花屋の前に戻ってみると娘とユウジくんの姿が見えた。


「おーい、あったぞぉ」

 小走りで二人のもとに戻り、三つに折った一万円札を取り出す。


「光り物のところの店員さんが拾ってくれてた――ん?」

 どうも様子がおかしい。

 娘もユウジくんも不思議そうな顔で俺を見ている。

 ふと、娘の手に目を向けるとそこにも三つに折られた一万円札が見えた。


 こりゃあ――。

 どういうことだ。


 一瞬、落とした金が見つかったのかとも思ったのだが、そうでもなさそうだ。

 ああ……なるほど。


 沈黙を破ったのは娘だった。


「ユージくん」

 娘の射すくめるような目に耐えられなかったのか、若い旦那は顔を真っ赤にしてごめんと頭を下げた。


「由香があまりにも悲しそうな顔するもんだからさ、お金が見つかったって言えば、また元気になるかな、と思って……」

「だからって自分のお金出してどうするのよ」

「まあ、そりゃそうだけど……」


 すっかり小さくなっているユウジくんを見てつい笑ってしまった。


「ちょっとお父さん」

「まあ、いいじゃねえか。ユウジくんだってお前のためを思ってしてくれたんだ。いい旦那だろ」

「そうだけど――」

「ほら、こうして落とした金も見つかったんだ。まだ買い物あるんだろ」

「……うん」

「じぁあ行こう」

 仕切り直しだ。



 翌日、娘たちからプレゼントをもらった女房は年甲斐もなく大喜びだった。

 売場でのハプニングも披露され、ユウジくんは真っ赤になって照れていた。今回の一件で俺も前よりは話がしやすくなったように思う。


「ほら、お父さんもあるでしょ」

「ん? ああ」

 三十年近く連れ添ってるんだからいまさら花でもないだろうに。


「お父さん」

 娘に急かされ女房に花束を渡す。


「おめでとう」

「もう、お父さん、誕生日じゃないんだからおめでとうじゃなくてありがとうでしょ」

「ああ、そうか」

 まわりが一斉に笑った。

 つられて俺も笑う。

 今年の母の日は家族四人、笑いの絶えない楽しい時間となった。



「由香はいい人と一緒になったわね」

 二人が帰ったあと、女房が嬉しそうに言った。


「ああ」

 彼なら娘と二人でがんばってくれるだろう。


「あなたもありがとう」

「ん?」

 俺からと言って渡した花束は娘が選んだものだ、と言うと女房は違うわよ、と笑った。


「一万円」

「ああ」

 女房はすっかりお見通しだったようだ。

 おかげでタバコ代が飛んでっちまったと苦笑すると、女房は禁煙するいいきっかけじゃないと笑い返した。なぜか座布団の上にいた猫もニャアと鳴いた。


 まあいい。

 予定外の出費だったがじゅうぶん元は取れただろう。


 いつもの調子で胸ポケットに手をかけたところでタバコを切らしていたことに気がついた。ないと思うと余計に吸いたくなってしまうのが人情だが、先立つものがないのだからしかたがない。


 やれやれ。

 しばらく禁煙しなきゃならんなあ。


 よほど情けない顔をしていたのだろう。

 向かいで女房が楽しそうに笑っていた。


                             ―了―

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