりたいこと、叶えたいことを成就出来ないまま死んでいくなんてまっぴらごめんだ。そんな風にずっと思っていた。

 その為に必要なのは、あらゆる面での己の強さだった。繞のように意思を貫く強さ、龍司のように大切だと思う人を真っ向から信じる強さ。意思を曖昧にして、距離を置きながら、もうこんなところまできてしまった。

 中途半端な立ち位置で、願いばかりを口にしても、状況は変わるわけがない。変われないのなら、捨て去ればいい。


「奇跡みたいな現実を絶対に作りたい。オレらも、主君も、心から笑える毎日を。」


 燃え盛る業火を彷彿とさせる煉也の決意を聞き、雨芽は微笑みを作った。軽く頷くと、彼女は言葉を続ける。

 毎日のように此処を訪れて、どこか物憂げにしていた一人の青年が、願いに火を放った。ごうごうと燃え盛る、紅蓮の明かり。

 雨芽は、久方ぶりに美しいものを観られたと感動を覚えた。生き続けていると、こういった純粋な感動をいつも忘れてしまうようになる。


「あなたならば、きっと成し遂げられます。」


 月は欠けたまま、けれども凛と黄金に輝いていた。



 雨芽に報告を終え、煉也が自宅に戻ったのは翌日の夕方に差し掛かる頃だった。

 午前中に雨芽の住まうところを出たが、やはり距離に比例して時間が長く掛かってしまった。また戻りが遅くなったのにはもう一つ理由があった。

 報告と仲直りが済んだらさっさと帰ろうとしたのだが、雨芽に泊まっていけばいいと強制的に部屋を用意されてしまった。

 案内された部屋には布団が綺麗に敷かれていた。今朝は七時ちょうどに雨芽に起こされた。彼女は毎朝五時には目を覚ますようで、七時ではそれほど早くないと言われたが、煉也にとってはあまりにも早い起床時間であった。

 人里離れた場所に暮らしているせいか、来客があること自体が嬉しいものなのか分からないが、雨芽は非常に高揚した心持ちをしているように彼の眼には映っていた。


「朝っぱらから鯛のお造り出されるとは想像もしてなかったけど。」


 受話器の向こう側に言うとケラケラと笑い声が返ってくる。鯛のお造りとか羨ましいわ、と続いて羨望の言葉が放たれた。

 情緒が失恋により未だに不安定なのだろうか。煉也は、この傷は相当深そうだなと肩を竦めた。


「それで、仲直りは成功って考えていいのか。」

「……ま、そういうこと。」

「ハハッ、本当素直じゃないよな。煉也は。」

「うるさい。」


 自室のソファーに寝転びながら、龍司と電話をしていた。

 雨芽とのことを彼らはある程度お見通しの様子で、特に原因等を告げてもいないのに仲直りと言われてしまう。四家の繋がりは使命を抜きにしても太いものとなっているように、煉也は感じている。こんな風に、暇さえあれば電話で雑談が出来る程度には、本心を語らえる相手になっていた。付き合いが長くなると、こうも意思疎通が出来るものなのかと、煉也は感心すらしていた。


「じゃあ繞には俺から言っとくか?」

「なんで龍司が言うんだよ。自分から、あとでメールでも入れとく。」


 繞の仕事柄、こちらからは急用でもない限り電話することは控えていた。いくら長年の仲間であり友達であったとしても、彼の一日のスケジュールを把握することは出来なかった。

 それに直接言葉を口にして煉也にとっては気恥ずかしくてたまらないので、文字で伝えるのが一番素直にお礼を言える気がしたのだ。龍司はそっかと呟き、煉也はまた思い浮かんだ話題を口にしようとした。


「それでさ、りゅう……。」


 すると、ドアがコンコンとノックされる。

 煉也は、また掛け直すと口早に言うと相手の返答も待たずに、直ぐに通話終了のボタンをタップして携帯電話をソファーの上に置いた。


「どうぞ。」


 入室許可を告げると、ゆっくりとドアノブが回る。

 開かれた扉の向こうから覗くのは実母であった。


「どうしたの。部屋に来るなんて、呼べば行ったのに。」


 神谷家現当主の妻であり、煉也の母である神谷奏花。いつも優しく気遣いを忘れない母を、煉也は心ひそかに尊敬していた。

 煉也の父はとても厳しい人ではあったが、常に正論を述べ、彼を間違った方向に導いたりなどは決してしない清い心の持ち主でもある。しかし、幼い煉也にとって、父は脅威であった。

 恐ろしかったのだ。技を教わる時も、食事を共にする時も、芸事をする時も、常に父は眉を吊り上げ注意することを怠らなかった。今思うと全て正しいと言えるが、幼少の彼にとっては逃げ場のない窮屈さを感じることもあった。そんな時、彼が向かう先は常に母の元だった。

 そんな優しい母は、雨芽と同じく不老の力でも得ているのかと思うほど、若々しい見た目をしていた。

 街中で共に歩くことが年に数回ほどあるのだが、お姉さまですかと質問されるほどであった。

 本人曰く、美容に気を付けているだけだというが、何か神秘的な力が働いていると言われても納得してしまう。流石は化粧品メーカーの社長夫人なだけはあるということなのだろう、といつも煉也は詳しいことを聞かないでいた。


「煉也くんにどうしてもお願いしたいことがあるの。聞いてくれるかしら。」

「もちろん。」


 ポンポンとソファーの空いたスペースを叩くようにすると、煉也の母は促されたままそこに座ってみせた。


「今度ね、別邸を建てようという話になっていて。」

「…。」


 微塵も耳に入っていなかった話に煉也は瞬きを繰り返した。別邸を建てる必要がどこにあるのか、という質問が喉元まで競り上がったがぐっと堪える。

 神谷家は商いによって名を上げてきた。現在は化粧品メーカーとなったが、会社の売り上げは上々。神谷家には莫大な資産があった。四家は基本的にどの家もそういった家柄だ。

 龍司が会社員として働くと聞いた時にはとても驚いたのを覚えている。すっかり家を継ぐ気でいたのかと思ったからだ。龍司が言うには、社会勉強をしておきたいんだということではあったが、煉也はきっと他にも理由はあるのだろうと勝手に思っていた。

 話は逸れたが、四家のそういった稼業は表の顔である。慈しみの子を育て、四神の力と黄龍の力を借り、穢れを祓うことがもう一つの顔であった。煉也の母も、その定めを知りながらも神谷の家に嫁いできた。


「その家をね、煉也くん達にと思って。私の、ちょっとしたプレゼントなのだけれど、どうかしら。」


 ちょっとしたプレゼントが家だというのだから、奮発したら一体どのようなレベルになってしまうのだろうか。

 煉也は頭を抱えたい気持ちになったが、兎に角、今は母の願いとやらの内容を確認することが先決だと判断した。


「それで、お願いっていうのは。」

「あぁ、それでね。神保じんぼさんのところで家を建ててもらうことになったのだけれど、工事が今は中断しているのよ。」

「え、何かあったわけ?」


 神谷家の別邸の新築工事を受け持つことになった神保建設の会社で、摩訶不思議なことが連日起こるようになったのだという。具体的には、夕方頃になると神保建設のオフィス内に黒い塊が出現し、従業員に危害を加えるということ。

 またさらには、出社していたはずの社員が突如姿を消してしまうということらしい。不気味な怪奇現象でしょう、と呟き、煉也の母は彼に向ってこうも言い募った。


「私が思うにこれは魔のせいかと思うの。だから、見てきてくれないかしら。」


 魔。その言葉をすんなりと口に出来るのは、やはり神谷の家の人間なのだなと思わされた。

 龍司と交際していた相手も、彼の話を受け入れ嫁ぐことを決めれば、今の母のようにオレ達にしか通じない言葉を平気で言ってのける日常になっていたのだろう。

 二年か、と。改めて友達に同情の気持ちを馳せた。やっぱり今度奢りで飲み連れて行こうかな、そんなことをぼんやりと頭の片隅で考えもしていた。


「見てきてって言われても、オレはあそこで働いているわけじゃないから、潜入するのは中々厳しそうだけど。」

「えぇ、だからね、名案を閃いたの。」


 なんだか、とてつもなく嫌な予感がしていた。母の発想はいつも奇想天外というか、自分の想像をゆうに超えてくるのだと経験してきたからだった。


「神保建設に雇ってもらうことにしたのよ。」

「は、はぁ?」


 やっぱり。煉也は唖然としてしまい、母に向かってなんとも失礼な反応をしてしまった。この場に煉也の父が居たら、なんという言葉の遣い方だと叱られていただろう。


「大丈夫、ちゃんと正社員採用とここに書いてあるわ。」


 彼の母は、ボトムスのポケットから、丁寧に折りたたまれた多数の企業の求人情報が掲載された折込チラシを広げて、ここよと神保建設の求人を指差した。


「そ、そういう問題じゃなくて……!」

「あら。社会勉強の一環にもちょうどいいじゃない。神保さんのところに連絡したらね、社員が最近退職されたそうで採用活動を始めたところだったんですって。まずは履歴書を送ってくれって、それと面接もするらしいの。」

「……はぁ。」

「履歴書用にスーツを仕立ててもらわないといけないわね。明日、早速呼んでおきましょう。必要な物はこちらで用意するわね。」

「するわねって、ちょっと、母さん!」


 じゃあ、そういうことだから。にこりと笑ってソファーから立ち上がると母は颯爽と部屋から出て行ってしまった。とんだ話の展開になったと、今度こそ、煉也は頭に手を当て溜息を溢す。

 置いたままにしていた携帯電話を気怠い思いで取り、連絡先から一人の男を選択した。

 プルルルル、プルルル。コール音が二回鳴ったところで、低い声が、もしもしと応答した。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る